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053 ――事実を知る――

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください


 * * *


 ※注意※

 キャラクターの死亡表現あり


 冷たい水の中に浮かんでいた。今思えば取り戻した記憶はそのような物ばかりに思う。こんなものを知ってあの友は手を握ってくれていたのだろうか。水の流れが俺の思考も流すように、穏やかに流れていく。その流れに身を任せ、暫くすると足が地についた。どこかに立っているらしく。地面を認識したときから水が意識の外へ、そして再び周囲を見た時には足首程に水かさになっていた。

 目の前に男がいた。両腕のない、背中に透明の水晶のような石の羽を生やしている。俺の記憶の中におとぎ話の中に出てきた存在がちらつく。しかし、記憶が混乱していてうまく思い出せない。


 「やあ」


 男が声を発した。その音を聞き取ったら、立ち方を忘れてしまったかのように体が傾ぐ。立っていられない。息をすることすら順序を追って集中しなければできなくなる。浅い水に体をつけて、それでも男を見なければならないと思った。


 「その体、よこせ」


 目の前の男に奪われる。それが怖い。それは嫌だ。俺を使って何かを作り出そうとしている。

 嫌だ、と首を振った。振れていただろうか。


 『君のすべてを許してるから』


 幻聴だとわかっていて、嘘じゃないと思った。優しい、優しい兄のような存在になってくれた人。また俺は誰かに縋ることでしか生き延びられないのだろうか。それでも、そんな害悪でも許してくれるのだろうか。


   * * *


 峰本連夜は早朝に帰っていった。まだ動けなかったあの愚弟も連れて帰ってくれたので何も言うことはない。なんだかんだと面倒見のいい子だな、と玲は思い出して嬉しくなる。あんないい子と友達になるなんてキセトはいい子に育ったんだなと。

 脂汗をぬぐってキセトの体を拭いてやる。この寒い地域では汗一つでも侮れない。治療には体力を回復させることが必要だ。しかし、賢者の一族の体力とは魔力と直結している。魔力の回復というなら世界会議島が一番いいと玲は知っている。


 「だけどねー。世界会議島かー」


 声に出しても難関が待っていることに変わりはないのだけれど。それでも嫌だと思う心は止められない。

 世界会議島への上陸は葵、不知火、羅沙、明日羅のいずれかの王に許可を貰わなければならない。となると、玲が許可を貰うのは不知火の王である頭領不知火イカイになるわけなのだが。


 (あの子にこの状態のキセトと向き合う度量があるだろうか。かといってぼくがキセトの傍を離れて許可を貰いに行くことも避けたい。ぼくは病人を増やしたいわけじゃないんだから、何事もなく平穏に過ごしたいけど)


 とりあえず手紙でも出そうと便せんを引っ張り出す。ただの浮浪者もどきの国民からその国の王に手紙を出すのだ。それなりの形式を整えなければ届きさえしないだろう。軍に知り合いも多いのだからそちらに手紙を届けてもらおうか。

 そんなところに訪問を知らせる音が響いた。実に嫌な予感がする。峰本連夜が忘れ物をしていたと戻ってくるほうがずっとましだと思えるような、そんな客だ。

 治療と銘打って峰本連夜を早く帰したのは正しかった。あの子はよくも悪くも子どもなのだ。大人になるということは社会的な知識の吸収も必要不可欠である。早々に家族という社会から追い出されたところは自分と同じだが、あの子はそのあとに社会という場所に居場所を求めなかった。ぼくは家から追い出されたあと、医者として社会的な立場を求めたのだ。社会の波にもまれることを選んだぼくと、社会から遠ざかることを選んだあの子では、どうしても「大人と子ども」の差が生まれてしまう。


 「鴉様、ご息災でお過ごしでしたか? お元気そうなお姿を拝見できて幸せです。しかし、何用で卑しいわたしのような者をお尋ねになられたのでしょうか」


 玄関を開けて後悔したともさ。ぼくが子どもだったら玄関を閉めて相手を締め出してやったのに。


 「アレを治療していると聞いた。即刻中止せよ」


 断りもなくずかずかと家に入ってきて、いきなり本題だった。おそらく鴉様がこういう限り、不知火イカイに手紙が届いても許可などおりない。

 子どもの純粋さを失わずに育った峰本連夜なら、こんな対応を受ければ友のために怒っただろう。ふざけるなと言っただろう。そのとても美しい友情に誇りを持っているのだろう。

 大人のぼくが感じた怒りは薄かった。そっと、あぁ、そうなんだな、とどこかで納得していた。


 「あの子をキセトと呼ぶことを拒絶されるのであれば、敢えてあの子とだけ言いましょう。お願いです、あの子の治療のために世界会議島への上陸を許可してくださいませんか?」


 ガタンと音がして、ぼくはキセトのいる部屋へ駆け込む。後ろに鴉様がついてきていようが構うものか。この子を救えないのなら、ぼくはこの子を峰本連夜と共に羅沙へ送るべきだった。引き受けたのだから治さなければならない。

 寝相が悪いキセトは上半身をベッドから落としていた。微笑ましい光景なのだが鴉様がいると場が緊張しているように感じる。キセトの体を起こして、ぼくにもたれさせる形で安定させた。ぼくがベッドに座っているのに鴉様に立たせている訳にもいかず、向かい合わせのベッドを勧める。鴉様はキセトを一睨みしてからベッドに座った。

 なぜそこまで許せないのか。この子、キセトは辛そうだ。自重を支えられないようで、ぼくの肩にはそれなりの圧がかかっている。ぜーぜーと荒い息がされるたび、ぼくの肩には湿っぽい熱さが感じられた。


 「おそらくですが、この子は今、結晶となる条件を揃えた唯一の賢者の一族です。『結晶』がそれを見逃すとは思えません。この子が結晶化しない可能性があるとすれば、この子の意志、願望の強さ次第です。この子が人でありたいと思うか、思わないかです。貴方はこの子を否定し、人ではないと仰る。それは結晶化を望んでのことでしょうか」


 相手が本題を切り出してきたのだ。こちらも遠慮することはない。本来賢者の一族は神の力を持っている限り結晶化しない。だが、今のキセトはとても危うい位置にいる。賢者の一族でありながら、その全身を石家の術で繋ぎとめている。ぼくの推測でしかないが、恐らく結晶化させることができるだろう。全身に満ちた石家の術から発芽させれば。


 「この子を結晶にすることをお望みですか、鴉様。世界会議島は結晶の本体があります。結晶の元であればぼくの力もそれなりに増幅されるでしょう。キセトの結晶化を緩める、または完全に治すことが可能です」

 

 「ソレを結晶にすることだけは避けるつもりだ。ここで、ソレを破壊すれば問題などない」


 「この子を殺せと仰るのですか? 鴉様はその命令を二年前に出されました。命令を果たそうとした者たちは弱体化させるためにキセトを分けましたが、それでも殺せなかったではありませんか。結果、分けられたキセトを集めてもとに戻し、それゆえにキセトに結晶化が起きています」


 「……ソレの結晶化を留めたとして、ソレに未来があると思うか」


 「あります。この子のために走り回った子どもたちが居ますから。あの子たちはこの子と一緒に次世代を築いていくのでしょう」


 「そうではない、玲」


 不知火鴉。不知火頭領の地位をイカイに譲り、もう彼の時代は終わりを告げた。それでもなおこの不知火での影響力は計り知れない。長きにわたって王であり続けた人望でもあり、この人自身の才能でもあり、努力でもある。

 それは玲だって認めている。だから、こうやって、王として不知火の子に話しかける面を向けられれば絆されてしまうのだ。話を聞いていなくてはと思ってしまうのだ。それは不知火に生まれたものとしての性と言ってしまっていいだろう。


 「ソレは、人間ではない。人間の未来を守ろうとする賢者の一族たちが築いていく未来に、人間ではないソレの未来が含まれているのかと聞いているのだ」


 「この子は人間です」


 キセトが悩み続けた人間か否かという話題にも、肩の熱源は反応しなかった。お願いだから意志を失わないでくれ。人でありたいとまだ望んでくれ。君は人間なんだから。


 「いいや、違う。玲、もはや私の命も長くない。お前に話しておこう。ソレに伝えるかどうか、お前に託そうではないか。私の愚かな罪の話になる。そして、ソレの存在そのものの話」


 鴉様の赤い瞳が揺れたような気がした。ずっとずっと口を閉ざしてきた不知火鴉が過去を語る。それはキセトが生まれた瞬間に態度を一変させた理由もだろうか。明津さんも雫様も東さんもイカイも知りたいと願い、決して鴉様が口になかったことだろうか。

 話を聞くことを許されたのはどうやら自分だけらしい。肩の熱源がずれ落ちて膝に移動した。苦しそうな顔を見下ろす。頭をなでてやると汗で濡れた髪が流れた。ここまでの苦痛を耐えても人間でありたいと願う子が、人間ではないという根本の話がされる。その話を受け入れられるかどうか、不安だった。


 「始まりと称するならば、やはり、私の人生を語るべきなのだろう」


 そう切り出された。不知火鴉の人生と、キセトの存在そのものの話。

 窓の外で明かりが消え、夜になる。長い長い話だった。

 話し終えた鴉様の顔を見れなかった。何もかも、すべてが崩れ落ちたかのように感じる。膝の熱い何かが怖かった。その恐怖を知らず、それでも感じ取っているのか奥底ではわかっているのか、悩み続けてきたこの子になんといえばいいのだろうか。どう話せばいいのか。

 そしてゆっくりと昔を思い出す。術士たちの世界から人間の世界へやってきたこの子に「人間としての知識」を与えたのが自分であったということを。あぁ、そうだ。羅沙から不知火へ帰ってきたときにも「人間として何をすべきか」を教えたのはぼくだった。

 あぁ、ならば。ぼくが言うべきことはたった一つ。この子をこれ以上苦しませたくなのなら。

 膝の上を占領して汗だくになって結晶化を拒む子の顔に触れる。汗でべとついて気持ち悪い。苦しみに負けるなと言っていた。でも、もうそれも言わないよ。

 鴉様は世界会議島への渡航許可を出してくれたが、ぼくは移動中の事を覚えていない。気づいたら島についていて、『結晶』の前に跪いていた。相変わらずぼくの膝には苦しむこの子がいる。


 「いいんだ、いいんだよ。もう、いいんだ。人なんて殺せ。君は君であればいい。君を押し殺してまで人を生かさなくてもいいんだ。君らしさを損なうぐらいなら、人なんて殺してしまえ。ぼくが、許してあげる」


 ほかの誰が君をののしろうとも、ほかの誰が君を見捨てようとも、ぼくは許してあげる。

 

 ゆっくりと閉じられていた瞳が開かれる。おいで、とつげた。小さな子がするように、その子はぼくにすがりついてくる。そんなことすら、ぼくは君に我慢させていたんだね。そう心で呟いて、ただただ、すがりついてくる子を感じた。

 熱い。背中に回された手に締め付けられて胸が苦しい。肺の中から空気が押し出されて息ができない。無理に吸い込もうとする本能がのどでヒューヒューという音を立てた。もう胸だけじゃない、何もかもが痛い。この子に触れる場所すべてが破壊されている。それでも、ぼくは。


「……ゆる…してっ、るっ…から……」


 君のすべてを、許してるから。

 ぼくが最後にすべきことは、この子を認めてあげること。遠くに感じた。すぐそこにある頭が遠くて、すぐそこにある背が遠くて、ぼくの手が届いたのかどうか、ぼくにはわからなかった。

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