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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 黒獅子の記憶は連夜も訪れたことのある雪原から始まっていた。連夜とキセトが初めて出会った場所だ。


 「黒獅子の仕事なんて無傷で立ってりゃいいんだよ。それが敵陣地なら更によしって程度か」


 敵を蹴散らして、「最強」らしく存在していればいい。東はそう言ってキセトの方に黒獅子のコートをかけた。連夜も東の後ろからのぞき込むが、東のコートが有り余るほど肩が細い。いや、小さいというべきか。東が可哀相と言うのも理解できた。

 キセトが連夜と同じ時に黒獅子になったとすれば、この時点でキセトは十八歳。二十六歳にもなろう連夜から見ればただの子供にすぎない。そのただの子供が不知火の全てを背負って戦場へ向かおうとしている。連夜が銀狼として戦場に出ていたことも、誰か可哀相と思っていてくれていたのだろうか。


 「銀狼が出てきたら俺も出ます。それまでは後方で待機すればいいのでしょう?」


 「向こうはすぐに銀狼を出す破目になるだろうさ。おれたちが引きずり出す」


 東は、安心しろとばかりにキセトの肩を叩く。お前が心配することは何もない、と。連夜も覚えている。連夜が銀狼として初めて立った戦場も、不知火軍の勢いに引きずり出された形であったと。

 後方の野営基地で待ち続けるキセトを呼ぶ声も早かった。予想外だったのはキセトを呼ぶ声が焦りで染まっていたことだ。


 「どうした?」


 鈴一でも、弦石でも、東でもない部下がなだれ込むようにキセトの前に出てくる。報告者は、自らが地獄からの生還者であるかのように、自分がどれほどの奇跡的な生還を経験したのか語っていた。


 「何があったのか、報告せよ」


 キセトの感情のない声はこういう時には便利だ。奇跡の生還者は自分が目の前の男の配下でしかないことを思い出したらしい。まだ肩で息をする男を前に、キセトは戦場で起こったことをまとめていく。


 「銀狼を引きずり出すまでは作戦以上に順調に進んだが、出てきた銀狼が規格外だったと」


 「は、はい……。鈴一部隊長と弦石部隊長の組み合わせでも押されていました。現在はお二方に東様を加えてなんとか抑えています」


 「それは珍しい」


 刀を持って野営基地から出る。キセトの顔にいかなる感情もない。ロングコートをかけられた小さな子ではなく、その存在だけで不知火の兵たちを鼓舞する黒獅子の姿がそこにはあった。しかし、連夜には確かにそこにある退屈さが見える。連夜と同じように、自分を揺らすものが一切ない平坦の世界に飽き飽きした目。

 同じ目をすぐに見ることになった。当時の連夜だ。不知火のトップ三人を蹴散らしてもなお、退屈そうに真っ白の雪の上に立っている。白い雪に白い制服、白銀のうねるような長髪。瞳だけに燃える夕日が宿っている。その夕日が、退屈さに沈んでいる。


 「お前、その瞳……」


 夕日の瞳の男(銀狼)空色の瞳の男(黒獅子)を捉えた。

 よく、覚えている。あの日、連夜は自分と同類に出会った。珍しく連夜の勘も働かず、キセトを見た時の第一印象は弱そうだと思ったものだ。雪を踏む音がしたからそちらを振り返った。雪を踏む真っ黒のブーツ。細身の足を浮き彫りにさせる黒いズボンと灰色のロングコートの裾。そして襟に登れば登るほど漆黒にグラデーションのかかっているロングコート。黒黒黒と続いて、まぶしさすら感じるほど青白い肌。露出された首は戦場に立つ兵士らしくない細さだった。病人だと言われてもおかしくないと思ったものだ。

 ただ、こちらを捉えている空色の瞳が、連夜の何かを揺らす。妹や家庭教師といった限られた相手以外に揺らされなかった心が、初めて出会った見知らぬ誰かに揺らされた。


 「そういう黒獅子こそ」


 揺れている自分を他人の視線から見るというのは面白いものだ。

 黒獅子は攻撃を仕掛け、銀狼は攻撃を受ける。このとき、互いに理解した。互いに、人間のような脆い存在ではないと。

 銀狼が笑っているのが見えた。面白いおもちゃを見つけた子供のように。

 黒獅子は目を見張っていたと記憶している。ありえないものを見たかのように。


 互いに距離を取って、互いの瞳を見る。互いの髪の色を見る。互いの服装を見る。

 黒獅子の空色の瞳に対して銀狼の夕日色の瞳。

 黒獅子の黒髪に対して銀狼の銀髪。

 黒獅子の質素なロングコートに対して銀狼の装飾過多なコート。

 鏡合わせのようにそこに立っていた。


 いないと思っていた、自分と似た立場の存在。


 「銀狼。お前。お前は」


 次は銀狼からの攻撃だった。刀が火花を散らす。単語ごとに交わされる斬撃。

 いや、言葉など最後の確認でしかない。斬撃が交わされているという事実が、されてもいない質問の答えだ。


 「お前は――


 「オレはオレだ、黒獅子」


 銀狼がとびかかるが黒獅子はそれを上にはじく。宙に放り出された銀狼だったが、空中で態勢を整えて雪の上に着地した。北の森の民同士の闘いでは本来見られない魔法をその手に準備している。手の中に浮かぶ白い光を握りつぶすと、あたりの雪が黒獅子のほうに急に向きを変えた。銀狼が黒獅子に刀を向けると、雪が猛スピードで向かう。

 雪に囲まれた黒獅子は焦りなどなく、刀を一振りして雪を叩き落とした。銀狼が居た場所で雪が舞う。その姿はもう見えていない。黒獅子は自分の周りに炎の柱を出現させて銀狼の攻撃を防いだ。


 「オレは葵レンヤだよ。それ以外なんかじゃない!」


 連夜が両親からもらった名は葵縺夜という名だった。連なるではなく縺れる夜。孤独にならぬように、周りとの切っても切れぬような縁に恵まれてほしいと。連夜はその名を嫌っていた。自らの意志では切ることすらできない縁。うっとうしさすら感じていた。

 それでも、黒獅子の前で銀狼ではなく、名乗った。おそらく、地位名でもなく葵の一人でもなく、個人としての出会いにしたかった。


 「お前は? 黒獅子」


 連夜の頬が裂かれる。そんなことは当時どうでもよかった。

 キセトの服も裂かれた。キセトもそんなこと気にした様子はない。


 「俺は不知火キセト」


 雪が夕日色に輝いている。夕日の反対にはもう暗闇が広がっていてきていた。


 「俺も、俺だよ」


 日が沈む。


 「キセト、撤退だ」


 「銀狼、夜です」


 同時に互いの後ろから声がかけられた。

 北の森の闘いにはいくつかの規則がある。夜は北の森の術士たちの時間だ。たとえ戦闘の最中であっても、夜はそれぞれに野営基地に戻らなければならない。この雪原が聖域の隣に位置しているためだ。互いに相手の本土にまで踏み入ったときのみ夜戦は実行されるのだが、ここ数百年本土までの侵入を許可した記録は互いになかった。

 キセトと初めて出会った日、連夜は野営テントの中、与えられた簡易ベッドの上で寝ころび、空色の瞳を思い浮かべていた。様々な規則のせいでただでさえ遊びのような戦争。連夜の力があればそれは更に遊びらしさを増さている。そんな中で出会った遊び相手。

 対してキセトは眠るつもりはないようだった。与えられた野営テントの中で座り込みはするものの、横になる様子はなかった。刀を抱きしめて考え事をしているらしい。


 「キセト。お前にとってオレってどいう言う存在だった?」


 連夜にとっては、連夜を救ってくれた妹や連夜とぶつかり合ってくれた家庭教師と並ぶ、大切な友達。

 刀を抱いて縮こまる黒獅子が考えているのは、将来友達になる男のことか、それとも愛しい人のことか。


 ただ、いくら連夜がその瞳を見つめても退屈さは見つけられなかった。連夜が遊び場で遊び相手を見つけたように、キセトも自分の相手を見つけたのだろう。

 連夜の質問に返事はなかったものの、銀狼のいない場所でキセトは答えを出していたのだ。連夜がよく見たキセトの強い意志のこもった瞳は、このときから生まれたらしかった。


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