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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます


 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります


 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません


 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください


 おれはコンプレックスばかり抱えて生きてきた。不幸でもないが幸せでもないとそう思ってきた。

 こいつらは自分の人生をどう思っているのだろう。おれの予想では悲壮感に溢れているのだろうとばかり思っていたのだが。


 「龍道の授業参観に行った」


 「は?」


 殴り合いが落ち着いて楽園の島に移動しようとなった後の話だ。跳躍で来たと聞いて助走できる場所を探そうと焔火が言い出し、三人揃って会議場の渡り廊下を進んでいた。焔火が眠っていた間(峰本は『死んでいた間』と言った)のことを話していたのだが。


 「だから龍道に頼まれて授業参観に行ったんだよ。学校なんて初めてだからちょっとドキドキしたけど茂もいてくれたからな。よかったぞ」


 「勝手に! 勝手に!?」


 「お前が居ないからだろ!」


 「……落ち着いたら俺も行けるだろうか」


 「がんばれー」


 軽い応援に焔火が項垂れた。二年もの間、『死んでいて』、なおかつ大勢の人間に被害を与えたことについて、息子の授業参観に行きたかったという感想だけなのだろうか。こいつら、人生楽しそうだよな。

 先ほどまで殴り合い(かなり優しい表現で、おれは記録としては殺し合いと記したい)をしていたし、何より世界中に被害者がいる漏魔病の原因を排除するためにここにきたのではないのだろうか。


 「焔火、撤退する前に確認するが世界中から魔力を取っていたのはお前なのか?」


 おれの魔力不足でカメラは止まっている。姉の為に血液を媒体とした魔力譲渡のあとなのだ。世界中が対象のハッキングもしたので体がかなり重い。だからといって確認不足のまま帰るわけにはいかない。これで本命は別にいましたとなるわけにはいかないのだ。


 「結晶を作るために世界中から魔力を集めていたのだと思います。意識がなかったので推測ですが、俺を通すことでバラバラな種類の魔力を統一したのでしょう。御伽噺の『結晶』が何でできているかという点に関しては記録がないので、これから調べていただきたいところですね」


 「オレもお前に聞きたいんだけど、島中にお前に似てる魔力が満ちてるよな。それは?」


 「現在もこの島を覆っているこの魔力だな。たしかに俺の魔力と酷似している。あの壁も魔力でできているものだな」


 「壁? 来る時にオレだけ弾かれたやつか! 内側からなら問題ないか?」


 焔火が首を傾げる。空を見上げて、おれには見えない魔力の壁がそこにはあるらしいが、やはり見えない。焔火には見えたようで、あれか、などと言っている。峰本と何か魔法に関する話を始めてしまった。おれの専門分野ではない魔法の話で、全く分からない。焔火はともかく、峰本も理解しているようなので悔しい。


 (姉貴の体調は良くなってるのか……。てか映像を見てる人たちには誤解されていないだろうか。どこまで伝わっただろうか。あー姉貴ー……)


 突然、常に付きまとっていた寒さのようなものが消えた。焔火と峰本を振り返っても知らぬ顔をしている。


 「おい」


 「チャレンジって大切だよな!」


 「俺の制御下にあるなら操れるのではないかという話に……」


 「あー! もういい、早く楽園の島に戻るぞ!」


 焔火と峰本が顔を見合わせて、どちらにしますか? などと聞いてくる。どちらってなんだ、と思ったが、そうだった。来た時を思い出せば簡単なことだ。

 空を飛んだりできないおれは、どちらかに抱えられて帰ることになるのだ。


 「……峰本で」


 「ほらー! ガリガリに担がれるのって嫌なんだよ、ガリガリ!」


 「いや、そうじゃなくて、なんか……二回目だから慣れるというか」


 正直に言うと自分より明らかに痩せている男に持ち上げられて空を飛ぶのは抵抗があった。軽々と持ち上げることはわかっている。見た目と筋力が釣り合っていないことぐらい知っているのだが。

 なんか、いやじゃん。


 「じゃ、夏盛君、暴れんなよな。舌噛んでもしらねーから」


 「うわー! いやだあ! 情けなさ過ぎる!」


 峰本の場合、お姫様抱っことかしださないところは理解があって嬉しいのだが、かといって脇に抱えられる情けなさは減らない。見てられないと視界を手で覆い、衝撃に耐えるために歯を食いしばる。何度か衝撃があったのち、風を感じた。数秒滑空し、着地する。男なんてそんなもので、前置きもなく地面に落とされた。

 そんなことどうでもいいのだ。奇跡的に大怪我もしていないのだから、今、情報屋のおれがしなければいけないことは、峰本への苦情ではない。


 「ニュース! チェック!!」


 「任せたー。あ、キセト、『異世界の扉』の本店だと思うからそこ行っててくれ。オレ、靴回収してから行くから」


 おれの後ろを焔火が追いかけてくる。正直ふらついているおれには簡単に追いついて、大丈夫ですか? なんて聞いてくる。ああ、こういう男だったなーとおれも呑気に思った。


 「先行っててくれ……って場所知らないか」


 「知ってますよ。妻が経営する店ですし、以前は息子に会いに行ったりして立ち寄りましたから」


 「あっそう……」


 その言葉は嘘ではないらしく、焔火は迷いなく進んでいる。おれに合わせてくれるのはいいが、気まずい。元々焔火は絡みにくい奴だったし、共通の話題もない。峰本のことなのでこの二年の事を掻い摘んで焔火に伝えるとも思えないし、最近のニュースなんて話題も不適切だろう。

 いや待てよ。峰本が言ってないんだからおれが最近のニュースを伝えればいいのか。焔火の興味を引きそうなニュースというと、やはり焔火龍道のあのことか。


 「そういえば峰本から聞いたか? お前の息子、羅沙皇族として公の場で発言したぞ。これから大変だな」


 「え」


 「やっぱり聞いてないか。『異世界の扉』に録画があるから見るといい。今回の件にも関わってるしな。お前、いい息子いるよ、本当に」


 「ええ、まぁ、龍道はとてもいい息子ですし自慢ですが。皇族としてですか……。それを龍道が選んだのなら支えますけれど……」


 「おれが見た限りはいいと思ったぜ。まだ発言も一回だけだし、これからだろうけど」


 「では、アドバイスなどをしてやってください。皇族としての云々に関して、俺ではまともなアドバイスはできませんから。ナイトギルドでも俺は上に立つのに向いていないと思いましたしね」


 「それは言えてる。お前はそういう奴じゃないよ」


 店が見えてくると、店の前に店員が並んでいた。焔火は知り合いのようで挨拶をしている。おれは挨拶もそこそこにニュースをチェックするために店内に入った。全世界のニュースを見ることができる(と言っても国外用のニュースは重要な事をしない場合が多い)なんて、この島は名前の通り楽園かもしれない。

 いくつもニュースを確認するが、焔火の最低限のプロフィールの確認をしていたり、それが峰本だったり、おれだったりするだけだ。おれが流した映像を振り返って確認しているところもあったが、内容がグロいので、朝にもなるとそれは少なくなったようだ。


 「……って、おれの携帯確認しないとな。こっちの方が期待できるか」


 焔火と峰本が殴り合い(殺し合い)をしている間に充電が切れてしまった携帯を充電器に繋げる。最低限の稼働をさせると、鳴りやまないというほどに連絡が来ていた。


 「で、電話っ! 姉貴から!?」


 倒れているはずの姉からの電話は数分前だった。慌ててかけ直すとワンコールもしないで相手が出た。


 『夏盛! けがはしていないか!』


 「姉貴、起きたのか! 怪我とかしてないって。なんか羅沙国内で動きある? こっち全然わかんない!」


 『お前は……っ。いや、そうか。情報屋だものな、わたしたちは。未確認の情報だが羅沙皇帝から他の三国に対して世界会議の再開を申請したらしい。裏付けをとりたいから、早く帰ってこい。帰ったら休み取れないと思っておけよ。移動中とか、休めるときに休んでおけ』


 なにか呆れられたような気がするが、魔力切れするまで働いた弟に仕事の通知しかしないなんて、酷い姉である。

 そうそうに電話を切ってそのほかの連絡はいったん無視した。姉が起きたのなら本土に残した仕事の心配は必要ない。嫉妬するほどの天才だ。任せておけばいいんだ。


 「夏樹さん」


 「焔火か。これから羅沙の帝都に戻るぞ。正規の方法だと船でケインの港町に言って、そこからは魔法汽車か。仮眠ぐらいできるな。できるだけ早い便で帰りたいから、話は移動しながら……。お前、入国に問題でないよな? 来る時は峰本の不思議な瞬間移動だったから手続きに時間が――


 「帰りもその瞬間移動だと思いますよ。そうではなく、今、お話したいことがあります」


 さよなら、おれの仮眠時間。そして問題が解決しただろうという安心感。


 「おれに集められていた魔力ですが、全世界の人間から集めたとするならあまりにも少なすぎます。『結晶』の翼が砕けた後も空気中の魔力量が増えた様子はありませんでした。そして、その魔力がどこへ行ったのか、考えていたのですが」


 「考えていたのですが、なんだよ」


 「俺の背中に生えていた『結晶』の翼以外に、今回の現象で新たに生み出された物体などはありませんか? そのすべてを魔力だけで構成した、純魔法物体。単純計算にはなりますが、人間ほどの大きさになると思います。世界会議島で他者の存在を感じることはできず、確認もせずに帰って来てしまいました。夏樹さんの撮った映像の中に不思議な物、最初にはなかった物などがうつりこんでいないか、確認させてください」


 「おれは何も思わなかったな。映像はデータにするのを待ってくれ。再生するにはおれの魔力が回復してからでないとだめだ。それにおれも世界会議島に行ったのは初めてなんだし、変なものでも最初からあったかどうかなんて知らないしな」


 「そうですか。世界会議島に行ったことのある人に映像を確認してもらわないといけないという事ですね」


 「そういうことだな。ま、すぐ帰れるってことだし、とりあえず帰って休ませてくれ。お前も羅沙に戻って体検査してもらえ」


 「そうですね」


 焔火は大人しい男だ。ちょっと世間とズレたところはあるが、峰本と比べれば常識的な奴で、明津様の息子だと聞いても信じられないぐらい、「普通」の――


 「どうかしましたか?」


 「いや、いま、おまえ」


 「何か問題がある返答だったでしょうか?」


 「気のせいか? いや、おれは気のせいだなんてものは認めてない。情報屋として記録しておく。お前は気にするな」


 「わかりました」


 こちらを心配そうに見つめているその顔に、驚きを隠せない程違和感があった。改めて見れば、変でもなんでもない表情だ。どうしてここまでの違和感が沸き上がってくるのだろうか。

 今まで鉄壁の、無表情でしかなかったその顔にのった感情だからか? そうだ、焔火キセトという男はこんなにわかりやすい顔をする奴じゃなかった。だが、態度なんて二年前と何も変わらないじゃないか。表情に出やすくなっただけだ。


 「……お前、体、本当に変な感じとかないか?」


 「ありません」


 この違和感はなんだろうか。態度や仕草は変わっていない。表情だけか。いや、観察すれば表情もおかしくないということは、違和感があったのはもっと瞬間的なものだ。

 なら初見の印象か? 印象。今の焔火の印象?

 その正体を確かめようと焔火の観察を続けていると、部屋の扉が勢いよく開けられた。この遠慮のなさは峰本だろう。


 「たっだいまー。ん? 男同士で向き合って何やってるんだよ、気持ち悪っ」


 「峰本。焔火の表情を見て変な感じしないか?」


 峰本も近寄って、焔火の顔をまじまじと見るが、首を傾げただけだった。


 「ちなみに、夏盛君はどんな感じがするんだ?」


 「なんか、男っぽいくないというか、何も変わっていないはずなのに柔らかい印象を受ける」


 「夏盛君って男女差別結構するタイプ?」


 「それは羅沙の文化だ! おれはましなほう! そうじゃなくて、印象の話だよ」


 「キセト、女々しいってよ」


 「そんなこと言ってない!」


 しっかりと記録だけして、この話は中断することにした。

 峰本が眠いと言い出したので仮眠してからラガジへ戻ることになり、店の簡易ベッドを借りて横になる。疲れていたのか、瞼を閉ざせばすぐに意識が遠のいていく。姉貴とも連絡を取れたしいっか、と軽い気持ちで意識を手放した。


 * * *


 借りたベッドにもぐりこんで、夏樹のほうから寝息が聞こえてくるのを確認してから、キセトは連夜を起こした。夏樹夏盛が感じたという印象の変化の心当たりを連夜に伝えておきたかったのだ。


 「眠いんだけど……。どこかの誰かさんのお迎えに行って運動したから眠いんだよ!」


 「連夜は俺の記憶を大体確認したのだろう? なら俺は在駆の母親の存在力を奪ってしまったことも知っているな?」


 「あー? あー、まー、うん」


 「名前を炎楼理紗、旧名時津理紗。俺が幼い頃、魔力を暴走させてその存在を吸収してしまった人だ。おそらくだが、彼女が吸収された年齢と俺の年齢が近づいたことで、俺に何らかの影響が出ているのだと思う」


 「へー」


 「俺がいいたいのは、今回のことと印象の変化は関係がないだろうということだ」


 「まっ、そうなるか。オレは違うと思うけど」


 「それ以外に何があるというんだ?」


 「わかんねーよ。勘だし」


 むっとキセトは納得していないと表現したが、連夜は無視して再び布団に潜る。連夜が静かになったので、キセトも横になった。疲労が蓄積していたのか、数秒で意識が落ちる。

 ベッドの中で静かにしていた連夜は、己の勘と向き合っていた。キセトの中に在駆の母親の存在があるとしよう。それがキセトの印象に変化を与えるほどの力があるのだろうか。それと平然と向き合うキセトは、やはり異常なのではないだろうか。

 そして、「焔火キセト」という存在そのものが変質したということ。それはごまかしようがないものだと、連夜はこの時点で気づいていたのだ。


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