069
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
※ このお話(069)には残酷な(グロい)表現が含まれます。ご理解の上でお読みください。
暗い世界で輝かしい銀色が見えた。それが眩しくて、目が離せなくて、そこから世界が広がる感覚がする。まず銀色の詳細が見えてくる。くるりと丸まっている髪だと認識すると、すぐ近くに夕日色の瞳も見つけられた。それが、自分の友だということもじわじわと思い出した。そして、友のことを思い出すと同時に自らの事も少しずつ認知し始めた。
………。
………………。
「……れんや?」
「なんだ、お前意識あるのか?」
連夜は楽しそうに笑っていた。笑ったまま俺を攻撃してくるので、思わず剣を弾く。……弾く? 武器も持っていない俺が?
自分でも疑問に思ったので、連夜の剣を弾いた己の武器を視覚で確認する。俺の手足のように自在に動く水晶が俺の武器となり盾として動いていた。連夜は何度も地面や壁に戻り、俺のほうへ跳躍してくる。だが、まず前提を教えて欲しい。なぜ連夜と俺は戦っているんだ。
「あの、連夜?」
連夜がこちらに向けた花びらのような魔力の塊を避ける。なぜか自らの背から生えている石が思うように動かせるのでそれでできる限り弾くのだが。
「攻撃するな! おい! 聞いているのか」
「楽しくなってきたから、嫌だ」
「捻り潰す」
子どもみたいな言葉にかっとなって返事をしてしまったが、俺自身も流されてしまっている。楽しくて、無意味な攻撃を交わすことすら次を期待してしまって。
「懐かしいよな」
「ああ」
「流石に十八のころよりはタッパも伸びたしウェイトも増えた。地面……に足をつけてねーけど、雪の足元以外の戦闘も楽しいよな!」
「……ああ、楽しいよ」
脳を叩き切る剣筋が読める。普通なら弾くのだろうか。人間としてそこに恐怖を抱くべきなのだろうか。
それでもだ。俺を殺す剣に憎しみも恐れも感じなかった。好きに肉を断ち切らせて、俺はお返しとばかりに相手の肉を殴りけずる。水晶に蝕まれても変わらない笑みが俺に向けられている。おそらく、俺も同じような顔を返しているのだろう。
切り裂かれた眼球の視界が失われて半分だけの世界で銀色を追う。見えない場所で魔力が感知できるのだが動作が読めない。攻撃されるかもわからないので、水晶の羽で赤い花びらの魔力と、ついでに連夜も叩き落としておく。捻ることはできなかったがこれで潰せたのではないだろうか。念のために魔法で追撃しておくか。
「痛い」
裂かれた頭部が繋がっていく感覚はあまり心地よくない。俺が痛いと思うように、連夜も痛いのだろうか。連夜以外の人々も、今まで痛かったのだろうか。
片方の視界も戻ってきたので連夜を見下ろした。なにかを考え込むように口をとがらせている。考え込む、ではなく拗ねているのだろうか。どういう感情なのだろうか。
宙に浮く己を地に降ろす。思うがままに動く羽は重さを感じない。むしろ俺を天に導こうとしているようで、だからこそ、決して俺とは相容れなかった。
「痛てーな」
「お互い様だろう」
「ちぇー。ちょっと休憩」
右肩と首から上だけという状態でどうやって声を発しているのだろうか。声帯があればいいというものでもないだろうに。休憩という言葉通り、目を閉じるとそのまま眠ってしまった。体を再生しながら眠りに落ちれる度胸は、我が友ながら褒めるべきだろう。
視界の端に銀ではない人影を見つけてその前に移動する。挨拶もそこそこに別れてしまった上司がそこに居た。
「夏樹さんはどうしてここにいるんですか?」
「焔火、お前……、冷静なのか?」
「正気なのかという問いのほうがいいと思いますが……、つい先ほどから。状況を説明していただきたいのです」
「おれは、記録係だよ、そうそう、記録係。お前のその羽……、というか魔力過多で気持ち悪くないのか? 世界中の人間から魔力吸収してるんだぞ、お前」
言われて魔力を探知するが、この場を閉めているのは連夜の花びら型の魔力と、俺の魔力に酷似した、なぜか身に馴染む魔力だけだ。目を閉じて探すようにして、やっと外から流れ込む微細な流れを掴んだ。だがこれが夏樹さんのいう「魔力過多」になるほどの源なのだろうか。
一瞬幻想的な光景の中で腕のない男が、口角をあげるだけの癇に障る表情で馬鹿にするように見下した。
短い間でその男と交わした会話を思い返す。まともな精神状態ではなかった。だが、確かに会話した。意思疎通をなした。意味をすべて理解したわけではないが、そこに他者として存在するものを、俺が認識してしまった。
「他者から奪った魔力ですから、返却まで責任を持つべきでしょうが……。今は手放すことからですね」
敗北した哀れな神、とあの男が言った。確かに俺にお似合いだと思った。力だけはあるのになにも勝ち取れなかった神という存在が。
「でも俺は、人でありたい」
殴られて痛いと、その当然を「お互い様だ」と言える。そんな存在でありたいのだ。神になどなりたくない。
重さを感じさせない羽が急に存在を示すようにのしかかってきた。今更拒絶するのかと言っているのが伝わってくる。それでも俺は、
「人でありたい」
重すぎる羽に耐えられず屈んだ。地面に力なくのび、先ほどまで連夜の攻撃を弾いていた力強さは消えている。その理由も俺にはわかっていた。俺自身が拒否したからだ。この力を、この在り方を、俺は選ばなかった。拒絶反応のようなもの。
見ずともわかる。俺を苗床にしていた芽吹きは栄養を絶たれて枯れようとしている。やけに重い石はぴきぴきと音を立てている。育つ時と同じ音だが、与える印象は全く違った。何らかの命が尽きようとしている。透き通る薄い水色がひび割れでみえなくなり、一瞬で粉々に砕け散った。
「焔火……」
「どれほどかけ離れていると言われても、どうありたいかは、もう変わらないでしょう。俺は――
「『人でありたい』だろ」
重さがなくなったはずの背に再び重さを感じた。冷たい石の感覚ではなく、暖かい生物のものだ。
おはよう、と連夜が笑う。五体満足で服までしっかり着ている。なぜか裸足だったが。
「なんで裸足なんだ?」
「ココに来た時にはもう裸足だったからな。靴は楽園の島に置いて来たし。で、だ!」
「で?」
「で?」
夏樹さんと同じ言葉がでた。連夜はどんどん俺に掛ける体重を増やしていく。重いと非難の視線を送っても知らぬ顔だ。逆に連夜から要望の視線を受ける。何を求めているかわかってしまうのが辛いところだ。
「休憩が終わったんだ。やるぞ」
「いや、だが」
「邪魔な翼は無くなったんだし、スッキリするまでやるぞ! 消化不良だ!」
「……わかった」
さっきまでの殴り合いを楽しんでいたのも事実だ。夏樹さんに軽く頭を下げてから、部屋中央に戻る。この後ただの殴り合いをするとはいえ、友の後ろを追って駆けるその瞬間が、普通の少年になれたようで。
「あー……、お前ら、暗くなる前に帰るぞー」
「暗くなるまでは遊んでいいってよ! キセト! ほらほら!」
「わかっている!」
背には何もない。
* * *
【まさかお前が人でありたいだなんて、そう願っているなんて】
大笑いしながら殴り合いをする青年を見つめる男はそう呟いて微笑む。
【お前が人でありたいと望んだから『結晶』は力を失った。でもほら、ここにいる】
呆れて青年たちを見守る男の後ろから、腕のない男は微笑む。
【お前が人でありたいという気持ちを失った時は、いつでもお前の背に翼を生やそう】
ない腕の代わりに石の翼を広げ、男は微笑む。
【結晶の躰に神の力があれば、もうそれは我々が復活を待つ神そのものなのだから】
広げられた美しい石の翼、羽一枚一枚に賢者の一族を映して、男は微笑む。
【『焔火キセト』が人を見切った時。それが世界に蔓延る『人類』の最期だと忘れずに】
* * *