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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
瞼の向こうに眩しさを感じて連夜は目覚めた。将敬にもたれかかるようにして眠っていたらしく、また閉じようとする自らの瞼に逆らうため目をこすって光を捉えようとした。
厳しくはない、しかし叱責する意は決して消えていない声がして、連夜の手を掴む。
「目をこすると傷が付く」
どこにでもある理由で連夜を気遣い、連夜を止めたのは将敬だった。
「そんなにこすらなくても大丈夫。また眠りなどしない」
将敬は連夜の手を離すと見るべき場所を示してくれた。その先にも将敬が座っている。しかし、そちらの将敬は複数の大人に囲まれ、笑顔は無い。
会議をしているように見えた。相手は大臣たちなのだろう。大臣たちの顔には皇帝を見下す心が見えた。愚皇帝などと呼んでいた者たちの筆頭なのだろう。羅沙将敬という存在と対峙しておきながら、彼の優秀さを一切理解していない者たち。いや、将敬が気づかせないようにしていたのかもしれない。連夜の視線の先で、彼は楽しそうではないが、嫌悪している様子もなかった。その状況を受け入れているのだろう。
突然、静かだった会議の場に複数人の若者が入り込んできた。若者たちは大臣の部下であるらしく、それぞれの主人にあることを耳打ちで報告している。
一泊遅れて現れた東雲高貴(連夜が知るよりもずっと若い)が入り口で大臣たちに簡易版の羅沙式の挨拶をする。皇帝の前まで進んだ東雲は、皇帝に対してのみ最上級の挨拶を行って、最後に頭を下げると報告を始める許可を待った。将敬がテーブルを指で叩き、それを許可とする。
顔を上げた東雲高貴は無表情を保とうと努めている。声は震えていた。
「羅沙中央研究所が原因・正体共に不明の魔法によって全域の六割を失いました。消滅区域には保管庫が含まれており研究内容の九割、研究員などの二割が消滅。現場より二名の実験動物を保護いたしました」
「そうか」
皇帝は動揺の素振りを見せない。東雲の報告は軍の正規報告だ。その被害の甚大さに大臣たちは慄いてしまっており、自分の部下を信じられないと睨むしかできない。
だが将敬がもう一度テーブルを指で叩くと、全員が将敬を見た。皇帝に期待した。常日頃は見下している、愚かとまで呼ぶ相手に頼るのだ。その矛盾に気づいている大臣はいない。
「実験動物を『二名』とした理由を言え。我が国では人体実験は多くの項目で禁止されている。羅沙中央研究所は最先端の研究施設。もし我が国の最高峰で法を犯した研究が行われていたのであれば、実験体は研究機関の管轄ではなく、皇帝管轄内の施設で管理する」
法で定められたことだ、と冷めた声で将敬が告げる。将敬が作った法だ。しかし、昔に作られた法。まるで今回のことを見透かしたかのような一文が入っているのかどうか、暗記している者もここには居ないので、全員黙るしかない。発言を求められているのは東雲だけだ。
「実験動物は奴隷が使われていたようです。法律上、奴隷は人ではない生物、又は道具ですからその点においての法律違反はなかったという方向で調査しています。しかし研究機関も今回の消滅事件で麻痺している機能が多く、保護は軍の方で行っております」
「『奴隷及び奴隷属に部類される生物の権限について』の項目に置いて、生物としての価値又はその生命を危険に脅かす場合、人と同等の法律を適応すると記されている。立派な法律違反だ。保護した実験動物を城へ運んでおくように」
「はっ、はい!」
東雲の敬礼を合図に、騎士:上田榛唖が会議の終了を告げる。会議室を足早と立ち去った将敬を追って東雲が叫んだ。
「陛下!」
将敬が振り返ってもその続きを発しようとはしない。すぐ傍に居る榛唖にすら聞こえないのではないかという距離まで詰めてから、東雲は正式な報告では言えないことを告げた。
「実験動物として保護された奴隷のうち、一名は『羅沙明津』そのものでした。髪の色も、顔も…明津の騎士では違いを見つけれない程に明津様の幼少期のお姿そのままです。別人とした理由は首の怪我が無かったからです」
明津が幼い頃、羅沙城へ侵入した愚か者共がいた。もちろん若き羅沙将敬もいる羅沙城だ。対処は迅速に行われた。しかし、迅速過ぎたのかもしれない、と将敬は振り返っている。自分たちの失敗を認められなかったのだろう。将敬に届かなかった刃は明津を傷つけた。明津の首には当事の傷跡が残っている。
が、東雲高貴では見た目で判断できない「明津の幼少期の姿」をとる何者かにその傷はない。成りすまそうとして調べ不足だったのか、全く違う何かということになる。
「意識は?」
「一度も戻っていません。あと、今回の消滅の原因として、羅沙の皇族の力を探知したという研究者が居ます」
東雲の言いたい事を察した将敬は、まさかという呟きを飲み込む。
可能性ならある。自分が信じられるか信じられないか、など重要なことではない。それは判断を鈍らせる感情であると、将敬は自らの内に芽生えた疑いを切り捨てた。
「その研究者に口止めを。実験動物の外見がわからぬようにして運べ。城内に入ったら一番に私の元に」
「陛下のお心のままに」
将敬は明津が羅沙を去った理由を正確に把握していた。恋愛感情と呼ばれる物とその相手の社会的立場を鑑みた明津は、自らの社会的立場を捨てることでその恋を成し遂げたつもりなのだろう。そして自分の息子が捨てた物を未練がましく拾うようなまねをしないことも、将敬はわかっているつもりだ。
ただ羅沙の皇族の力が探知されたというのならその場にいた人物は限られる。将敬か、鐫、また鐫の子どもたち。そして明津の血統者だ。恋だと言って巣を旅立った息子が、その恋の結晶をこんなところに放置しているとは思いたくないだけで、その可能性が一番高い。なにせ鐫も、鐫の子どもたちも城内に居たであろうことはすぐに証明できることだからだ。
将敬が自らの騎士を振り返る。視線だけのやり取りをしたのち、確認するように皇帝は騎士の名を呼ぶのだ。
「榛唖」
「陛下のお心のままに」
皇帝が浅く頷き、騎士と共に廊下を歩き去ってゆく。東雲は礼をしながらその背をただ黙って見送っただけだった。
連夜は羅沙将敬という人物について何も知らないに等しい。王様として優秀だったとか、人として最低だったとか、彼を表す言葉は目の前の彼にふさわしくないようだった。いや、正しくは連夜の隣で、膝の上に炎を、片腕の中に連夜をすっぽり納めて柔らかく微笑む彼には、だ。記憶の中にいる羅沙将敬は情報が示す通りの人物に見える。
連夜の肩に置かれた手が温かい。記憶の中だけの偽りの温もりとはわかっているが、それに甘えたくなる気持ちも芽生え始めている。
「キセトは毒病に罹ってたはずなんだけど?」
記憶の中と連夜を撫でる彼と、全く違い過ぎる。羅沙将敬という人柄を探るための質問に、すぐ傍にいる彼が短く答えた。
「そうだな」
連夜は不機嫌そうに聞いたはずだった。認めたくないとばかりに将敬を睨みつけていたはずだ。
しかし、将敬は連夜の髪を優しく撫でて大丈夫とその言葉を繰り返す。ナイトギルド隊員たちですら不機嫌な連夜には関わってこないといのに、彼は拗ねる子どもをあやすように連夜を撫でる。
「炎の痛みは私が引き受けたから、ほら、大丈夫。君のお友達を苦しませたりなんてしてないよ。大丈夫」
柔らかい声に優しい手。
もしこんな物をキセトが知っていたのなら。キセトがこの人と一緒に居た時間を至宝としていたのなら。
「……よかった」
キセトは人間から向けられる愛を知っていたということだ。連夜が羨ましいほどの温もりを手に入れていた。術士たちだけではない、人間の温かさを知っていた。
羅沙将敬が不知火亜里沙よりもキセトにとって重要だったのだろうという連夜の勘。将敬の温かい手がそれを間違っていなかったと告げている。連夜はもう一度よかったと呟いた。この過去を持つキセトならきっと大丈夫。「足りない」などありえない、と。
むしろちょっと分けてもらってもいいよな、と連夜は将敬にもたれかかる。そこはとても温かかった。記憶の中の炎が未だ眠るのも理解できる。ゆったり制限無しにこの温もりの中で眠っていたいと願ってしまう優しさだった。