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005

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 しぶしぶといった様子は隠さなかったものの、連夜は同行してくれることになり、瑠砺花も道案内を引き受けた。瑠砺花はサンクチュアリギルドの隊長の許可を貰い、連夜と晶哉を森へ案内する。キセト(ではなくエモーション)を見た炎の滝へ向かうために。


 「瑠砺花、ストップ」


 「レー君? なに?」


 連夜にとめられたのは、キセトを見たときに空気が熱くなった境目の手前。ここを一歩超えればまた炎で暑くなるのか、と瑠砺花が一蹴躊躇したときだった。


 「この先に進むなって言われなかったか?」


 「んーと、向こうのほうにある大樹以上は進むなって言われたのだけど、ここは別に?」


 むしろ出てみろ、と言われた記憶すらある。

 それを聞いた連夜は、これだから、とばかりに落胆の色を見せた。


 「はー……。この木から向こうも聖域だ。南の森は聖域の形が歪なんだよ。基本は聖域の中心にある湖の中心から円状に広がるんだけどな。魔力の伝達が方向によってばらばらなんだって。そりゃここより先に進んだんなら術士も怒るわ」


 普段は自他認める馬鹿の連夜が、小難しいことをすらすらと話し瑠砺花は戸惑った。えっと、と前置きしてから、連夜の様子を伺いつつ質問してみる。


 「レー君詳しいのだよ?」


 「いや、詳しいというより北の森に住んでると、な。北の森は葵と不知火と聖域が互いに明白な境界線を引いてないから見えない境界には敏感なんだ。とりあえず下がれ下がれ。お邪魔しますって言わないとな」


 お邪魔します程度で入れてくれるのだろうか、と瑠砺花が首を傾げるが、連夜は知らぬふりだ。

 連夜が手を前に出して見えない壁のようなものに掌を当てる。先ほど瑠砺花が立っていた場所の目と鼻の先に透明な壁が現れ、連夜の掌を中心に波打つ。


 「南の森の術士の王……、名前忘れた。えっと、とりあえず王様、三人ほど入りたいんだけど、使いでもよこしてくださいな」


 「ずいぶん適当だな」


 初めて晶哉が口を挟む。不知火で過ごした晶哉のことだから、瑠砺花が知らなかった術士に対する礼儀を知っていたのだろう。知っているからこそ連夜の適当さを許せないのかもしれない。


 「いいんだよ、くるくる。オレ、超ビックな術士の知り合いだし」


 ビック? と今度は晶哉と瑠砺花で首を傾げる。羅沙生まれの瑠砺花には術士という響きすら聞きなれないのに、連夜にはその術士に知り合いまでいるらしい。やっぱりレー君のことでも知らないこと多いな、と瑠砺花は場違いなことを考えた。


 「おっ、きたきた」


 連夜が指差した先に――


 「きゃぁぁぁぁぁぁ、魔物なのだよぉ!?」


 「術士だって。向こうの言ってることわかんないけど、こっちの言ってることは伝わるからな。術士って賢いんだぞ」


 「うわーん、魔物が出るなんて聞いてないのだよぉ!!」


 「だから術士!」


 連夜の影に隠れる瑠砺花と、術士、瑠砺花の言葉で言うなら魔物と対峙している。そこに怖気づくようなそぶりはない。意外なことに晶哉もそうだった。羅沙生まれ羅沙育ちの瑠砺花には理解しがたい光景である。

 魔物は人間以下。人間を問答無用で襲ってくる。捕えて弱らせた魔物を買う変態……愛好家がいるらしい。それが羅沙の教えだ。魔物の中に術士もなにもない。人外はすべて魔物なのである。


 「この三人で入りたいんだけどー? 全員言葉分からないから言葉通じる奴欲しい。オレ以外は名前なし。オレはトウヤって伝えてくれ。峰本でもたぶん伝わる」


 瑠砺花にとって驚くべきことに術士と呼ばれた魔物は頷いた。本当にこちらの言葉を理解している。


 「ねぇ、レー君。もしかして私、すごく失礼だったのだよ?」

 

 意思疎通ができるということ。それは対等であるという考えに瑠砺花の中で直結した。

 対等な相手だと思えば思うで、先ほどの自分の行動の非礼さに気づく。


 「もしかしなくても失礼だぞ」


 「うぅ……、だって怖いのだよ」


 だが、対等な相手だという直感とは別に、相手は魔物であるという瑠砺花の中の常識がそれを邪魔するのだ。魔物に対する恐怖は一朝一夕で築き上げたものではない。瑠砺花の二十五年の歳月がつくりあげたもの。すぐには対応できない。

 瑠砺花のその罪悪感に気づいたのか、連夜も特に言及はしなかった。助け舟は出したが。


 「じゃ、後ろに居ていいから黙ってろ。な?」


 「う、うん」


 瑠砺花の護衛どころか連夜が話を進めているが、晶哉も文句をいう素振りはない。いや、少し質問したいようではあったが、連夜はまだ晶哉を無視しているらしく、切り出せないらしい。


 「コチラニ」


 「きゃぁぁぁ!」


 そんなことばかり見ていた瑠砺花が気づかないうちに「お迎え」が来ていたらしく、困惑した表情の術士が立っていた。見た目は人間に近い、というより人間だった。ただ手先や足先に注目するとおぼろげで霧のようなものに擬態しながら空気中に散っている。


 「あー、瑠砺花ちゃんうるさーい。えっと、名前聞いていい?」


 「れいん。南ノ森ノ術士ノ王、せいん様ノオ付キデス」


 「わかった、レインな。聞いた? オレはトウヤ。もしくは峰本連夜」


 後ろのビビッてるのが瑠砺花で、あほ毛男は石家の晶哉、と三人分の紹介を連夜がすませる。

 レインと名乗った術士は頷き、決して流暢ではないが、しっかりと聞き取れる人語で返した。


 「要件ヲ聞キキタイノデスガ、誰ガオ話シシテクダサルノデスカ?」


 「不知火石家嫡子、篠塚晶哉だ。要件は一つ、エモーションの引き渡しのみ」


 「…アァ、()ヲ」


 ワカリマシタ、と術士レイン。森の奥を指さし、それを三人が確認した後で、その方向に進みだす。


 「ついてこいってさ。行こうぜ」


 「不知火とか葵って、普通にこんなことしてるのだよ? 魔物と会話なんて」


 「術士のほうが強いから、こっちは伺いを立てる立場だってのが基本だしな」


 「ねぇ、レー君より強いのだよ?」


 素直に連夜が自分以外に強いというのは珍しい。珍しいの域を超えている。自分が絶対的強者であると、連夜は思っているはずなのだから。

 それでも、今回ばかりは連夜も素直に認めた。


 「そりゃピンからキリまでいるけどな。上位の術士になればオレより強いよ。今案内してるレインだって、王のお付きだ。オレよりは強いだろうな」


 「そ、そんなに?」


 連夜ですら瑠砺花の想像以上の強さをしている。連夜が少し改造しただけのコードで、瑠砺花では一生手が届かない威力の魔法を作り出せる。

 そんな連夜がそうやって認めてしまうと、術士という存在がまた瑠砺花の想像から離れた気がした。


 「向こうとオレじゃ命の上限が違う。向こうはオレたちでいう心臓の代わりにコアってのがあって、肉体的に死ぬとコアだけの姿になる。それを魔石だーって人間がコレクションしてる訳だ」


 「えっ、魔石って魔物の心臓なの!?」


 瑠砺花は慌てて自分が持っている魔石を確かめる。手にしているその魔石が心臓だと思えば、突然その石を所有していることが悪の塊のように思えてくるのだ。


 「ほとんどはそうだ。純粋に魔力の結晶って時もあるけど。んで、コアだけの姿で数十年かけて魔力を蓄積して、また体を作る。コアが同じである限り前の記憶もあるし知識もそのまんま。コアは数万年って単位で活動し続けるから、それが命の上限」


 おもむろに連夜は瑠砺花の魔石を手にし、近くの草むらに投げ捨てた。

 魔石も安くない。瑠砺花が抗議すると、「術士の心臓から術士の命削って魔法の威力高める必要ないだろ」、と。それでも瑠砺花には必要なものだったと抗議した。


 「魔力が増幅出来ればいいんだろうが。ほら、それやるから」


 そう言って連夜が私のは綺麗な、綺麗としか言いようの無いオレンジ色の石。


 「魔石なのだよ? これ」


 「そう。コアじゃなくて、滅多にない魔力の集合体の魔石。性能はコアよりいいと思うぜ」


 「なんでコアじゃないって言い切れるのだよ?」


 「だってオレの手作りだし。それ、オレの魔力の結晶体」


 「えっ、いいの……」


 というかなんで自分の魔力を結晶にできるのだよ、と呆れる瑠砺花。

 それもそのはずで、瑠砺花たち凡人からすれば魔法を使うだけで精一杯だ。それすら自らの魔力を量増しするための魔石を使用している。それなのに連夜ときたら、コードの補助があって始めて成り立つ、魔法という魔力の制御方法意外で、自分の魔力を自在に操れるということだ。

 

 「う~、やっぱり違うのだよ~」


 「コア持ち歩くよりいいだろ。コアも聖域の中にあればそのうちまた肉体を作れるだろうし」


 連夜の勘違いを含んだ返答に、瑠砺花は返事を飲み込んだ。代わりにありがとうという気持ちをこめて礼を言う。


 「た、大切にする……」


 「なんか濁ってきてひびが入ったら知らせろ。魔力注げば直るはずだし」


 「うん」


 瑠砺花が好きな人からの思いがけないプレゼントに気を緩める中、晶哉がイライラしながらレインの後にぴったりついて歩いていた。一刻でも早くキセトを元に戻したいのに、こんな恋愛ごっこに付き合っている暇はないのに、とぶつぶつ呟いている。


 「ツキマシタ。王宮デス」


 レインが三人を振り返る。開けた場所に大きな湖が広がっている、だけの場所だ。そこに瑠砺花たちが想像するような王宮は無い。


 「ねぇ、レー君、ショー君。王宮ってもしかして湖のことなのだよ?」


 「いいや。北の森では確かに王宮は建物のはずだが?」


 「そうそう。土で出来たようなやつな」


 「じゃ、私に見えないだけなのだよ?」


 「………」


 晶哉の沈黙が、晶哉にも見えていない証拠だ。連夜もレインのほうへ近寄り、訳を聞きだそうとした。


 「少シ、待テクダサイ。王宮ヘノ扉ハ、『王ノ歌』ヲ歌エル者ダケガ開クコトガデキルノデス」


 「あれ? 御付きが歌えないのか?」


 ソノ通リデス、とレイン。しかし、連夜が更に嫌味を重ねようとしたとき、水面の静けさを破る音がした。レインは全く動じず、言葉を続ける。


 「デスカラ()ヲ呼ビマシタ」


 湖から現れた男こそ、三人の目的のエモーションだったのだ。


 「………」


 終始黙ったままのエモーションは、やはり初めて見る人を見る目で、晶哉、連夜と眺め、瑠砺花まで見終わる。そして瑠砺花を無遠慮に指差してレインに何か囁きかけていた、が。


 「ど、どうしよう、レー君! キー君の言葉が何一つ理解出来ないのだよ!」


 「術士の使う言葉だな」


 「馬鹿隊長、あんた、人外の言葉は分からないのか」


 「分からんなー。オレの知り合いの超ビッグな術士は人語ぺらぺらだったし」


 三人がひそひそと話す中、エモーションは無遠慮に三人を睨みつけてくる。その遠慮の無さが、そのむき出しの感情が、三人が知るキセトらしさと重ならない。

 見た目は完全にキセトなのだ。髪の色が違っても、髪形が違っても。空色の髪は男らしく短髪にされていて、前髪も短くて顔を隠していたりしない。それでも、キセト以外とは言えない。キセトと瓜二つである明津でもない、キセトなのだ。


 「エモーションって、外見はキー君なのだよ?」


 「おそらく、この聖域の中だけで生き続けた、もしものキセトなんだろう」


 「でもそれってさ。エモーション自体はともかく、周りの術士さんたちは本物のキー君だって分かってるはずなのだよ?」


 「それがどうかしたのか、松本姉」


 「偽者って分かってて、術士たちは偽者のキー君でもいいってことなのだよ?」


 「それは……」


 晶哉が言葉につまり、連夜が悪いことを思いついたとばかりに笑う。

 そんな三人をエモーションは無視して、大きく息を吸い込んだ。晶哉・連夜がそれに反応し、エモーションを振り返る。エモーションは湖に対して体を開け、舞台の上に居る役者の如く、その歌声を披露した。

 言葉が分からない連夜たちにそれをまねることは出来ないが、美しい声だった。男性らしい低いパートも、男性にはなかなか難しいと思われる高音のパートも入り混じり、くるくると変化していく自然が思わせられる歌だ。


 「……? 地震?」


 「違う。扉が出てくるんだ」


 歌は激しさを孕み、そして違う力がその激しさを押さえ込む。徐々に押さえ込んでいた側が押され、激しさが、声の上で暴れだした頃。湖の中から現れた扉は独りでに開き、連夜たちを迎え入れるかのように全開して止まった。


 「まだ、歌うんだ……」


 扉が開いたというのにエモーションがまだ歌っているのだ。目線だけで三人を見て、早く行けとばかりに顎で扉のほうを示す。


 「つばきハ後カラデモ入レマス。先ニ」


 「じゃ、お言葉に甘えて。瑠砺花、行くぞ」


 「う、うん」


 瑠砺花が振り返ってもまだエモーションは歌っていた。たった一人の舞台を楽しんでいるようだ。


 (なんで、私はエモーションを殺してまでキー君に会いたいんだろう)


 エモーションがそこに立ち、そこで歌ったという事実がある。そこに個人として生きていることを瑠砺花は知ってしまった。


 (なんでなんだろう。キー君じゃないと聞けないことって、なんだろう)


 そこで生きていて、瑠砺花たちを迎え入れるために歌を歌った彼をなぜ殺したいのだろう。

 エモーションを殺してまでキセトを蘇らせる価値があるのだろうか。


 (私はキー君をどうしたいんだろう)


 それは、この時点の瑠砺花には分からないことだった。

 

  

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