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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください


 目の前に浮かぶ光景が映像だと、龍道は遅れて気づいた。映像は黄金の間だ。実際の部屋は青い石レンガでできている。


 『公式通信ではない理由をお伺いしてもよろしい?』


 映像の中にいる人は、こちらの三人に負け劣らず豪華な衣装を着ていた。龍道たちは青を基調としているのに対し明日羅皇帝は赤味が強い黄金色だ。国色である夕日色を基調にしているのだろう。


 「あくまで皇帝ではなく、家族を持つ者として知らせるべきことだと考えました。お伝えする者はこちらにおります、焔火龍道です」


 「お初にお目にかかります。焔火龍道と申します」


 深々と頭を下げる龍道を感情のない目が見る。柔らかく優しそうな印象の明日羅皇帝だが、やはりその目は独特の冷たさがあるのだ。印象と目の差が龍道の体を震えさせる。


 『あぁ、縺夜の友達の子ね。聞いているわ。なにかしら?』


 「今回の漏魔病について、隊長が解決に動いています。必ず、隊長は解決してくれます!』


 『あらあらそれは頼もしい』


 「え、えっと、その……」


 目の冷たさが変わらない。子どもの戯言だと思われたのが表情でわかる。もっと食いついて聞いてくれると考えた龍道は狼狽した。龍道が隊長と慕う連夜の母親だと思うと、涙が零れそうになる。自分の周りには優しい大人が溢れていたと、また一つ知った。


 「陛下。彼の言う隊長というのはナイトギルドの隊長、峰本連夜のことです」


 『……!?』


 映像の中で女性が驚く。その動作から可愛らしい人だという印象に一瞬で変わる。両手の指さきで口元を多い、夕日色の飴玉みたいな瞳がまんまるになっている。龍道は連夜に似ていない人なんだな、と勝手な感想を抱いていた。


 『そうですか、縺夜が……。それは良い知らせを期待してよろしいということですね』


 「はい」


 『龍道君。知らせてくれてありがとう。羅沙では民があらぬ噂を信じていると聞きます。皇帝陛下は動かれますの?』


 「はい。民の心のよりどころを壊すだけの知らせはできないと踏みとどまっておりましたが、ご子息が動いてくれましたので、希望をもって民に知らせることができます」


 『それは宜しかったですわね。では、ワタクシはこの嬉しい知らせを明日羅の民に知らせたいのでここまでにいたしましょう』


 目の前の映像が切れ、青い石レンガの壁が三人の前に広がった。

 連夜は明日羅皇帝の事を嫌っている。自他共に認める事実だ。連夜の名前を聞いて喜ぶその姿を見た三人には、連夜の意見が信じられない。いい人そうだと誰もが感じる人だろう。皇帝の冷たさも、愛情を向けるべき人には向けないと示していたのだから。


 「練習……」


 「龍道殿は羅沙の民を安心させるために、自らの姿を公の場に晒し、自らの声で知らせるのでしょう? 明日羅皇帝は、相手を安心させるプロです。油断して口を滑らせそうになるぐらいに」


 「いやあ、くせ者だよ。流石、峰本連夜の母親って感じ」


 「真似はできなさそうです。俺には隊長の真似の方があってそう」


 「峰本も相手に信じさせるだけなら第一級だもんな。あの自分に疑うところがないって態度、すげえよ」


 驟雨と話すたびに龍道の肩から力が抜けていくのがわかる。周囲で二人の会話を聞いている人々は淡く微笑み、それを見守っていた。二十一歳の驟雨の幼い部分と、八歳の龍道の大人びた部分が一致したらしく、二人の話は盛り上がった。


 「国内放送の準備も整えさせました。本番ですね、龍道殿」


 「はい!」


 「いいか、龍道。まず俺たちが爺様の指輪の件を伝える。その後に、お前が今回の件は解決できるっていうんだ。誰が解決するとかそんなことはいい。お前が『解決できる。だから安心しろ』っていう事が大切なんだ。さっきも言ったけど、お前の言葉を信じた奴を守れ。その覚悟を持って言え。覚悟がないなら今しろ。『皇族』を名乗った以上、やるしかないんだ」


 「うん……」


 「たくさん語る必要はない。こういう時はいい噂もよく広まる。お前は名乗って、短い言葉を言って、胸張ってこれ以上必要か? って態度のまま通信が切れるのを待て」


 龍道に言い聞かせる驟雨の後ろで、東雲が嬉しそうにしている。龍道がそれを不思議がったのを悟った明日が、耳元に顔を近づけて教えてくれた。


 「驟雨も皇族としてや皇帝として仕事を始めたのは二年前からなのですよ。私も東雲隊長も、驟雨の成長が嬉しいのです」


 「そうなんだ……」


 「そういう私も四年前に仕事を始めました。まだまだたくさん最善を逃すときがあります。それでも、やるしかないのです。次を掴むために進みましょう」


 左から驟雨が、右から明日が、龍道の肩に手を添える。

 驟雨の成長よりもその光景が東雲に喜びを与えていた。羅沙明津という民に最も期待されていた才能ある皇族はついぞその責任を果たすことなく名を隠した。公の場には出ず、この瞬間も最愛の妻と民家に籠っている。だがそれは明津だけの責任ではないのだ。羅沙明津という皇族を支えきれなかった騎士の責任であり、たった一人に重たいものを背負わせた民の責任なのである。


 (間違っているのは民だとわかっていたのに、肝心なところを自覚していなかった。優しい貴方を潰したのはわたしたちだったのですね、明津様)


 東雲は祈りの型で跪いた。麗しい姿をした三人が並び立つ。すぐ後ろで跪く東雲まで映されていることだろう。それでいいのだ、龍道は明津の孫ということすら利用してここにいる。明津の騎士という立場を利用することも今更だろう。


 「羅沙の民に」「その深き愛情が」「降り注がれますように」


 従僕たちが三人に頭を垂れ、それを合図に放送が始まった。


 * * *


 漏魔病で倒れた者、それを看病する者、それぞれが忙しく過ごす中。

 羅沙政府はある映像を公にした。雲の上の存在である皇帝陛下がその姿を晒し、直接民に語り掛けるといった内容だという。突然の放送に見逃した者もいれば、その映像の前に頭を下げ続けたという者もいた。


 「私の羅沙大栄帝国の民よ。私の声が届いていますか」


 映像が始まってたっぷりと時間置いてから、皇帝陛下がそう告げる。その高貴な声を自分の耳が聞いているのか、それともあまりにも絶望的なことが起きて天使の声でも求めて聞いてしまっているのだろうか、と羅沙の民は自らを疑った。


 「私たちを苦しめる漏魔病は恐れるものではないのです。我が祖父、羅沙将敬の呪いなどという言葉を口にする者に、私は心を痛めています。我が祖父は八年前にその名を羅沙の宝石に刻まれました。ですがその悲しい知らせを民に知らせたくないと思い、黙っていたのです」


 「――今、私はこの口を開き、心を天に見せましょう。我が祖父の名はもはや民を導く王冠にはないと、心を凍らせて告げましょう。その証拠の品がこちらです」


 皇帝陛下のお言葉が一度区切られる。恐る恐る頭を上げて映像を確認すると、神々しい三人の姿はなく、画面いっぱいに美しい宝石が映されていた。不透明な青い宝石でできた指輪で、花があしらってあるように見える。そして同じものがもう一つ。


 「これは羅沙将敬とその騎士が誓いを立てた証としたもの。我が祖父はその名を羅沙の宝石に刻むその時まで、これを身に着けておられました。騎士も我が祖父への忠誠を守り最期まで命を懸けて我が祖父を守ったと聞いています」


 「――この品を私たちの下へ届ける大義を果たしたものを紹介いたしましょう。我が叔父である羅沙明津様のご令孫、羅沙龍道殿です」


 声を聞いていた民のうち、何人が顔を上げずにいられただろうか。あの明津様のご令孫がそこにいるのだ。ご子息はとてもよく似ておられるという。ご令孫も似ておられるのだろうか。そこに、顔をあげればいてくださるのだろうかと。


 「皇帝陛下よりご紹介に与りました。羅沙龍道です」


 声変わり前の自然で美しい高い声。とても整った顔立ちをしていて、片目が美しい空色をしている。髪は紺色で羅沙の民と同じだ。少し緊張しているのか硬い表情が、また愛らしい。幼いながらも凛とした姿で画面を通してこちらを見つめてくださっている。


 「指輪は曽祖父から代々受け継がれ、俺の下へきました。どうか皆様が一人でも多くこの事実を受け入れ、祈り、そして希望を見出せるように。そのために俺はこの指輪を陛下にお渡ししようと城へ参りました」


 すっと子どもの背筋が伸びる。あぁ、皇帝陛下が明津様のご令孫に手を添わされている。この方の言葉を信じていいのだ。信じて、あぁ、この病の原因は皇族になどなかったのだ。心の平穏の為に罪をこのような美しく聡明な方々に押し付けていたのだ。自らの醜さを見ないふりをしてきたのだ。

 羅沙の民がそう己を責め始めたことをわかっているとでもいうように、尊きものの化身が再び声を届けてくださった。


 「曽祖父の呪いなどありません。この問題は解決します。何一つ、皆さまが不安がることはありません」


 「羅沙皇帝として羅沙軍に属する者全てに心がけるべきことを告げる。お前たちもこの羅沙の民。無茶をするな」


 明津様のご令孫の言葉の後、すぐに皇帝陛下がお言葉を続けられた。堂々としていて、低く安定した大人の男の声は心の奥底に積もる。その心地よい重さが浮つく不安や信じていいのかという迷いを落ち着かせて下さる。


 「全ての羅沙の民よ。私の心を溶かすのは羅沙の民が安全に、心安らかに暮らしているという知らせのみ。ことは必ず過ぎ、再び穏やかな日々が戻ることでしょう。この苦しみをともに乗り越えましょう」


 心地よい重さが積もった心に、美しく軽やかな絹のような声が降りかかる。映像が途切れる前に、縋って見ればそのお姿から伝わる柔らかく温かいものがそっと心を包む。

 皇帝は神であるという古くから信じられてきたことは、嘘ではなかった。多くの羅沙の民が心を同じにした瞬間であった。


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