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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
朝、髪を梳く。龍道はいつもの時間に出ていった。連夜には何度も念押しして、朝食の間中喋っていた。
連夜の髪は母親に似ている。好き勝手あらゆる方向に跳ねているし、何度引っ張っても重力に逆らって丸まる。瑠砺花に学校ではしないほうがいい、といつものバンダナは取り上げられた。いつもはバンダナが癖毛を抑えてくれていたのだが。髪の色も母親譲りだった。瞳も母親の色を受け継いだ。夕日色と呼ばれる色だ。
髪に手こずっていると瑠砺花が低い位置で纏めてくれた。首がすっきりして気に入った。
「じゃ、行くか」
いつもの真っ赤な上着を着ようとして、「やめてやれ」と晶哉に言われてしまった。仕方がないので赤の上着はあきらめた。北の森に比べれば羅沙は随分温かいので平気だ。
学校に着くまで。それが連夜の難関だ。視線はいい。目立つのは嫌いじゃない。しかしコソコソと噂話をされるのは好まない。聞こえてくる雑音に腹を立ててギルドに帰ってこないように、と蓮に注意されている。されていなかったら帰ったかもしれない。
「峰本さん。時間通りですね」
「悪いな」
「いえいえ、ぼくも誘われていたのでよかったです。今、同じ仕事をしているチームのいとこのご令嬢でしたか、そのあたりから」
「本当に親戚かどうかとか関係ないんだな」
「哀歌茂は全て親族のような扱いですからね」
連夜が帰ってしまわないように、龍道が声をかけておいたらしい。もともとナイトギルドの隊員だった哀歌茂茂も、子どもからすれば自慢する材料でしかないか。哀歌茂商業組合の次期組長と繋がっていればそれは自慢になるか。
「オレさ。こういう学校とかよく知らないんだが、お前は今も学生だろ。なんか思うところとかないの?」
「龍道君がどのように過ごしているか見ればいいんですから、気を張らずに。ぼくなんて見に行く相手のことも知らないので尚更どうすればいいかもわかりませんよ。あと、ぼくは今家庭教師について貰っていて学生じゃありません」
哀歌茂茂は今年で二十歳になった。それと同時にナイトギルドをやめた人間だ。家業であり、世界の哀歌茂と言われる商人になるためだ。既に忙しく走り回っているというし、学校へ行く時間がないのだろう。高校までは通っていたはずだが、それも普通とは言えない生活だったかもしれない。
茂が横についても連夜を見る目は変わりない。むしろ哀歌茂商業の色、緑色の髪をした茂がいることで更に目立つ。
「……髪の色が違うだけでまた目立つな。銀髪も羅沙に来たばっかりはすげえ目立ったけど」
「そうですね……。まあ、他国とはいえ皇族ですからね、その色の意味は。銀髪は敵を示しますし。でも、髪の色で目立つなんてぼくにとっては日常でしたから。緑の髪って、赤い髪より少ないんですよ。地位は赤より下ですけど。希少価値でいれば、ね?」
「高く売れそうってか?」
「売れそうではなく、高く売れるんです。ぼく、外の店で髪を切ったことがないんです。いつも家に専門の人を呼んで、切った後は自分で髪を燃やすんですよ。緑の髪でかつらなんて作られては困りますしね」
「面倒」
連夜はこまめに髪を切るが、その後など気にしたことがない。瑠砺花が集めているとしても「汚いから捨てたほうがいい」としか思わないだろう。そういえば羅沙にやってきて鐫に髪を切れと言われて切った時、鐫はその髪を欲しがった。意味が分からないと思ったが、まさか売るためだったのだろうか。
「峰本さんはどうしているんですか?」
「瑠砺花にやってもらってる。魔法で染めてるからオレの体から離れると元の色に戻ってるはずだけど、気にしたことないな」
「次からはぼくに売ってくださいよ。悪いようにしませんから」
「お前、強かになったな……」
手に入れた髪をどうするっていうんだ。売るのか。それこそ面倒なことになりそうなのだが。
「学校、見えてきましたよ。それじゃ、頑張りましょう」
「おう、お互いにな」
出迎えの先生(茂曰く校長先生。お高くとまっている学校だからこそらしい)が連夜を見て固まった。茂は有名になりましたねと軽口をたたく。どの生徒の保護者かというチェックリストにサインして待機室に案内された。入り口で出迎えていたはずの校長が後ろについてくる。
こちらになりますと震えた声の事務員が扉を開けてくれた。茂が入り、ざわめきが広がった。哀歌茂の分家の人間も何人かいるらしい。続いて連夜が入り、ざわめきが消えた。全員が固まって、ただ連夜を見ている。
茂の隣に座り、周囲が硬直から溶けるのを待って話しかけた。
「実を言うとな、茂くん」
「なんでしょう、峰本連夜さん」
「学校という場所に入るのがなかなかない経験すぎて少し緊張している」
「あっは」
(肩震わせてまで笑う事か)
目の前にひれ伏しそうな校長に飲み物をねだりながら、硬直が溶けた周囲のざわめきを聞く。その音以外の雑音が聞こえない。窓の外で吹く風の音まで聞こえてくるようだ。学校っていうのは静かなところなんだな、と思った。出されたお茶から異様な臭いがしたので茂にそれを知らせておく。手で煽ってその臭いを確認した茂は眉尻を下げて飲まないでおきましょうねと同意した。
やっと教室に案内されることになった。休み時間になるのを待っていたらしい。自慢タイムから入るということか。
オレを見ても子どもたちの反応は薄かった。自分の保護者に夕日色の意味を教えてもらって顔を青ざめていく。子どもにそんな顔色をさせて気持ちいいはずがない。連夜は龍道が納得するならいいのか、と無理に頷いておいた。いつの間にか茂は、茂を呼び出したご令嬢の後ろに控えていた。あれでは茂がお嬢様の執事のようにも見える。そのお嬢様は得意げに父の仕事仲間である次期哀歌茂組合長を紹介していた。
「隊長!」
「おう、龍道。言われた通り元の髪の色で来たぞ」
「うん! ありがとう!」
「で、自慢大会か?」
「いや、いいや。ああいうの、つまらないし」
入り口辺りがざわめく。その服で歩いて来たのだろうかという派手な貴族が立っていた。この場で自分が最も偉いと思っていることを隠しもない表情である。元は美しい女性なのだろうが、その表情のせいで連夜には醜く見えた。
赤い髪の貴族が自分ではない者が注目されていることに気づいた。その視線が周りの視線の先を探して連夜を見つける。夕日色の、安い蛍光灯の光ですら乱反射させて輝く髪の男。赤などとは比べられない「特別」な色だ。
連夜と視線が合う。すぐそばにいる龍道を見つける。一瞬で貴族の敗北がこの場を支配した。
「人の顔見てあんな顔するのは酷くね?」
「隊長って顔もいいって自覚してる?」
「え、オレに惚れたの? おばさんじゃん、あの人」
「惚れてないと思うよ。ただ、顔も色も負けて悔しいんじゃない?」
龍道が学校でうまくしているか心配になる冷たさだ。キセトが手続きしたから、蹴ったら申し訳ないと嫌でこの学校に来ているのだろうか。龍道の声、相手に聞こえていると思うぞ。
「授業は見てるだけ。その後昼休みが一時間。午後はレクリエーション」
「お知らせのプリントちゃんと読んできたぞ」
「えっ、隊長、そういうのちゃんと読んでくれるんだ!? 意外!」
「お前、キセトよりギルドのメンバーに似てきやがったな」
「父さんには顔が似てるから中身は母さんよりで行こうかなって」
「それ明津のおっさんに似てる顔だけどな」
龍道と冗談を交わして、連夜の方も緊張していた肩がほぐれたような気がする。チャイムが鳴って授業が始まった。教室の後ろの壁に沿って保護者は立っていればいいらしい。
生徒は赤い髪が一人、それ以外は紺色の髪だ。龍道は元々黒髪なのだが、羅沙の帝都であるラガジで生活するために紺色に染めている。よくある髪型をしていて、後ろから見ると紛れていた。保護者側は赤の髪が半分、緑の髪が一人、夕日色が一人、その他が紺色と言ったところか。紺色の髪をしていても軍服を着こんできている者、哀歌茂組合のバッジをつけている者など「自慢大会」のネタ持ちばかりのようだ。
「茂くん大人気」
「峰本さんは避けられてますね」
「授業って何見るんだ?」
「普段の様子ということですが、まあ教師と生徒のパフォーマンスなので……。そうですね、楽しめばいいのではないでしょうか。龍道君の様子をキセトさんに伝えると考えれば、漠然と見るよりいいと思います」
「ほーん」
教師と生徒のやり取りと進んでいく授業。算数の授業らしいが、連夜にはよくわからないこともあった。龍道の自慢のネタとして来ているので、小学生の算数がわからないということは言わないほうがいいだろう。うん、黙っておこう。
教師が質問し、生徒たちが挙手し回答権を得ようとする。あてられた生徒は、上品さに気を付けながら立ち上がって正解を答える。誰も間違わないのが気持ち悪い。終わりのチャイムが鳴って、昼休みだと教師が告げた。龍道は一度も挙手しなかった。
「昼食いに出るんだろ」
「茂兄さんは一緒?」
「一緒がいいのか? 先に出ていったけど追いつけるぞ」
「ううん、隊長と二人がいい」
食堂と言える場所もあるらしいが、龍道は外がいいと言い張った。食べ飽きたかららしい。
すぐ近くに食事処はなく、よし、と連夜は龍道を脇に抱える。広い運動場は助走にちょうどいいので、綺麗な三段跳びができた。
「隊長すごい!」
「着地の時はしゃべるなよ、舌噛むからな。あと何食べたい? とりあえず商店街とかがあるほうに跳んでるけど」
「んー、焼き魚の定食」
「渋いな」
少し高めの建物に着地し、地面に飛び降りる。龍道は楽しい空の旅を気に入ったようだが、龍道も跳べると連夜は踏んでいる。純粋な筋力でこんなことできるはずないので、魔力の扱い方か。学校ではそういう事は教えないのだろうか。それなら、仕事でも使えるように晶哉たちに頼んで仕込んでもらうか。仕事でもというなら英霊にだって教えてもいい。
「あー……、焼き麺あるよ。アレ食べよ」
「焼き魚の定食はどうした」
「いいの。隊長は焼き麺の味なにがいい? あー外だな、座れるの。隊長外でもいい? ベンチあるよ」
「味は塩ー。ほら、これで買ってこい」
「はーい」
お金を受け取って龍道は買いに走る。食欲を駆り立てる匂いがし、ガラスの向こうで店員が麺を焼き始める。龍道は待ち遠しそうにそれを眺めている。その隣に並んで焼かれる麺を眺める。店員がおどおどとしているのがなぜかわからないが、それより食べ物だ。うまそう、と思わず言葉が漏れたが、龍道が笑っていたのでよしとする。
「隊長、元の髪の色だと目立つね」
「ん、あ、そうだな。塩……、うまそう」
「あはは、隊長は隊長だね!」
友人とそっくりの顔をした龍道が楽しそうにしているのは、連夜の気持ちもいい。出来立ての麺を持って近くのベンチに腰掛ける。龍道もご機嫌で隣に座った。連夜と同じ塩味の焼き麺を持っている。
食事中は話さないと、そういう教えを連夜は持っている。幼い頃、連夜にそう教えたのは……。
「親父だったかな、確か」
「父さん? 父さんがどうかした?」
「キセトじゃなくて……、いや、キセトでもいいそうだけど。食事中は静かにな」
「なんで?」
「なんでだっけ。なんとなくか?」
「じゃ、なんでか調べとくね」
「おう」
周囲の視線が刺さる。連夜の髪の色で視線を奪い、その次に龍道の顔で足が止まるようだ。見世物じゃないぞ。
だが、大勢の人の視線が集まっていることに、龍道は気づいていないようだ。「相談がある」とまたその言葉で話を切り出す。
「ねえ隊長。俺がいい子でいたら、父さんは喜んでくれる?」
「いい子じゃなくてもキセトなら喜ぶぞ」
「なんでそんなこと言えるんだよ。父さんは俺のこと、どう思ってるのか知ってるのかよ」
「『俺の命一つで、この子が自分の世界を自分の脚で切り開いていける道を歩めるのなら、それは無駄死にではない』あいつはそういった。それにお前が居るってだけで幸せだって言った。お前について最低なこと言ったこともあるけど、愛してたのは事実だと思うぞ」
「……うん、わかった。ありがとう、今日は。午後はいいや! 学校まで送って、あとは帰ってもいいよ」
最後の一口を頬張って、龍道が連夜にしがみつく。連夜も最後の一口を食べてごみを回収してから、龍道を抱きかかえた。行きと同じように跳び、空中でこそっと伝える。
「午後もいてやる。いい子じゃなくても、お前が元気でいるところ見るのは楽しかったからな」
「ほんとっ……。うん、ありがと、隊長!」
午後からの龍道は人が変わったように明るかった。普段からそうらしく、教師が安心したと連夜に告げに来るほどだった。ギルドでも龍道は明るいほうなので何か悩んでいたらしい。連夜も子どもたちの遊びに参加しようとしたが、茂と教師陣に止められてしまった。茂は「手加減を覚えてからにしましょうね」と有無を言わさぬ笑顔だった。