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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください


 将敬は民衆に姿を見せるとき以外は臥せっていた。ベッドに横たわりながらも書類を確認し、国を動かし続けていたのだ。

 キセトは将敬がそうしたいと願ったことを叶えてあげたいと思った。民の前に姿を見せるわけにはいかなかったが、それ以外では人目をはばからずに将敬に寄り添った。その為であれば黒く染めていた髪も元の空色に戻し、服装も不知火の軍服を脱いで羅沙明津が城に残していった服を借りた。

 そうだ、まさに"羅沙明津"が城に戻ってきたように振る舞った。


 「えっと、つまり君は炎なんだね?」


 将敬から仕事を奪い、ベッドに無理やり寝かせ、「お願いですから休んでください」と涙目で詰め寄るというコンボを終えたキセトに東雲は聞いた。"羅沙明津の騎士"である東雲ですらその外見には騙されてしまったのだ。明津が城を出た時よりもキセトは若いし、体も細い。肌の色もキセトのほうが青白い。それでも、間違えてしまったのだ。

 執務室に入ってきた東雲はキセトを見るなり持っていた書類をすべて落としてしまったので、キセトがそれを拾っているうちに榛呀が説明した。


 「わかるわ……。本当、顔は明津様そっくりだものね」


 「少し話をすれば直ぐに違うとはわかりますがね。それに明津様は将敬様にあれほど献身的ではありません」


 「父と母にはキセトと名付けられていたようです。以後名前を呼ぶ機会があればそちらの名前を使ってください。ですが、城にいる間はできることなら明津様と接するように接していただけるとありがたいのです。明津様であれば、将敬様の傍にいても疑問に思われないはずですから。そのお立場を借りたいのです」


 「そうかい。なら明津様の騎士であるわたしが君を明津様として扱えば、驚いていた周囲も納得するだろうし、都合がいいんだね。協力するのはいいのだけれど、いつまで城に居れるんだい? 君が居てくれると陛下がたくさんお休みを取ってくださるから臣下としては長く居てくれると嬉しいんだけどね」


 「できれば俺も長く居たいんですけどね……。そう長くは、居ないと思います」


 東雲の視線が自然に寝室の方へ向く。キセトは申し訳なさそうに縮こまって居る。


 「ハイハーイ、可愛くてステキで高貴かっこ笑いの鐫様が呼ばれたから来てあげたよ!」


 場違いの明るい声の主が扉を蹴り開けて登場したが、ずっこけたのは連夜だけだった。つまり、実際は誰もそれに大きな反応はしなかったということだ。羅沙鐫のこういった言動は反応を期待しているものだと知るのは、連夜とキセト(鐫の騎士だった頃のであって、この記憶に居るキセトではない)だけ。つまり、この記憶の中の鐫は、期待した反応をもらえずに少し恥ずかしい思いをしているわけだ。そんなことも、知っているのは傍観者の連夜だけなのだが。

 榛呀と東雲は次の誤解者の誕生にあえて黙る。自分たちも間違えたのだから、間違える人が増えるとどこか安心する。鐫がキセトを明津と間違える様を観察しようと、最初は黙ってことの成り行きを見守るつもりのようだ。


 「あれ? あれあれ? どうしたの?」


 部屋にいるキセトを見つけて、鐫が一番に駆け寄る。兄が帰ってきた弟の反応、ではなく。


 「炎じゃない! 廃人みたいな目とか顔とかしちゃって。もう、ちゃんと食べてたの? どうせあの人の最期を看取りに来たんだろ? あのクズも本当は駆けつけるべきだと思うんだけど、まああのバカは来ないだろうね。君とは大違い。で、あんなバカでクズの古着なんて、どうして着てるのさ」


 眼の前に居るのが炎だとわかっているようだ。連夜からすれば、「流石、鐫様」で済む話なのだが、榛呀と東雲は納得出来ないらしい。


 「鐫様、炎の訪問を事前にご存知だったのですか?」


 「いやいや。ていうか榛呀さん、知ってたらこんなのんびり来ないでしょ」


 「明津様に間違われるとばかり思っていたものですから……」


 はあ? と遠慮のない声がする。やはり鐫は鐫だ。連夜が知る彼がこの記憶の中にも居る。


 「見た目は、確かに? うーん、うん。うん、百歩譲って似てると言ってもいいけど。態度とかが違うからね。炎は炎でしょ、わかるよ」


 鐫がキセトを撫でる。その手つきは将敬に少し似ていた。


 「バカだな、何を見てきたのさ。それに炎も。反論しろよ、君は"炎"だろ?」


 「えっ? あ、あの、名前。キセトって……」


 「名前があるならなおさらでしょう! "明津"じゃないんだって大声で言わなきゃ!」


 「ご、ごめんなさい」


 戸惑いながらもキセトが謝ったので、鐫は満足したらしい。もう一度だけキセトを撫でて、鐫は寝室の方を見た。瞬きの間に視線は動き、将敬の机の方へ。次は体を回転させて壁側に設置されている本棚へ。全て整理整頓されている。将敬の性格なら整理整頓は当たり前なのだが、机も本棚も、置いてある物自体が減っている。


 「うん。なんで呼ばれたかはわかった。炎、あの人は寝室?」


 「はい」


 「案内して」


 案内も何も、すぐそこに扉がある。その扉が寝室のものだと鐫も知っているはずだ。それでも鐫はキセトの動きを待った。キセトが恐る恐る手を差し出すと毅然とした態度でその手をとる。

 キセトが扉を開けて鐫を中へ導く。

 それはいつもこの寝室に差し込んでいた光のように思う。連夜も、鐫が皇帝だった頃、勝手にこの寝室に入り込んでベッドで眠ったり昼寝をしたりしていた。太陽の光をふんだんに取り込むこの部屋はいつも明るかった。

 だが主が居るというだけで光の意味が変わるとまでは知らなかった。


 「前へ、鐫」


 本来なら寝室ではしないであろう正装。普段から羅沙皇帝は他の者と違う服装をしているが、今将敬が着ている服を連夜は見たことがなかった。鐫の騎士であったはずの連夜が、だ。

 美しい空色を映したマントに国旗と同じ文様。肌が見えているのは顔だけで、首もギリギリまで装飾品で隠されている。水色の魔石が布にも織り込まれていて、この寝室で光を受けてこそ輝けると言いたげな服装だった。おそらく、屋根のない空の下であれば更に美しいのだろう。そしてなにより、普段は大切に仕舞われているのであろう、王冠。

 驚くべきことは羅沙将敬がその服に負けない威厳を示していたことだ。余命二週間を言い渡された老人とは思えない。細かいところを見れば手が震えていたり、顔色が最悪だったりするのだが、それら全てを覆う高潔さがあった。光がそこに神々しさを付け加えている。


 「羅沙鐫。皇位を継ぐ者よ」


 将敬は自らの手でそのマントを脱ぎ、鐫の両肩に掛けた。鐫は跪いてされるがままになっている。将敬の両手が頭から王冠を外す。丁重に、ゆっくりと、震える手で王冠は次の王の頭上へ渡された。

 この瞬間だったのだろう。羅沙の王が、将敬から鐫になったのは。鐫はわざと立会人に羅沙人ではない、不知火人にもなれない、キセトを選んだのだ。


 「羅沙将敬、かつての王よ。僕は今生を王としての勤めに捧げよう」


 王は立ち上がる。この部屋に差し込む光も新たな主に捧げられているように見えた。


 「炎、お父様を支えてあげて」


 「はい」


 その会話が聞こえたのか、将敬の足から力が抜け体が傾く。キセトの行動も早く、将敬の顔が床に叩きつけられることは避けられた。

 鐫が何かを呟いた。鐫の隣に居た連夜にはその内容が聞こえなかった。遠くに居たキセトは聞き取れたらしく、困った顔をして「聞こえなかったことにしますね」と、鐫も「そうして」と力なく笑う。


 「あーあ、苦しそうな顔して寝てるじゃん。その顔したいの、僕だよね、どう考えたって。皇帝のお仕事とか全部押し付けられたんだよ。僕、可哀想過ぎ」


 もうこの寝室は鐫のものなのだが、キセトがベッドに将敬を寝かしても鐫はそのことについて文句を言わなかった。ベッドで眠る父親を眺められる位置を陣取って座り込む。将敬の世話をするキセトを隣に座らせて、キセトの腕に頭をもたれさせながらぼそぼそと語りだした。


 「僕、皇帝じゃないこの人を見たことがなかった。僕が生まれる前からこの人は皇帝だったからね。だから、あと残り少しの時間で僕の知らないこの人を見ることになる。でも、人ってさ、そう単純じゃない。ただでさえ複雑な部類に入るこの人を短い間で知ることなんてできない。僕はこの人の殆どを知らないまま、皇帝である部分だけを思い出にすることになるんだ」


 「――でも君はそうじゃないだろう。キセトと名のる君でも炎と名のる君でも、どっちでもいいんだ、そんなもの。ただ君という対象にこの人は全てを見せていたんじゃないかな? 皇帝とか皇族とか、羅沙とかじゃない、ありのままのこの人を」


 「――だからね、君が君自身を見失うことは避けてほしい。この人を知る人が減ってしまうから。この人の本心を察していた僕。この人から打ち明けられていただろう榛呀さん。何も知らないけれどこの人の味方だった東雲さん。この人の病気を必死に治そうとしてくれた相木先生。そしてこの人が傍に置きたがった君。僕は誰も、欠けてほしくないな」


 「――君という存在が羅沙将敬に影響されているし、逆もまたあること。この人が死んでしまったあと、君が生きていることがこの人の存在の証明に、少しはなるんじゃないかな。そして君がこの人を覚えていてくれたら、きっとこの人は命を失っても存在することができるんだよ」


 「……忘れられません。そんなこと、できません」


 「うん。君はこの人を、思い出のこの人でも大切にしてくれるだろうからね。そして君もまた、大切にすべきものなんだよ。この人が愛した君を」


 「………」


 「誰が何を言おうと、どんなことが起こっても。君に生きていてほしいとこの人なら言うだろうね」


 キセトの手が震えている。亜里沙を絞め殺したのが自分だと思い出し、将敬に触れることが怖いとそう思ってしまったようだ。

 「生きてほしい」という言葉はキセトにとって自分の罪を見つめ直せと言われているも同然。そして今、キセトに殺されるであろう将敬の気持ちを、将敬の息子が代弁している。キセトには責められているように感じられたのだろう。


 「皇帝でも羅沙人でもない、ただの将敬なら、絶対に言うよ」


 「俺は……」


 「なんてね。そもそも皇帝以外のこの人を知らない僕じゃ、そんなの断言できないんだけどさ。僕、このマントと王冠をお披露目してくるよ。榛呀さんと東雲さんしか観客が居ないのが残念だけど」


 じゃあね、と相変わらずの軽口で鐫は寝室から出ていった。鐫の体温が離れ、腕が寒い気がする。


 「俺は亜里沙もお祖父様も失って、それでも生きろと……? それならいっそ、亜里沙やお祖父様と一緒にと思うのはおかしいのでしょうか。ねえ、お祖父様。俺が間違っているのでしょうか」


 龍道さえ信頼できる誰かに預けられればその道を選ぶのに、とキセトは考えている。

 連夜は感謝した。この時のキセトに、その「信頼できる誰か」が居なかったことを。


 

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