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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 地面を歩く感覚がわからない。それが北の森の雪深さのせいか、エモーションたちとのあの経験のせいなのか、連夜にはわからない。急げと言われたから急いで羅沙大栄帝国帝都ラガジへ戻った。空が憎いほどに蒼い。連夜に太陽が空色を叩きつけてくる。


 「……羅沙将敬(まさのり)


 連夜は空を見上げ、しまった、と呟いた。いくら急いで帰ってきたとしても、連夜はその男のことをこれっぽっちも知らない。自分が羅沙に興味を持つ前に死んでしまった男のことだ。羅沙の位置すら把握していなかった連夜が知る訳もない。

 羅沙将敬と出会うということは羅沙城にエモーションは居るのだろうか。それとも、全く違うどこかで出会ったのだろうか。それすらも予想できない。


 「こんなときこそ、まずは情報屋だろ」


 すでに六年を過ごして見慣れた街。白い雪で覆われた故郷とは違う華やかな街を歩く。迷いなく、まっすぐ、友人の元に。

 ギルド街の門を通り過ぎて、ナイトギルド本部も通り過ぎる。情報屋ギルドの中でも一流のここ(••)にしか連夜のつてはない。受付の人間も連夜を見るとすぐに彼女を呼びに行ってくれる。係の者が席に案内しようとしたものの、連夜は入り口で構わないと断っておいた。奥に行けば、他の客も居る。話を聞かれたくなかった。

 呼ばれてやって来た彼女は、不思議そうに入り口まで来ると、連夜を見て納得したように小さく頷いて見せた。


 「なんだ、連夜か……。どうした、何かあったのか? そうそう、出間から南の森の焔火君の偽物の件は聞いたぞ」


 (出間って、サンクチュアリの隊長か)


 彼は瑠砺花と同時に南の森で椿(エモーション)を目撃している。瑠砺花が連夜に黙って詳細を話したとは思えない。問題ない、関わるなという釘は刺したかもしれないが。


 「それは大分前に解決したというか、単発的には終わった。全体としてはまだ解決してないけど」


 「お前、本当に連夜か? 知恵熱出さないうちに休めよ」


 どういうことだよ、と連夜は彼女を睨む。連夜の友人にして情報屋改め代表ギルド代表フィーバーギルドの隊長、夏樹冷夏。彼女はとりあえず入れ、とフィーバーギルド本部内に連夜を招き入れた。普段使われるオープンスペースではなく彼女の個人的な空間に案内され、気を遣われたのだと分かる。そこまで今の自分が弱って見えるのか、連夜にはわからない。

 自分は絶対の強者であるというプライドのある連夜は、案内された先にある席に座りにくいと感じた。弱ってるからと気を遣われて案内されたことに甘えて座っていいのだろうか、と。


 「どうした? 大丈夫か?」


 入り口近くで立ち止まっている連夜を夏樹が気遣う。連夜がプライドの高い男だということも理解していて、そんな声掛けすら扉を閉めてからしてくれる細かさだ。ここは夏樹の顔を立てるつもりで甘えておくべきなのだろう。

 何事もなかったように連夜は席に座った。


 「俺はな。キセトに関係あることなんだが、その、羅沙将敬について知りたい」


 キセトと言っただけで夏樹が顔をしかめたので、突然連夜の声が弱気になる。滅多にない連夜の反応に夏樹が詳しい事情を訊くこともなかった。仕事の依頼か、と単調な声で確認する。夏樹にとって連夜は友人でもあり仕事仲間でもある。そして常連客でもある。個人的に心配しているが、連夜が話し出す日を友人として待っているし、頼まれたことは情報屋として最善の仕事で返す。それを示した声だった。


 「そう、仕事」


 「前帝……。基本情報からか? それとも、あの御方に向けられた声か?」


 「基本から、頼む」


 「分かった」


 連夜を置いて夏樹が席を立つ。戻ってきた夏樹の手には分厚いファイルがあった。しばらく触れられていないように見えるほど古めかしいがもう本と言ってもいいほど丁重に綴じられている。それに題はつけられておらず、その代わりにとばかりに表紙が示していた。空色の表紙が、羅沙皇族関係の書類である、と言っている。


 「歴代の皇帝陛下の情報は、その全てが明文化される決まりなんだ。そしてそれらは全て羅沙城で検閲される。つまり、皇帝陛下の許しを得たものだけがこの世に広まることになる。情報屋ですら互いに情報の共有は許されない。『噂』ですら同じような規制がある」


 「まさか読めとか言わないよな、そんな分厚いの。時間もないんだけど」


 オレは小さい文字読めないんだ、と恥ずかしげもなく言う連夜に夏樹は黙って首を振った。


 「基本的な事を伝えたら連夜の質問に答える形にしようと思っている。これは資料ということだよ。情報屋としてここに書かれていないことは正式な仕事では扱えないんだ。決まりなんだよ、そういうな」


 「ふーん」


 「ちなみに、この情報規制法を発布したのも将敬様だった」


 「皇帝が法律つくるんだっけ、羅沙は」


 「老議院、今は大臣たちという言い方しかしないんだが、ともかく彼らと皇帝で作るものだ。そのほとんどは大臣たちが提案し、皇帝が承認し、老議院で発行・発布という流れだな。将敬様は議員たちに事前通知するだけで、ご自身が発行・発布することが多いお方ではあったが」


 へー、と連夜。法律に興味などない。しかし自分が質問しているのだ。興味ないという言葉だけは飲み込んでおく。


 「第二百五十三代目羅沙大栄帝国皇帝。S.C.4660,12,7ご誕生。十二歳にて皇位継承。上田榛呀(はるあ)氏を正式な騎士に指名。外国人を皇帝の騎士に指名したのは彼が初めてだな。あとは、最も民に嫌われた皇帝でもある。貴族に対する教科書には堂々と愚皇帝などとも書かれていたり、奴隷法制定から奴隷王と呼ばれていたり……、まぁいい噂は少ないお方だよ」


 「そこに無い情報は言えないんじゃないのかよ」


 「書いてあるんだ。皇帝の検閲を受けた資料に、皇帝の悪口が」


 おかしいだろう、と夏樹は力なくこぼす。そのおかしさに気づかない周囲を蔑んでいるのか、自分も気づいていなかった過去を呆れているのか。連夜にはよく分からないことだらけだ。


 「将敬様がご存命だった頃、誰もこれがおかしいと気づかなかった。今ですらほとんどの者が気づいていない。明津様を称えるためなら、たとえ皇帝が相手でもこうやって貶した。誰もそれを不敬としなかった。将敬様本人ですら、そうしなかった」


 「それが不敬罪になるってわからなかったとか?」


 「連夜。お前と将敬様を一緒にするな。民に好かれなかったお方ではあるが、その功績は歴代の皇帝の中でも飛びぬけている。法律の制定が多かったとも言ったが、その法律のほとんどが現在も効力があるという点でそれは証明されているだろう。自らが貶されているかどうかぐらい、判別がつかぬ方ではないよ」


 「じゃ、わかってて見過ごしてたってことか?」


 「……推測になる。話せない」


 皇帝を誤解していたからといって、今更の話だ。

 連夜も羅沙鐫の騎士だった経験がある。実物と街中の皇帝のイメージ像が違うことぐらいは知っていた。鐫の場合は意図的に鐫が誤解させていたのである。馬鹿だ愚かだと言われていたほうがやりやすいと連夜の主は言っていた。

 唸りだした連夜を放って夏樹はページをめくる。連夜が知りたがっている情報を漏らしていないか、各行に目をやった。


 「皇帝になられたときに内乱が起こったことは流石の連夜でも知っているか?」


 「なにそれ、知らない。でも皇帝になったのって大分前だろ? あんまり関係ないかもしれねーや」


 「まぁ知っておいて損はない。十二歳という異例の若さで皇位に就かれたのだが、その際に内乱……正しくは皇位を巡った戦争になった。候補は二人。一人はもちろん将敬様。前帝羅沙将利(しょうり)様が生前から認めていた正当な皇位継承者。もう一人は将敬様からすれば弟君にあたる将隆(しょうりゅう)殿下。当時八歳。大臣たちにとって扱いやすい幼子、いえば傀儡としての皇位継承者。軍配は、まぁ今を振り返れば分かる通り将敬様に上がった。将敬様はその手で実の弟君を切り捨てられ、自らの勝利と自らの皇位が揺るぎないものであると宣言された」


 「自分の弟を斬ったのか?」


 実の妹に本気の恋をした連夜や、弟のために料理の勉強をしたキセトには理解できないだろう。羅沙の王になるために弟を斬った者とキセトが、本当に繋がっているのか疑いたくなる話だ。

 そうではなく羅沙将敬にとって羅沙将隆は、連夜にとっての両親のように家族であってもあまり思い入れのない存在だったのだろうか。十二歳だ八歳だと言われても、連夜にとってその頃というのはすでに親に見切りを付けていて妹という存在を特別視していた。キセトで言ってもすでに羅沙での奴隷としての時間を経ている。その年齢は、連夜にとって言い訳にはならない。十分考えて決断できる年齢である、と。


 「それまでは羅沙皇族の方々にすれば体が丈夫なお方で、将利様とご一緒に民に姿を見せられている時も愛らしかったそうで、期待されていたらしい。民に嫌われるきっかけになってしまったのが皇位継承なんだよ。皇位継承前はご兄弟を斬られるような激しい方には見えなかったそうだ。まさに人が変わってしまったようだ、と当時の噂のひとつとして記録されているな」


 「人が変わったからってやったことは許されないだろ」


 「そうだな」


 理由も何個か考えられているんだぞ、夏樹がページをめくっていくのを眺める。真剣になっているところ申し訳ないのだが、最初に目的を言わなかった連夜が悪い。連夜自身も今回ばかりは自分が悪かった、と目的を伝えることにした。

 

 「人が変わってしまった原因は目の前で父君が――


 「親父ね、はいはい。関係ない関係ない。キセトと羅沙将敬の繋がり探しに来たんだ。せめてキセトが生まれてからの年代の話にしてくれねー? オレと同い年だからキセトはS.C.4700年生まれな」


 「4700年代? ずいぶんと最近のことになるな……。それならこの記録なんかより、将敬様のことを話せる人のところへ行ってみたらどうだ? 我々情報の玄人としてはこの規定以上のことは言えないんだから、一般人に聞いてみるんだな」


 「そんな都合のいい奴いるのか?」


 「居る。というか、連夜だから聞きに行けるんだろう、羨ましい」


 「オレだから?」


 まず連夜の頭に浮かんだのは志佳(しか)。裏通りの住人でありながら元フィーバーギルド隊長の肩書きも持っている。だが彼女は夏樹がいうところの情報の玄人だ。裏通りの住人とはいえ情報屋のプライドだってあるだろう。夏樹以上の返事が返ってくるとは思えない。それに連夜以外だって彼女に話を聞くことぐらいできる。

 考え込むふりして天井を仰ぐが、連夜がギブアップしないかぎり答えを教えてくれるつもりはないようだ。目で分からないと告げると夏樹がにやりと笑う。


 「羅沙将敬様の二人の息子のうち、一人はお前のお友達の父親で、一人はお前の主。今話を聞きに行けるのは一人だけ。兄か、弟。どーっちだ」


 「……焔火明津?」


 「その通り。行って来いよ。料金はまた今度払ってくれればいいから」


 「よっし、行ってくる。支払いとは別にまたなんか奢る」


 「ならサービスしてやろう。これ、写しだ。基本的な情報をお前は知らないんだから、持っていた方が話がスムーズに進むだろ」


 「わーい、ありがとっ、冷夏嬢!」


 しっしって手で払われてもご機嫌に連夜はフィーバーギルドを出た。書類の束を持って、ナイトギルド本部を無視して明津が住むあの家に向かう。連夜が遊びに行く前に友人の手を離れてしまった家で、正直初めての訪問がこんな形になったのは残念ではあるが、仕方がないとしか言えなかった。

 キセトが羅沙に居た期間は四歳から十歳の間だ。その期間、明津は一度も羅沙に戻っていない。しかし、情報が規制されている今、皇帝の下に幼子一人が転がり込んでいた可能性がある時期など誰にも分らないのだ。羅沙将敬をよく知る人物に彼の人間像を聞いておきたい。どういう時にキセトが彼の傍に居たのか、羅沙将敬という人間をキセトがどのような時に求めたのか、連夜にはさっぱり分からないのだから。


 「っと、待った! 分かる人が生きてる!」


 明津でもなく、ずっと羅沙に居て、ずっと羅沙城に出入りしていた人物。連夜たちギルドに属するものの最終的な頂点だった男。


 「東雲さん」


 東雲高貴は羅沙明津の騎士になってから二年前まで軍人として羅沙城に出入りしていたはずで、皇帝の近くで仕事をしていたはずだ。明津など無視ししてしまって東雲高貴に聞いた方が早い、が。

 それでも連夜の足は明津が居座る友人の家に向いていた。キセトにとって亜里沙の存在がなにより重要だったように、羅沙将敬もまた重要なはずなのだ。そうでなければ、亜里沙を失ったキセトを立ち直ったりなどできなかっただろう。その痛みに対して、再び立ち上がる力を与える何かだったのだ。

 そんな重要な存在を知らないまま進めば、連夜はまた同じような間違いを起こすだろう。羅沙将敬との記憶が最後だとは決まっていない。順を追って、曖昧な部分を見ていかなければならないのだ。


 「もうちょっと待ってろよ……」


 ひと段落つくと思って浴びた北の森の空の明るさももう感じられず、連夜が空を見上げれば辺りは暗くなり始めていた。


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