042
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
家に招き入れられた後、連夜は何も言い出せなかった。
話を聞くつもりでこの家に来たのだし、この家に明津と雫が居ることだって分かっていた。夜になればこの家に龍道が帰ってきていることだって連夜は知っていたはずなのだ。
すべて分かったうえでここに来たのに、何も言い出せない。それは、玄関の扉を開けたと同時に連夜が前のめりになって現状を話してしまったせいだ。心のどこかで協力してくれて当然だと思っていた。瑠砺花に対してこの夫妻が告げたことを、連夜は知らされていなかった。
この夫婦がキセトの蘇りに反対しているという事実を連夜は知らなかったのだ。
「あと一歩までできてしまったのか。積極的に止めるべきだったのか」
明津が誰にでもなく漏らしたこの言葉で、連夜の話をしようなどという思いは消えてしまったのである。この夫婦はキセトの蘇りに対し、自分以上に反対していると連夜にも分かるほど冷めた声色をしていた。
「で、いつまで黙ってるつもりだ? 現状として、キセトの最後の記憶を集めに羅沙に来たんだろう」
「その途中で、私か、または明津かの力が必要になったのでしょう?」
いや、東雲高貴でも構わないのだと、心の内だけで反論した。一切口には出さない。手汗が握る資料に吸われていく感覚がする。
連夜の目の前の夫妻は、親ではないのだと、それが連夜の判断である。奇しくもそれは連夜の両親の姿と重なる。あの人たちは想い人同士としては一級品である。社会的な立場のために口では互いを罵ることもある連夜の両親は、心の奥底で繋がっている。互いに理解している。思い込みなどではなく、葵と明日羅間で戦争に至っていないのがその証明だ。連夜がどちらの子息かという件でも、互いの主張がされるだけで争いには至っていない。
素敵な愛だろうか。他の者からすれば素晴らしい恋人かもしれない。
(なら恋人のままで居ればよかったのに)
自分たちの関係を強固にするためだけに子供を産んだのだ。連夜にはそうとしか思えない。
社会的立場が二人を引き裂くなら、そんなものでは引き裂けない関係にしよう。そのために子供をつくろう。そうして生まれた連夜は、結局のところ母が幼少の頃にどこかへ行ってしまい、父には持て余されていた。
明津と雫もそうなのだ。少なくとも、連夜にとってはそういう人たちなのだ。
家族という絆を強くするためだけの存在。だから二人の関係が安定した現在はそう躍起になって求めなくてもいいのだ。この人たちは、社会というものと息子を天秤にかけて社会を取る、自分たちの世界を取る人たち。
「ど、どうしたっ!?」
焦った明津の声。キセトの声と似ていると誰が言ったのか。全く似てなどいない。
(キセトは、自分ってものを見出せなくて苦しくても、誰かを道具みたいに利用したりなんかしなかった。あの分かりにくい動揺の声が心配するのは、相手を認めてるからだ)
心配するふりをして利用している。心配しているのも嘘ではないのかもしれないが、結局は子供を道具にしている。
連夜が両親に対して「認めるわけにはいかない」と現在思うのは、昔、自分が両親に対して悔しい思いをしていたことを忘れられないからなのかもしれない。今も、あの連夜が悔しすぎて目の端から涙を零すほどだった。
連夜なんかよりよっぽどキセトを助けたいと、キセトと共に時間を過ごしたいと願うべき夫妻は、誰よりも強くキセトの蘇りを拒否している。どうせ恐ろしいのだろう。蘇ったキセトに、安定している現在の家族の形を壊されるのが。息子を含まずとも成立した家族の形があるから、息子はもう邪魔者でしかないのだ。
「あんたらに話を聞かなきゃいけないと思ったオレが間違ってた」
頬を伝う涙をも気にしていられない。
連夜の両親も、連夜を愛していると言う。
キセトの両親も、キセトを愛していると言う。
しかし、愛しい妹のために持てる才能を放棄した連夜にその愛は薄っぺらい。
しかし、愛しい女性のために死すら超越したキセトを知る連夜にその愛は薄っぺらい。
せっかく招き入れて貰ったが何も言わずでリビングを出る。廊下には盗み聞きしようとしていた龍道にぶつかった。キセトはこの子をどうしたいのだろう。キセトにとってはこの子も道具に過ぎないのだろうか。
龍道にはしっかり謝って連夜が嫌悪する生き物が住み着く巣を速足で立ち去った。両親にすら自らを見て貰えていなかったと知ったら、キセトは悲しむだろうか。キセトがそんな父親になったら龍道も連夜のような悔しい思いをするのだろうか。
空を見上げる。もう真っ暗で月すら出ていない。一夜ぐらい明津と会話すれば過ぎるだろうと連夜は考えていたのだが、当てが外れてしまった。ゆったりとした歩みでギルドに向かう。悔しい。あんな道具扱いしてるやつらの手のひらの上で必死に生きていたキセトを想うと悔しい。連夜の友達をそんな扱いされていたのが、悔しい。
風がやけに冷たいと思えば、まだ涙が零れていたらしい。足早に進んで、すでに閉まっている門をよじ登ってギルド街に入る。もう六年も過ごしたナイトギルド本部を前にして足が自然と止まった。
そうだ、初めてあるがままのオレを受け入れてくれた妹が好きになった。あの時、母親もおらず、父親には見捨てられていた何かが初めて存在しているのだと思った。一人では自分自身ですら見えないものだ。連夜は妹を見つけたときに自分も見つけた。
そしてキセトに出会って、自分とは違う自分に似た者と出会って、また自分が深く見えた気がした。
鐫に出会って、連夜のやることなすこと全て受け入れてくれる彼に甘え、自分というものをやっと手で触れるほどに形が整ってきた。
ナイトギルドで、連夜は誰かを認める側になった。自分の形を見失った者たちを受け入れる側になった。そちら側に立って、ただただ受け入れればいいわけではない複雑さも知った。
妹とキセトと鐫。連夜にとっての欠かせない出会い。
このナイトギルドは、誰かの欠かせない出会いになれたのだろうか。
キセトはナイトギルドに来るまでにどのような出会いを重ねてきたのだろうか。
亜里沙はキセトの望みを叶えたかもしれないが、キセトのありのままを受け入れたかと言われれば足りないように思う。キセトの全てを愛しては居るが、そこにあるものだけだ。キセトがそこにあるかどうか、存在しているかどうかもわからないキセトの一部は、亜里沙も見過ごしているように思う。見えない何かまでひっくるめてキセトを受け入れていたのだろうか。
二年経っても枯れていないキセトが育てていた花が咲く中庭を横目に廊下を進む。食堂に入って魔力による灯りを付ける。英霊も今は北の森だ。昔は英霊の場所だった、今は連夜が占領することの多い畳のスペースに瑠砺花が横たわっていた。隣に連夜が座っても目覚める様子はない。伸ばされたハネっ気のある髪を撫で、横に寝転がる。
目覚めたらでいい。焦ってもいいことなんてない。キセトを救うのも大切な事だが、連夜は連夜であり続けることも大切だ。連夜が認めることで自分を保つ者もここには居る。
「おはようレー君」
次に目を覚ますと明るい光が眩しいぐらいで、隣に居たはずの瑠砺花は家庭的な姿をして連夜を揺すり起こしてきている。連夜が散らかした書類も纏められてた。
「……えっと」
「おはよう、レー君」
挨拶は大事だよ、といつか連夜がキセトに言ったことを言ってくるのだ。連夜も渋々、おはよう、と返す。瑠砺花は満足したのか連夜から遠ざかっていく。だが聞かずには居られないらしく、声が飛んできた。
「で、どうしてレー君だけで帰ってきたの? 最低でもえーれー君は一緒に居るはずなのだよ」
「まだ途中……」
「途中なのに寝てちゃダメなのだよ!」
何やってるのだよ! と分かりやすく怒った。キセトほどではないが他人の感情に疎い連夜にとって、瑠砺花の分かりやすさは助かる。あー怒ってるなーと思いつつ、自分が羅沙に一人だけで戻って来た本題を瑠砺花にも訪ねてみた。明津という連夜が期待していた隊長で肩透かしを喰らって自棄になっていたのである。
「瑠砺花は羅沙将敬について、なんか知ってるか?」
「必要な事なのだよ?」
「キセトのことで」
「なら亜里沙さんを訪ねた方がいいのだよ」
連夜が目を見張った。それを面白そうに瑠砺花が見ている。
瑠砺花が話したことを纏めるとこうだ。昨日、亜里沙が目覚めたらしい。それを知らされた瑠砺花は連夜に知らせようと思ったものの、ギルドの前を速足で通り過ぎる連夜を目撃しそれを諦めた。連夜がギルドに帰ってくるのを待っているうちに眠ってしまったようだ。
「亜里沙さんは昨日のうちに龍道君を呼んだんだけど、明津様が駄目だって言えて会えてないんだってー。明津様たちは今回のキー君のこと、詳細が分かったうえで反対みたいなのだよー」
それはできれば昨日までに聞きたかった、と連夜が返すと、何かあったのだよ? と瑠砺花が微笑む。またにっこりと笑って、連夜の頬を軽くつついた。
「顔は洗ってから行くべきなのだよ。羅沙中央病院に亜里沙さんは居るのだし」
「……おう」
「あー、あとね、将敬様のこと? 要らない情報なのかもしれないのだけれど」
瑠砺花は机に肘をついて、連夜を見つめて、知って欲しいから、と言葉を続けた。
「人間はどうだか知らないのだけど、奴隷の私たちにとって、正義の味方そのものだったのだよ。奴隷法は奴隷を人間じゃないって定義付けた法律でもあったのだけれど、同時に奴隷は奴隷の権限があるって認めてくれたのだもん。あの王様は民を嫌ってたとか、民を虐げてたとか色々噂はあったのだけれど、違うのだよ。優しい人なのだよ。話すどころか会ったことも顔を見たこともないのだけど、知ってる。凄くこの国を想っていて、この国に住む人たちを考えていた人なのだよ」
「皇帝の情報は決められたことしか言えないんじゃないのか」
連夜が書類に目をやりながら聞くが、瑠砺花が笑みを深くするだけ。彼女もまた、出会いを重ねて変わったのかもしれない。連夜が思いもしなかった言葉を返した。
「人間の法律は奴隷の私には関係ないのだもーん」
「お前はもう奴隷じゃないだろ?」
「んー、都合のいい時は奴隷で、都合の悪い時は人間でいこうかなーって。だって、レー君。それは危ないやり方かもしれないけど、生きていくのが楽しくなるよ」
瑠砺花は肘をついたまま、もう一度連夜の頬をつついた。あんまり悩むことないよ、とまで言う。
「待ってるのだよ。レー君がやりたいことやって、はー疲れた、なんて言って帰ってくるの。待ってるのだからね」
だからいってらっしゃい。早く帰ってきてね。
ほとんど追い出されるような形で追い出され、戸惑う手にメモを押し付けられた。じゃ、と鼻先で扉が閉められる。昨日とは違う意味で泣きそうになりながら、連夜はメモに書かれた病院に向かった。
その道中で、昼に差し掛かろうとすような時間には出会うはずのない姿を見つけた。周りを窺うようにしていて目立っている。連夜はその理由を知っていたので、後ろから声をかけた。
「龍道ー!」
「うっ、あ、たいちょー……」
今にも逃げ出しそうな龍道の肩を抱きかかえるようにして、止まることなく進む。龍道は連夜を見上げてこない。父親と違って表情に出やすいタイプなのだ。大方学校をさぼっているんだろう。龍道は父親譲りのその才能を存分に活かして優等生をしているらしいので、罪悪感で一杯になっているようだ。
「会うなって言われてるんじゃないのか」
「……やっぱり知ってるし」
「そりゃ大人だからな。情報が広まるのは早いんだ」
「母さんが生きてるなら会いたい。父さんも実は生きてたり、って思う」
なるほど。「母親に会うな」など、明津と雫が言い出したのは龍道がこの意見をあの二人の前でも漏らしてしまったせいだろう。母親である亜里沙も、あの二人からすれば蘇った人間で存在すべきではない者かもしれない。しかし、龍道にとって母親として守り続けてくれた存在でもあり、一番身近で愛し続けてくれた存在だ。会うな、など。生き別れとなった息子を探し続けて旅をしていた夫妻の言うことではないのだ。
だが、死んだとだけ告げられていた龍道にとって、母親が生きていたのなら父親も、と願うのも当然。そして、現状、その可能性がある。キセトも蘇る可能性がある。あの夫妻はそれを拒否している手前、龍道にその希望を抱かせたくなかったはずだ。キセトも、亜里沙も、生きていないと諦めさせるのが龍道のためだと思ったのかもしれない。
「龍、お前何歳だっけ」
「えっ、八歳だけど」
「よし、自分で判断しろ。オレは亜里沙さんが居る病院知ってるから、そこに行くまでに今の状態を全部話してやる。お前の両親の話で、お前の血筋の話だからな」
連夜は龍道の肩を開放して牛歩に切り替えた。長い話だ。それに龍道が理解することが大切なのだ。時間はいくらあっても足りないぐらいである。
連夜が亜里沙の居る病院を知っていると言ったからか、両親の話に興味があったからか、龍道は連夜の後をついてくる。連夜は亜里沙とキセトの出会いを簡単に告げ、龍道が生まれる前にキセトが放った最低の言葉も告げた。亜里沙の子でなければ要らないと言ったキセトの姿について一言で語りきってしまった。それでも愛した女性とその間に生まれた子のために、人生で初めて恨んだ相手の下で道具になろうとしたことも語った。羅沙に来てから、連夜にすら息子の存在を告げていなかったこと。だが小まめに亜里沙には会いに行っていただろうこと。その際には、連夜の知らないところで龍道にだって会っていただろうこと。龍道について、語った二年前のキセトの表情が連夜も知らないほど穏やかだったこと。
そして、龍道のための時間稼ぎに自分の命を費やしていいと言っていたこと。戦争を止めるために龍道の前から姿を消したこと。その後に殺されかけたが、死にきれずに現状に至っていること。連夜や晶哉がキセトの蘇りのために動いていること。明津と雫はそれに反対していること。
語りきった連夜は龍道の返事を待った。明確な言葉にならずともいいから、曖昧な態度でもいいから、龍道の感想が聞きたかった。
「俺、父さんにまた会いたい」
龍道の意見は単純で明快だった。それこそ、連夜が明津たちに言って欲しい言葉である。
「一度死んで蘇ったらそんなの普通じゃないぞ?」
「普通じゃなくてもいいから一緒に居たい」
すぐにそれがいい返せる純粋さを、連夜も持ち合わせていると思っていた。キセトが嫌がろうが、人間ではないと示されたことに絶望しようが、連夜が望むことを連夜はするだけだ、と。
「キセトが嫌がったら?」
「父さんが俺の前に立って、俺に直接そう言ったら考える」
「たくっ……」
子どもはいいなと連夜が漏らすと、龍道は不思議そうに連夜を見上げた。じっと連夜を見つめて、納得したように視線を前に戻す。どうした、と連夜が訪ねる破目になった。
「ううん。たいちょーがどっちか分からなかっただけ。でも何にも言わないってことはたいちょーが自分の意見をはっきりさせたくない時だから、聞くべきじゃないと思って」
連夜がどっちか。キセトを蘇らせたいのか蘇らせたくないのか。そこにキセトが望んでいる望んでいないを切り離して考えていなかった。
そうだな、と一拍おいて、連夜は答えた。キセトは望まないだろうが。友達として間違っているかもしれないが。
「オレももう一回キセトと話がしたいかな」
その結果、死ねと言うことになるかもしれない辺り、龍道と同じという訳にはいかないけれど。
キセトの過去を知った課程で、キセトに言いたいことが山のようにできた。エモーションには告げたもののキセトにはまだ言えていない。最初から正してもらえていなかったキセトに、最初から間違ってたんだと。サードが手を取ってくれなかったのだと嘆くキセトに、今はそうじゃないだろと。苦痛を一人で耐えていたキセトに、助けてほしいと言うべきだったと。
連夜は言った気持ちになっていただけだ。何一つ、伝えていない。
「色々、話すことできたし」
長い話も終わって病院についた。龍道にメモを渡して先に行けと指示する。龍道は父親と同じぐらい会いたい母親の許に駆け出し、連夜を一度も振り返らなかった。