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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

温かいシチューをご馳走になってから、「キセト」に連夜が尋ねた。この後の記憶についてのことだ。


 「黒獅子まで、ってことは結構長いよな? だってオレが銀狼になったのと同じ時期にキセトも黒獅子になってたはずだから、十八歳のころだろ? まだどう見ても十歳前後じゃん」


 「……知ったような口きかないでよ」


 にこにこと笑っていたはずの「キセト」が冷たく返す。少し考えるようなそぶりを見せて、違うんだ、と「キセト」は呟く。


 「毒病で成長が一時期止まってたの。それに食事もまともに取ってなかったから発育も悪かったし。次の記憶はもう十……五、かな? 見た目は変わらないけどね」


 「キセト」は小さな体をさらに小さく折りたたむように座り込む。この見た目のままで十五歳十六歳といわれても現実味はない。身長など、連夜の半分もないのではないだろうか。

 「キセト」はその話をしたくないようで、あっち、と適当な方向を指す。次はどんな扉なのか、少し楽しみにもしていた連夜だったが、次の光景は闇の中にすでに浮かんでいた。


 * * *


 「あはははー、東さんのお気に入り仲間ってことで、よろしく。おれは不知火鈴一れいいち。数多の女性たちのヒーローやってるんで忙しいけどな。すずちゃんとか色んなふうに呼ばれるぜ」


 馬鹿が付きそうなほど明るく中年男性がキセトに向かって自己紹介をした。それを周りの目は、厄介な人に掴まってるな、と遠巻きに見ている。けらけらと笑う鈴一の頭を、後ろから伸びてきた手が叩いた。その手の主は、鈴一と並ぶようにしてキセトの前に立つと、自分もまた自己紹介をする。


 「兄が迷惑をかけたな。鈴一の双子の弟で、名を弦石という。後衛部隊の部隊長を務めている。今期の見習いたちの総合教官でもあるから何かあればおれに尋ねて欲しい」


 背景は相変わらずの暗闇だったが、十歳前後の子供と、子供の前に立つ大人の男が二人、いや三人か。鈴一と弦石の後ろに東も立っていたからだ。連夜には向けないであろう、優しい笑みを浮かべている。双子も似ていない顔を揃えてキセトに微笑みかけた。


 「鈴一と弦石は、まぁ、小さい頃はおれが保護してたのもあって、"お気に入り"って呼ばれてたり自分で名乗ったり、勝手にしてるんだよ。おれのことがなくても、こいつらは頼りになる。不知火軍の中でもトップを争う優秀な兵士だ。仲良くして悪いことはないだろ」


 東の子供と名乗るには少々年取った双子は、キセトを、東の孫みたいだ、だの、おれたちからすれば子供の年齢か、などと楽しそうに話している。それでもキセトの視点で構築されている記憶である限り、楽しいことばかりを見ているわけがない。

 キセトの目は双子の戦闘のために鍛え上げられた体も、楽しげに細められた目の奥に宿る残忍な光も、正確に読み取っている。そしてそれは、その記憶を見る連夜にも伝わるのだ。


 (直接会った時は全く感じなかったのになー)


 キセトの目を通しているからだ、と言い訳して、静かに認める。今、連夜はこの双子も、不知火東のことも恐れている、と。そんなことに気づいてか気づかずか、不知火の軍に入ったキセトの上司三人は朗らかに笑っていた。


 * * *


 「そういえば試験とかないの?」


 ずっと連夜の後ろで黙っていた「キセト」に尋ねてみる。不知火の正規軍に入るのに顔パスというわけにはいかないはずなのだ。


 「あったよ。ただ僕がその試験に落ちるとでも? 鴉様に軍に入れと言われたんだから軍に入るし、入る以上は最も優秀であり続けるよ。不知火に貢献すれば鴉様も喜んでくださる」


 「キセト」はつまらなさそうに、記憶の自分と双子、東を見ている。キセトは双子にも東にも何も言わず、ただただ黙ってその場に立っているだけだ。

 連夜が見る限り、無機質であり、且特徴だらけでもあり、とにかく異質な芯のない人物がこの記憶のキセトだった。"椿"と呼ばれた無垢な子供でもなく、"エイス"と呼ばれた虐げられるしかしらない無力な子供でもなく、大人になろうとするどこにでもいそうな子供でしかなかった。「どこにでもいそうな子供」であるキセトは連夜にとってその他大勢でしかない。連夜が嫌った集団であることを望む弱者そのものだ。

 しかし、キセトは周りに拒絶され、「その他」として孤立していた。本人は集団であることの望んでいるのに、周りがそれを許さなかったのだ。どこにでもいそうな子供は、なぜか(・・・)特別扱いされている。それが異質さを溢れさせていた。


 * * *


 「あの……キセト、さん」


 どこにでもいそうな子供。それでも周りに避けられる子供。

 当事の黒獅子である東、戦闘特化部隊隊長である鈴一、後衛部隊部隊長である弦石が後ろ盾となり、さらには頭領である不知火鴉から勅命を受ける子供。周りからすれば「どこにでもいる」訳ないのだろう。それに次期頭領であるイカイから兄と呼ばれているのだ。すると、軍の中で過ごすあの子供は不知火本家の者らしい、ぐらいの噂はたつ。

 そんな者に好んで話しかける者もおらず、話しかけるだけで周囲の注目を集めることとなったのは、暗い茶色の髪をした釣り目の少年だった。少年はキセトをどう呼ぶべきか迷ったようだが、キセトという名に反応しない訳にはいかない。玲に言われたのだ、この名前は捨ててはいけない、と。


 「どうかいたしましたか? 不知火のお方様」


 子供から出たのは冷たさも持っていない機械音と大差ない声だった。その声が示す、暗い茶髪の少年とキセトの距離はかなり遠い。

 キセトは「鴉の兵器」として軍に入った身であると自身を理解していた。自分は不知火人としての扱いを受けていない。鴉が自らの民として愛する者たちに自分は含まれていない。なら、鴉から分かりやすい愛を受ける彼らと自分では大きな差がある。対等な口をきくべきではない。

 自分は不知火人ではないのだと遠まわしに言う声に、何人が怪訝な顔をしただろうか。何人が不愉快な顔をしただろうか。目の前の少年もまた、嫌な思いをしたのだろうか。

 それは、心を理解しないキセトには分からない。


 「……今期、不知火側シャドウ隊に入隊しました、不知火在駆と申します。貴方の後輩ですので、どうぞ在駆と呼び捨てにしてください」


 連夜の頭の中に流れ込んできた文字が示す、S.C.4715という年。連夜とキセトは同い年で、共にS.C.4700年生まれである。記憶の中の前提が、キセトが軍に入って二年後であるということも示してくれた。


 (十五の時に在駆が後輩になってるってことは、十三の時に入隊してたってことか? あれ、歳あわなくね?)


 不知火に戻ってきたのは十歳の頃のはずだ。イカイとの生活がそれほど長かったようには思えなかったのだが。もしかしたらあの暗闇の中の檻での生活が一・二年続いていたのだろうか。


 (そりゃ痩せるし、体も成長しないわ……)


 「後輩を持つ立場に自分が居ることは把握しています。ですが、軍の立場よりも優先すべき規則があるのです。不知火の……在駆様」


 その一瞬の間がキセトの悩みだと誰が分かっただろうか。連夜がキセトの視線に居るから分かっただけだ。おそらく、キセト以外は一切理解していなかった、キセト自身も理解などしていなかった、キセトの心なのだろう。

 連夜が見ても、それがどのようなものか、分からない。キセトの中に心があるのは確かなのに、連夜が持つ心と何かが違う。


 「キセトさんの配属希望をお聞きしたいのです」


 「こちらをどうぞ」


 キセトが一枚の書類を在駆に手渡した。三年の見習い期間の最後の一年に差し掛かったキセトは配属希望を提出しなければならない。

 誰もが「訳ありの本家くずれ」が優秀であることを認めている。だからこそ、誰もが憧れる戦闘特化部隊を希望すると疑いはしなかった。不知火東ですら、キセトが戦闘特化部隊を希望すると思っていた。

 紙を見た在駆は信じられないものを見る目でキセトを見た。キセトの第一希望は医療部隊、第二希望に後衛部隊。誰もがキセトに求めていたことを、キセトは求めていなかった。「鴉の兵器」は戦うことを望んでいなかったらしい。


 「本気、ですか?」


 「ただの希望です。必要な書類ですのでお返し頂けますか、不知火の在駆様」


 在駆の手から書類を抜き取って、キセトは去った。


 * * *


 「あの時は、『理紗さん』の感情だったのかなって思う。僕はあの時、在駆という名前を記憶していた自分に驚いたんだ。『理紗さん』が在駆に向けた愛情だったのかなって。僕が人の心を持っているというのなら、『理紗さん』のおかげ。『理紗さん』の心の使い方を、僕が理解できるはずないから、分かろうとするのはやめた。ずいぶん前に」


 立ち去るキセトを見送って「キセト」が独白する。それにね、っと「キセト」は連夜を見上げた。


 「僕は後衛部隊に配属されたよ。……三年は他と同じように見習いをさせたのに、正式配属と同時に副部隊長になった。異例の配属だって流石にわかったよ。疑問にも思った。でも、今はそうしてもらえたよかったって思う。だって、そうしてもらえたから、だからこそ、だからこそ……、彼女に会えたんだ」


 「キセト」はにやけていた。えへへ、と気持ち悪い声を上げて、「キセト」は扉を出現させる。連夜の目の前に現れた扉は連夜も見慣れたデザインだった。連夜の記憶の中の扉と反転させたように、色は真っ黒だったが、形はよく似ている。連夜が少しの期間だけ属した葵側シャドウ隊の本舎の建物だ。取っ手の大きさ形、回した感触まで同じで、少し気持ち悪かった。

 扉を開ける寸前で連夜はもう一度「キセト」を振り返った。相変わらずニヤニヤしていたが、連夜の視線を感じたのか、何か思いついたような顔で、そうだ、と呟く。


 「副部隊長になった僕の最初の仕事は、試験だったんだ。新規入隊者を決める試験の試験管。そこでね、会ったんだよ。そうそう、言いたいのはこっちじゃなくて、いや、これも言いたいんだけど。思い出した。たしか、晶哉も彼女と同期だったはずだよ。晶哉も僕を追いかけて軍に入ったらしいんだけど、この試験時の第一希望の希望配属を戦闘特化部隊にしてたんだって。まさか僕が後衛にいるとは思ってなかったらしい。ここはさ、差が出たかなって。僕のことをわかっていて、だからこそちょっと傲慢になってしまう晶哉と、僕に尋ねる度胸はあるのに僕のことをわかってない在駆の差」


 「晶哉とアークの差ー?」


 「晶哉はね、石家だもの。僕とは切り離せない関係にある。でも在駆もね、理紗さんの息子である以上、僕とは切り離せないと思う。僕の中に理紗さんの心がある限り」


 でも僕を見てくれた晶哉と、僕の中の理紗さんを見ていた在駆には差があるんだ。

 「キセト」は悲しげに笑う。キセトを見ていた晶哉はサードを見ていただけだと、この時には気づいていたのかもしれない。


 「切り離せるとか切り離せないとかってそういうので決めるものか? どっちもお前を追いかけたのはかわりないじゃん」


 「……連夜ってさ、本当、僕とは違うね。羨ましい」


 「えっ、羨ましい?」


 「うん、羨ましい。でもなりたいとは思わないかな」


 「それ羨ましくないだろ」


 「そんなことないよ」


 どういうことだよと呟いて、連夜は首をかしげる。いくら聞いても答えてくれそうにはないし、進むしかないのだろう。

 連夜は後は押すだけの扉の向こうに思いを馳せた。


 

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