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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
血液を媒体とした魔力供給の情報を持って、夏盛はナイトギルドを訪れていた。安静にしていろとは言われているが、書類を各機関に配るぐらいいいだろうともぎ取ってきた仕事である。動いていないと不安になるというと、フィーバーギルドの部下にはワーカーホリックだと笑われた。笑い話にしてくれるだけまだましだ。いい歳の大人同士、ごまかすべきところはごまかしてくれる。
だが、ナイトギルドの隊員はそうではない。まだ十代の子ども(十代にも満たない子どももいる)が多いせいか、素直すぎる言葉が夏盛には痛い。だからあまり長居したくないのだが。
「ナイトギルドの落葉蓮は医者ではないが、今回の件では特例とされている。だからこういった情報はナイトギルドにも渡すことになった」
「わかんねえ。あ、静葉。これ蓮に渡しといてくれ」
「はーい」
静葉が書類を持って席を外す。食堂に残ったのは連夜と晶哉、そして龍道だけ。長居するつもりはなかった夏盛を呼び止めて、わざわざ受付の奥、食堂の一席に呼んだのは龍道だった。どうぞ、とお茶を差し出して、龍道は夏樹の目の前に座る。
「なんの用事かな?」
羅沙明津の孫で、焔火キセトの息子。今はナイトギルドの隊員で夏盛にとっては部下の一人。正直、羅沙明津が動かないのならこの小さな子どもを引っ張り出すしかないと考えている。
夏盛とてこんな小さな子どもに頼ることに不甲斐なさを感じている。しかし、ただの子どもではない。羅沙皇族の血が流れる、歴とした王になるべくして生まれた子どもだ。今までは血族の恩恵も受けない代わりにその血の責任も免れてきただけ。
「羅沙将敬の死を証明できるものを探しているんですよね?」
(ひ孫ともなればかつての皇帝ですら呼び捨てか。八年前なんだし生まれてないのか? ギリギリ生まれてるのか。そりゃ直接見たこともない人なんて「歴史の中の偉人」でしかないし呼び捨てかな)
違うの? と困惑の表情になったり、子どもっていいなと夏盛は観察に夢中になり返事を忘れてしまっていた。そうだと肯定しようとしたとき、こんこんと受付からの音で注目が龍道からそれた。受付の向こうに東雲高貴が立っている。
「し、東雲隊長!」
「もう軍人は退役しているんだが……。お邪魔だったかな? 龍道君に用事があったんだが」
「あー、めんどい。中入れよ。龍道が夏盛君に話があるってことで今集まってるんだ」
「その話の後でいいよ。わたしも聞いていいかな、龍道君」
「い、いいよ。高貴おじさんも聞いてくれた方がいい話だし」
焔火龍道にいわせれば、羅沙最強の騎士東雲高貴ですらおじさんか。夏盛の口から驚きが漏れ出る。しかし、驚いているのは夏盛だけのようだ。おじさんと言われた東雲自身が穏やかに受け入れていた。
(やっぱり最強かつ優しいとか言われるだけあるよな……。おれだったらおじさんなんて呼ばれたら怒鳴りそう)
「それで、羅沙将敬様が崩御されているという証拠を探してるかどうかって質問だったな。探してるぞ、探してたっていうべきか。そういう情報はなかった。ちゃんと調べたぞ。書類棚ひっくり返してな」
「その件か……。わたしも公言するにしては証拠がね。"見てきた"では証拠にならないということになったし」
ちらりと東雲の視線が連夜を見るが、相変わらずのようだ。話には無関心で見つめる先は窓の外、空ばかり。焔火キセトの記憶を見てきた連夜も、実際にその場にいた東雲も、羅沙将敬の崩御を『見た』のだが、八年も経つとそれを証明するすべがない。
「あっ、ということはやはり、将敬様は崩御されているのですね……。情報屋ですらそこが曖昧だったので」
「ああ。悲しいことに」
「そうですか……。羅沙の民として祈りを捧げさせてください」
「このギルドには祭壇もないし祈り石もない。それに、ナイトギルド隊員は祈りの文化もないだろう。後にしよう、夏樹君」
不知火育ちの晶哉は首を傾げ、龍道は知識だけで知っている祈りに興味を示し、連夜はピクリともせず無関心。羅沙軍の末席に位置するギルドの本部、しかもナイトギルドは代表ギルド五つの中に選ばれている。だというのに羅沙の習慣には必要不可欠なものを置いていないという。
戦火や茂が居たころは、それぞれの私室に簡素な祭壇と祈り石があったのだがそんなことを把握している者はここにはいなかった。
「羅沙のギルド本部に祭壇も祈り石も置いてないなんて。峰本ー! 置いとけよ!」
「だりー。それより龍道はなんでそんなこと聞いたんだよ」
「なんでっていうか……その……。もう一つ質問があって、羅沙将敬という人はどういう人だったんですか?」
「似たような質問、オレが冷夏嬢にしたわ。貰った情報の書類あるから見せてやる」
連夜が手のひらを振る。晶哉に向けて動かされる手が意味するのは命令だ。晶哉が嫌々立ち上がり、やっと連夜は手を下ろす。
晶哉が書類を取って帰ってくるまで、自然と龍道と東雲、夏盛が場を繋げることになった。この場の責任者であるはずの連夜が知らんぷりを決めているからだ。
「証拠になるような品を持っているのかい?」
「……はい。本で騎士の誓いについて知りました。皇帝と専属騎士の誓いの品は決して主従のどちらかが所有すると。そして、主も従僕もなくなってしまった場合のみ他者が保管するんだって」
「確かに。東雲さんのイヤリングだって誓いの品だから解任されても身に着けておられるんだし……。あれ、東雲隊長。イヤリングはお外しに……?」
「これは、明津様にお返しした。わたしはもう誓いを守れないと考えてね」
東雲を気遣う夏盛の視線より、その重さを理解していない龍道の純粋な視線の方が痛い。無意識に左の耳たぶに手が伸びる。これでは東雲も連夜の事を叱れなくて当然だ。聞かれたくないことを聞かれない技術が東雲にはあるだけだ。龍道の話に戻そう、と追及の視線ふたつを振り払った。
「将敬様と榛呀様の誓いの品を龍道君が持っているのかな?」
「たしか指輪でしたっけ。青色で所々に金を含む石を掘って作られた品という記録があったはずですが。現存していないと知らされています」
「公式な情報にすることはできない。それを周知で聞いて欲しいのだが、現存している。焔火キセトに将敬様と榛呀様の意思で譲られたのだ。焔火君が龍道君に譲っているのなら龍道君が持っていてもおかしくないものだよ」
音もなく食堂に晶哉が戻ってきた。話が盛り上がっている三人を無視して連夜に書類を渡す。連夜は書類を見もせず近くのテーブルに置いた。暇なのか、すべてを紙飛行機にして夏盛に向かって投げ渡す。夏盛が全て回収し、丁重に折り目を開いて中の情報を確認した。
騎士の誓いの品の項目に指輪のスケッチが載っている。不透明な青い石の中に金が混じっていて、とても脆い石。そこに羅沙ローズを掘り出してある。龍道の目の前にそのスケッチを広げ、所持しているのは本当にこれか、と夏盛が尋ねた。
「ひびが入ってたり丸くなってたりするけど、これだよ。これを持ってる。でも、迷ってた。それを言うべきかどうか。だから将敬って人が悪い人かどうか、聞きたかったんだ。だって羅沙将敬って人が本当に悪い人なら、今回のことをその人のせいにして少しでも安心できるなら、それでいいんじゃないかって。それは本当の事じゃないかもしれないけど、悪いことしてた人ならまた悪いことしてるって言われても仕方がないと思うし。本当の事だけ突き付けて、皆を不安にさせて、『俺からは以上です』なんて無責任だ。これを出して、漏魔病が羅沙将敬のせいじゃないって言うなら、その次が必要だと思う。そこまでして羅沙将敬の潔白を証明したいほどじゃないんだもん。本当だったらいいわけじゃないだろ」
「この品があれば皇帝陛下のお言葉として将敬様の崩御を発表してもいいだろうが、どこから出てきたかという話になる。龍道君は……公な場に出たくはないだろう。どうするか……」
「フィーバーギルドとして探し出したということにしていただければ、こちらも今回の件に貢献できますから……。ギルドを総括する身として」
「いいや、夏盛さん。俺は公な場に出るよ。それも迷ってたんだ。俺は羅沙皇族の血を引いているのに皆に甘えて普通の暮らしをしてた。父さんもそれを許してくれてた。でも駄目だと思うんだ。それが血を受け継いだ責任だって言うなら、皆の前でちゃんと話す。でもさ、怖いから誰かに支えてほしいんだ」
連夜が龍道の方を見た。純粋に驚いて見開いた瞳を見たのが東雲と晶哉だけだったのは惜しい。夏盛は情報屋としてその瞬間を見逃したことを後に悔しそうに語ることになる。
「この血が流れてるから特別になれるとは思ってないよ。でも、特別じゃない俺でもできることがあるんだ。指輪を『羅沙将敬の孫』が公表することで一人でも多くの人が信じてくれてくれるなら。でも指輪の事を公表するならさ」
龍道が連夜を振り返る。
「この件を解決できるってことと一緒に公表したいんだ。だから隊長、この件、何とかできるんでしょう? 一緒に俺から発表していい? あっ、発表は皇帝陛下からって形になるんだろうけど。俺も一緒に隊長が解決してくれるって言っていい?」
「……お、お?」
龍道がしがみつき連夜が「お」しか言えていない。驚きで言葉を失う連夜を夏盛は無言で記録した。
東雲が龍道を落ち着かせて、何とか連夜と距離を置いた。それでも興奮は収まっていない。
「皆が心の支えにしてるものを否定するんだよ! 皆が安心できるようにしないと出る必要ない!」
「突然オレに話を振るな、振るな! なんでオレが解決できるって……」
「できるだろ! 隊長も悩んでて口に出さないだけ。なー、隊長! 俺も頑張るから、隊長も思い切ってよ!!」
東雲を振り切って、再び連夜にしがみつく龍道。ねーねーと駄々をこね始めて、大人の男は何もできずに見守るしかない。東雲も夏盛も、連夜が解決の為に動くのは願ってもいないことだ。このまま子どもの勢いに負けろ、と心の中で祈る。そういう悪だくみする程度、人の子なのだと許してもらいたい。
「龍道、お前そういう駄々こね覚えたな」
「英霊ってお見本が近くにいるからさー。隊長、悩んでるんでしょ。隊長、今回のこと解決できるんでしょ。俺と一緒にヒーローになろうよ」
「今回のこと解決したら、戻ってくるかもしれないキセトを殺すことになるって言ったら?」
「父さんがみんなから魔力を奪ってるってこと?」
「ああ」
龍道は口を閉じて一秒黙った、と思われたが。息を吸っただけだった。
「なら説得して連れて帰ってきて。隊長なら父さんを説得できるでしょ。ほーら、何の問題もない。待ってるから。隊長も、父さんも、俺待ってる。頑張って羅沙の人を安心させる。だから堂々解決しに行っていいんだよ」
「いや、羅沙の奴ら安心させるためにここにいるんじゃないんだけど」
「そうなの? ならなに迷ってるの?」
「いや、だからキセトを殺すことになるぐらいなら……」
「生きてても遠くにいたら意味ないよ。迎えに行ってきて」
連夜は黙る。一呼吸置いて、最後に一息吐き出す。
「……はー。ほら、精いっぱいお願いしてみろ」
「お願い、隊長。俺の自慢の隊長。父さんを連れて帰って来て」
「わかったわかった。お前、人の前に出るんだろ。東雲さんに手伝ってもらえ。夏盛君はオレと一緒に来い。やるからには連れて帰ってきてやるよ」
「ありがとう、隊長!」
龍道が服の下にしまってあるネックレスを引っ張りだす。東雲、夏盛、連夜が見守る中、出てきたネックレスの先には、青い指輪が鈍く光っていた。東雲はかつての皇帝の指に光るそれを何度も見てきた。夏盛はスケッチでしか見たことのない指輪。かなり年月が経ちくすんでおり、八歳の少年が肌身離さず持っている品にしては違和感がある。
「俺は血の責任を果たす。父さんに甘えたくない子どもの、懸命な独り立ちなんだよこれは」
「それのほうが納得できるな。龍道が独り立ちしてからキセト連れて帰ってきて、あいつに残念がらせようぜ」
「独り立ちしても俺は父さんが大好きだよって伝えといて」
連夜が再び空を見上げる。連夜は何かを面白がっているようだ。
「前にさ、瑠砺花が生まれなんて関係ない、誰も隠れないで堂々生きられる世界がいい。それを作ってくれって言われたの、思い出した。キセトが隠れて魔力奪うのも、龍道が隠れながら生きるのも変だもんな。やってやるよ」
本当に世界を変えそうな連夜になんてことを言うんだと、夏盛と晶哉が渋い顔をする。しかし、少なからず世界が変わることを望んでいた東雲と、連夜に懐いている龍道は笑顔で頷いたのだった。