006
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
三人が通された王宮の中は、瑠砺花の想像を超えて広がっている。扉をくぐってすぐに下り階段だったため、この王宮が水の下にあるということだけは確かなのだが、閉塞感はない。下に行けば行くほど暗くなっていくが、術士たちに光は必要ないようだった。扉のところでレインから渡された光が三人の足元を照らしている。
瑠砺花が連夜に背負ってもらうことを真剣に考え始めた頃、階段の終わりが見えた。扉も階段も広く閉塞感はなかったものの、階段の終わりに広がっていた空間は桁違いというものだろう。
「街、なのだよ……?」
「そんなにでかくないだろうけどな」
土を集めて中をくりぬいたような家、公園のような場所や木々が自生する場所。瑠砺花の知る人間の街と姿違えど、たしかにそこは街と言える光景が広がっている。
「ここまでくれば言葉を通じさせる魔術が使えます。わたしは人間の言葉が得意ではないので不便でしたでしょう」
「わわっ、レインさんがぺらぺらに!?」
「ここは南の森の湖の底であり、魔力が濃い。どのような魔術も苦労せず使えるのです。さぁ、王へ会いに行きましょう。ほら椿も来ましたから」
レインが示した方向からエモーションが現れた。どうやらレインはエモーションのことを椿と呼んでいるらしい。
「あ、あの、椿って……」
「俺の名前だけど」
「あっ、えっと、キー君の名前? レー君がトウヤとか言ってたみたいに、キー君にも違う名前があるのだよ?」
「……その『キー君』ってのがあんたらの探す人? 俺に似てんの? 知らないけどさ、俺は椿なんだって。それ以外の名前なんか持ってない」
言葉が通じるようになればキセトのイメージに少しでも近づくかと思っていたが、全くそんな気配すらしなかった。
連夜が瑠砺花を、レインが椿を、それぞれフォローしてから先に進む。街の広場のような場所まで来ると、宙に浮く術士を発見した。目を閉じていて連夜たちに気づいた様子はない。
「あのお方が南の森の術士の王、セイン様です」
「我が南の森の術士の王、セインである」
その後に控えろとでも続きそうな態度でセインは自己紹介をした。相変わらず目は閉じたままで、連夜たちのほうを見ようともしない。連夜たちは、レインにしたように連夜が全員分の紹介を済ませた。
「それで。用件は人間の国でいう不知火の石家の嫡子殿が行うらしいな。どうぞいくらでもなんでも説明してくれ」
やっとセインが連夜たちを見た。視線を投げかけられると同時に風が吹く。そのおかしさに瑠砺花は気づいた。
ここは地下であり水の下だ。地下にしては広い空間があるにしろ、風はどこで起こったのだろう。
「ねぇ、レー君。今の風って……」
「我の力である。我が視線を送ればそこに風が吹く。たったそれだけのことよ、ルレカとやら。人間の身に我の風はよい物とはいえぬ。故にあまりそなたらと視線を合わせることは出来ぬ。無礼を承知の上だ。話に入れ。我は聞いておるから」
すらすらと出てくる人語は聞き取りやすい。連夜ほど崩した言葉よりよほど聞き取りやすいというものだ。連夜が言ったように長年の記憶のおかげなのか、術士たちの知識は人間に負け劣りしていないように感じられた。そして、この王は尊大な態度でありながら気配りも出来ている。これが術士の王の器なのか、と瑠砺花は黙り込んだ。話を長引かせる必要などどこにもない。
「エモーション……、焔火キセトの欠片を集めている。記憶体の状態に戻し、全て集めて元のキセトに戻したい。そのために、まずはここに居るエモーションの……」
「命が欲しい。それ以上もそれ以下もねぇよ」
晶哉が躊躇った言葉を連夜は簡単に口にした。
激怒すると思われたセインは、意外にも冷静さを保ったままで考え込むように目を閉じる。瑠砺花たちの視線を横に受けながら、セインは応えた。
「もちろん、この南の森に居るのが本物ではないことは分かっている。だが、二年という月日を共にしたことを忘れて差し出すほど術士とは薄情ではないのだ。本人の意思なくして決めることでもないだろう」
「じゃ、その本人から質問とかないのかよ」
晶哉が苛立ちをこめて返す。晶哉にとって大切なのはキセト本人だけで、キセトの欠片であるエモーションなどどうでもいいのだ。エモーションを一体一体大切にするつもりなど晶哉には無い。
エモーション・椿は、連夜たちを無視して王に駆け寄った。大好きな家族と一緒に居るかのように、その顔には笑いがある。偽者といわれてもなお、椿は王を慕っている気持ちに変化を表していない。
「笑ってる……。明津さんの笑顔は慣れたのだけど、キー君の笑顔ってなんか……変」
「同じ顔だろ」
「で、でも違うのだもん!」
自分の笑顔を見てこそこそ話しだしたと感じたのか、エモーションは不愉快そうに三人を見た。そこには感情があふれていて、また三人の中のキセトとエモーションが遠のく。
「エモーション本人に尋ねればいいんだろう! 魔術とやらで言葉は通じてるはずだ。お前は、元に戻りたくないのか」
晶哉がイラついたように話を戻した。連夜はしかめ面で、瑠砺花は晶哉の焦りを感じて不安になる。
目の前にいるエモーション・椿は冷たい視線で、それこそ帝都で無表情を貫いていたキセトに似ている表情で、晶哉を貫く。
「元に戻るとはなんだ。俺は俺の感情で、決意でここに居る。ここに居る!」
「でもお前は『焔火キセト』の欠片でしかないんだ! 元に戻るのは当然のことだろ!」
「なぜ欠片になった? 俺が欠片だというのならその『焔火キセト』という完全体に欠陥があったんだろう? その完全体に戻ったところで、またその欠陥と向き合うのは俺たち自身だというのだろう!? 俺はここで、偽者と分かった上で俺を仲間と呼んでくれるみんなと、一緒に幸せに過ごしたいだけなんだ!」
「エモーションがいくら幸せになっても、それが『焔火キセト』じゃないなら、意味なんかないだろうが!」
「俺を否定したいだけか。ここで、こうして術士として生きる俺を否定したいだけだろう。お前が望むもののために」
そうじゃないと瑠砺花は言いたい。だが、目の前にいる椿ではなく、キセトだからこそいいという理由もない。連夜が出直すかと言ってくれたが、ここで出直せば晶哉の言い分は一生通らないことは目に見えていた。
「石家の嫡子よ。そなたは一度その口を閉ざすがよい。椿。一人の言い分はお前の意思を変えられなかった。でもまだ二人居る。先入観を持たず、聞くべきだろう」
「……どうせ、俺に死ねと言うんだろう。どうしてあいつなんだ! 悲痛な生き方しか知らないあいつに戻したがるんだ!? 悲しみしかしらないあいつはお前たちに優しくは出来なかっただろう!」
「まぁ、そうだな。結果としてはそうなるんだろうな。でもオレは瑠砺花ちゃんの付き人だし、瑠砺花ちゃんの意見を聞いて納得できるかどうか、考えろとしか言えない。瑠砺花はどうしたいんだ? 目の前にいる椿でもなく、キセトに会って何がしたい。特に優しくも無いし、人の心なんて全く分かってない。それでもキセトがいい理由ってなんだ」
「キー君……」
それは、瑠砺花が階段を下りながら考えていたこと。
瑠砺花が持つキセトに関する記憶。ナイトギルドに居た彼しか知らない。過去を知ったところで瑠砺花には何も変えられない。キセトの妻であった亜里沙とは仲良くなったが、キセトとはどうだったのか。
「……瑠莉花」
こんなときに瑠莉花なら答えを出すだろう。瑠砺花が分からないことに瑠莉花は答えを出すのが上手かった。
――瑠莉花? そう、瑠莉花が、今も答えを出してくれるではないか。
「どうして、リーちゃんを殺したの?」
「!?」
「どうして、キー君はリーちゃんを殺したの? その答えが聞きたい」
「………」
エモーションは応えなかった。息を吐くことすら忘れて瑠砺花を見つめていた。
そして、ゆっくり瞼を閉じて空を、水を仰ぐ。
「その答え。その答えは、俺にはわからない。俺はその殺された人も知らないし、殺したという事実も知らないから。なぜ殺したのか。それはその記憶を持つものにしか答えられない。俺が答えたとしても、ただの想像だ」
「……私は、今目の前にいる貴方を殺したいとは思わない。でも、私には私の求めるものがあるから」
「俺は生きたかった。でも、知ってる。俺が焔火キセトの欠片でしかなくて、焔火キセトという存在に必要不可欠な欠片だってこと。あんたのその質問に答えたいと思っている。俺ではなく焔火キセトが犯した罪に、少しでも応えたい。でも、俺では出来ないことも知っている。俺は罪状すら知らない。それは、確かに焔火キセトという完全体でしか出来ないことだ。帝都の記憶はあいつの中で終わっていなかった。帝都で過ごした頃のエモーションはいないんだ」
「――でも、それもまた、焔火キセトが一人で向き合うべき罪だ。その辛さも分かる。わざわざその辛さを味わうために死ぬのも嫌だ。それも分かってくれるか」
エモーションは水を仰いでいた視線を地面に落とす。その表情は苦しそうで、迷っているのが見て取れる。
「すぐにとか私には言えないのだよ。でも、乱暴なことしたり、椿さんが納得しないまま進めたりしたくないのだもん。レー君の言う通り、今日は帰るってもいいのだよ?」
「………。ねぇ、セイン様。俺、またみんなの前から居なくなってもいい? キセトになって、本物になって帰ってくるって約束する。いいかな、俺。いいのかな」
「椿。椿の意思を挫くための我らではないよ。自分のしたいようにしなさい」
「ありがとう、セイン様。母上によろしくお伝えください。椿は必ず帰りますからと」
「あぁ……」
エモーションはセインの瞳をまっすぐに見ていた。感じる風が愛おしいのか、喜びの笑みを王に向けている。
「さようなら。偽者も本物も選ばずに愛してくれてありがとう」
そして、エモーションは自らの命を終わらせた。
どうやったのかなど瑠砺花にはさっぱり分からない。それでも、その最後の散り方はとても美しかった。
エモーションが居た場所に光の玉が浮いている。それが記憶体であると誰が言い出すわけでもなく全員が理解していた。
「この記憶はルレカに、と言いたいところだ。彼女の目的が椿にこう決意させた。しかし、この記憶には椿の……、お前たちがいう人間キセトの力も含まれている。ルレカが保管するのは厳しいだろう。よって、我は王としてトウヤを指名する。ルレカの意思を尊重し、この記憶を保管できるトウヤをな」
「別にいいけど……」
「この記憶を体内で保存しろ、トウヤ。誰にも触れさせるではない。お前の奥底でこれを見るのだ」
「えっと、通訳」
「お前は椿の記憶を見ることになる。しばらくは眠ることになるだろう。そして見た記憶を誰にも話すではない」
「しばらくってどれぐらい?」
「ニ・三時間で済むだろう」
ここで見ていくといい、とセインが近くの家を指差す。
「記憶を集めれば、その者がどう生きたか全て見ることになる。トウヤ、それを受け入れられるか」
「さぁ? 嫌なら途中で辞めればいい話だろ」
「そうか。……レイン、石家の嫡子殿を地上へ送って差し上げろ。ルレカ、そなたはトウヤが起きるまで傍にいるといい」
ではいい夢を。
それが連夜にとって最後に聞こえた声だった。