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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
原因不明の魔力の漏出は漏魔病と名付けられ、人々から恐れられるようになった。発症者も時を経るごとに増え、勢いを緩める様子はない。唯一の救いといえば、連夜の予想に反して死人は出ていないことぐらいだろう。
だがそれも看病をする側からすると苦痛の一つだった。家族や大切な人がただ他苦しむ様を治療法もなく見つめるしかない。自分の無力さに直面したくない人々はあれこれと理由を語り合った。都市伝説を無理やり理由にしたり、宗教を理由にしたり。
羅沙で民から頼られる存在となると皇族や皇帝であるはずなのだが、人々が縋ったのは明津だった。羅沙の民にとって明津が皇族籍を離れていることもどうだっていいのだ。羅沙明津という自分たちが崇めた神でさえあれば。
「救いの神が羅沙明津なら、"敵"は羅沙将敬か。あほらしい」
ギィーリの看病をする静葉の隣、蓮が休む間だけここにいる連夜はぐちぐちとうるさい。静葉たちにも言わないが、今回の原因が何かわかっているらしい。見当違いの方向へ走る羅沙の民や、理由がわからないまま右往左往している明日羅の民に苛立っているようだ。北の森の事情を静葉は知らないが、魔力がない(蓮に言われせればN型)人間が多く、今回の件の被害は少ないらしい。
「って言っても本当に打つ手なしなんだから、精神的な部分だけでも何かに縋るのは仕方がないでしょ。流石に、『羅沙将敬が病に倒れ、その治療の為に魔力を民から奪っている』なんて噂聞いたときは馬鹿じゃないのって思ったけどね」
「歳だけで言ったら生きててもおかしくないんだけどな。退位してから八年しか経ってないんだし」
「その八年の間に皇帝も一度代替わりしてるんだぞ。おれなら口には出さずとも崩御されたんだなーって思うけどな」
一時的に意識を取り戻しているギィーリも、今回の羅沙の民の言動には呆れているようだ。静葉にはよくわからないが、蓮が休憩していて連夜が傍にいるときはギィーリの体調も良くなることが多い。なので、静葉は連夜にギィーリの傍にいて欲しいと思っていた。過去の事件のせいでうやむやになっているが、ギィーリは静葉の義弟なのである。
「ギィーリがそうやって元気だとさ、わたしの感覚も狂いそうになるけどね。でも、やっぱり家族とかが倒れてたら不安を何かにぶつけたいと思うわよ」
「はあ? あんたのそれって不安じゃなくて怒りじゃないの? おれにキレられても困るけど」
「どっちもかしら。でもギィーリには怒ってないの。こう、自分に? みたいな?」
ギィーリの顔にわけわからんと書いてある。そんな顔ですら意識がなく真っ青なまま浅い呼吸を繰り返しているものよりずっといい。
連夜が立ち上がって隣のベッドに腰掛ける。連夜に取ってはそちらが本命だろう。松本瑠砺花が眠っているのだ。瑠砺花も連夜が傍にいるとよく目が覚めるし、気分もよさそうにしている。
「あの銀髪の奴ってさ、皇族様なんだろ?」
「連夜ね。そうよ。しかも明日羅皇族。それを知った時、わたしは違うって叫んじゃったけど。だってイメージと違うじゃなーい」
「確かにイメージと違うけど、イメージよりとっつきやすいよな。硬い言葉話して、難しい話して、慈悲深すぎて気味が悪いような、そんなもんだと思ってた」
「我儘っぷりは想像以上だけど」
二年間、明日羅の皇女、明日羅翡翠と共に過ごした静葉は体験してきた。連夜もそうだが、あの皇女様も遠慮するとかいう心はなく、自分のしたいままにする。意外だったのは何かを命令してくることは少ないということだ。自分勝手にはしているが全て自分で動く。それが部下としては困るところなのだが。
「でもおれだって我儘なところはあるし。火炎と水河のことになったら、それなりに我儘通さないと守れないしな。あの銀髪の奴もそうなんだなって思った。守りたいものがあって、守りたいもののために我儘通してるんだって。おれはあの銀髪の守りたいものに入ってない自信があるから、蔑ろにされても納得できるんだよな」
「守りたいものね……」
「おれよりあの寝てる姉ちゃん、あの姉ちゃんよりさらに守りたいものがあるんだろ。だから黙ってるんだ」
「話してくれないと力になれないのに」
「力になって欲しいなんて思ってないんだろ。おれは火炎と水河のこと、時津様に力になって欲しいとは思わない。だから詳しいことは話さない」
「こんなに人が被害にあってるのに意地になってるっていうの? ギィーリがあの子たちを守ろうとするのと訳が違うわ。苦しんでいる人がいるの!」
「ならそう言えよ。今、必死に眠ってる人の手を握って考え込んでる張本人に。というか聞こえてるだろうけどな」
ギィーリの言うことは静葉もわかっている。それを直接連夜に言えていない時点で、自分の意見のどこかが間違っていることを感じ取っているのだ。
連夜が瑠砺花を蔑ろにしてまで守りたい人とは誰だろうか。連夜が主だと言った羅沙鐫? だが羅沙鐫はすでに亡くなっている。なら妹か。静葉は在駆から少し聞いただけだが、纏う空気すら変わったというではないか。もともと病弱らしいし、その治療に魔力が必要だとか?
「妹かー。沙良もわたしからしてみたら、妹みたいなもんだったんだけどね」
「沙良姉ちゃんも時津様のこと、お姉様って呼んでたな」
「わたしは、妹みたいな子と戦うことになったけど後悔してない。大切だからこそ、止めるときは止めないと」
「ご立派だこと。やっぱり生まれが違うと違うもんなのかもな。あ、でもあの銀髪が一番高貴な生まれなのか。むしろこれこそ生まれなんか関係ないって証拠なのか」
ギィーリはこの部屋の主を思い出そうとした。羅沙皇族の中でも最も高潔だと言われている羅沙明津の息子だという男で、自分たちの理想を打ち砕いた者。ひょろひょろで一対一だったら絶対勝てると思ったはずだ。
(この部屋も、空気がいい。思ってたような皇族ぽい奴じゃないんだろうな。馬鹿みたいなミスしたり、人に良く思われたいと思ってたり、悲しい過去抱えてたりするんだろうな。高貴な生まれでも苦労しないわけでもないし、必ず恵まれてるわけでもない)
病人が増えたので部屋の移動の話はなくなった。ギィーリはその男が使っていたベッドに今も横たわっている。疲れたから眠ると言えば、義姉も黙ってくる人だ。悪い奴じゃないんだ、誰も。
(沙良姉ちゃん。おれたちの復讐を止めた奴も必死に生きてるんだ。おれもそうで、たぶん銀髪もそう。助けてもらった身なんだ。だから、このまま死ぬとしても受け入れようと思う。火炎と水河のことだけ頼んでさ……)
布団を被って、ずっと黙っている銀髪の方を向く。耳がいいと聞いているので、試しに今の気持ちを布団の中に吐き出した。息よりも小さく、届くはずもない声で。静葉にも聞こえていないのだろう、何も反応しない。
「オレはそういう考え方は嫌いだな」
なのにこの銀髪はギィーリを振り返ったのだ。声を拾って、ギィーリの髪を手で梳く。
「大切なもんは自分で守れ。それが生きる理由だっていうなら尚更だろ」
「……あんたは、おれに死んでもらった方が都合がいいんじゃないのかよ」
「さあな」
連夜の腕と胴体の隙間からサイドテーブルが見えた。そこにギィーリが沙良からもらったヘアピンが並べてある。静葉はそれを見て懐かしいとこぼしていた。おそらく、静葉がつけているヘアピンとお揃いなのだろう。沙良と静葉の思い出の品なのだろう。ギィーリはそのヘアピンを自分が持っていることが「生きる理由」だと知っている。
「生きたい。おれ、そのヘアピンを火炎と水河にあげるって決めてるんだ。それを渡してもいいって思うまで育てないと。だから、生きたい」
「おう、それでいい」
乱雑にギィーリを撫でる手が温かい。布団を被っていてよかった。今頭を撫でている手の主にも、ギィーリが涙の粒を瞼で押し出したことはばれていないだろう。目を閉じると温かさが更に強く感じられる。不器用なだけで連夜もいい奴に違いない、と魔力を受け取って眠った。