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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 連夜には妹が居る。とても愛おしい存在で、真剣に異性として愛していた時もあった。連夜にとって唯一だった時もあった存在のはずだ。連夜と同じ立場、両親よりは連夜に近い存在として連夜を孤独から救った、愛すべき、愛していた妹。

 なら、今目の前に居る「キセトの弟」はキセトにとってどのような存在だったのだろうか。キセトはこの弟を愛していたのだろうか。キセトはこの弟と自分の立場を同じだと思っていたのだろうか。

 連夜が思うに、前者はあっても後者はないだろう。キセトが「自分と同じ立場の者」を一人でも認めていたのなら、キセトが連夜の友人になるなどなかった。


 「初めまして。僕は不知火イカイと申します」


 キセトの短髪(男にしてはキセトも長いが)とは違う、腰ほどまでに長く伸ばされた緑の黒髪だった。自然な黒髪は染められた色ではないのだろう。キセトの染められた髪は不自然なほど黒く、まさに漆黒と言うべき色をしていたと連夜は記憶している。目も黒い。顔立ちは父親である明津にも似ているが、どちらかと言うと母親似というべきだった。


 「………」


 連夜が黙ったまま観察していたためか、イカイも最初の挨拶以外の言葉を発しない。ただただ、連夜がイカイを観察するように、イカイも連夜を観察していた。

 不知火と躊躇無く名乗ったイカイには連夜は奇抜そのものなのだろう。葵出身者でありながら明日羅皇族の夕日をその目に宿し、自分で選べるはずの服は原色の赤、緑、ズボンには白と目に痛い色の組み合わせをしている。そこに貴族も哀歌茂も銀色を思わせる白も関係ない、と連夜の主張が込められている。髪は銀だが赤と緑の線が十字に入ったバンダナで後ろに流されている。連夜の反骨精神を表すかのように流れにそむいて跳ねる毛がほとんどだが。


 「で、オレに何の用?」


 見世物じゃないんだけど、とお互い様な台詞を続けてみたがイカイは連夜が予想していた反応はしなかった。「キセトの弟」として見ていた連夜は、イカイがそこまでうろたえると思っていなかったのだ。まさしくキセトのような、お前未来でも見えてるのかと聞きたくなるような変化の無い対応をするのだと思っていた。


 「あ、あの、顔を見たかっただけ……。そう、見てみたかっただけなんです。兄さんの友人を」


 「で? 感想は?」


 「えっ!? あっ、僕としては、カラフルだな~ぐらいで」


 イカイの視線が連夜から逸らされる。そういうイカイは黒一色だ。不知火の頭領なのだから当然なのかもしれないが。


 「キセトと仲いいの?」


 「兄さんとですか。仲……悪くはないと思いますけど」


 「なんだそれ」


 だって、と子供みたいな言葉でイカイは誤魔化す。連夜の記憶では、連夜の妹とキセトの妹は同い年だったはずだ。連夜とキセトが同い年だと出会った頃に確かめた時、互いの家族の話になったのだ。当事は鐫も居て、それなりに話が盛り上がった。互いに同じだけ歳が離れた弟・妹が居ると話した記憶がある。


 (妹ちゃんがオレの四つ下だから……二十二か。こいつも二十二歳か? 本当かよ)


 自分の妹がおかしいだけかもしれない、と連夜は自分が二十二歳だった頃を思い出してみたが、自分もまた規格外だったと途中で思い出すのをやめた。当然キセトが二十二歳だった頃の話になるのだが、それもまた普通ではなかった。連夜とキセトが二十二歳の年は、羅沙鐫が亡くなった年だ。何かと普通ではない連夜とキセトの過去のうちでも、上位に入る「異常な経験」の年になるだろう。

 比べる対象も失って、連夜は再びイカイの観察に入る。もうこちらを見ていない瞳には戸惑いや気まずさが篭っているように思われた。


 「オレ、今キセトの記憶を集めてるんだけど」


 「は、はい!」


 「弟君にとってキセトってどんな兄貴だったんだ?」


 実の妹相手になら絶対にしない質問を、友人の弟にしてみる。連夜の妹は連夜に容赦がないので、こんな質問をしようものなら九割の悪口と一割の愛で返されるのが目に見えているのだ。

 しかし、友人の弟はそうではないらしい。


 「僕の家族です。唯一の」


 「明津のおっさんも雫さんも居るじゃん」


 「僕を捨てた人たちです。僕の家族じゃない」


 相変わらず視線は連夜からはずされたままだったが、声には強い意思が篭っている。その瞳にあった狼狽は少し薄れている。変わりに憎しみが篭っていた。


 「僕におかえりって言ってくれた人です。僕のためだけに食事を作ってくれた人です。僕ためだけに僕のことを考えてくれた人です。見返りを求めずに僕を愛してくれた人です」


 ふーんと連夜が興味なさそうに相槌を打つ。障子の向こうから咳払いが聞こえてきた。この国最強の男のものだ。


 「東さんも僕の保護者で、僕のことを心配してくれますが、僕のためだけとは行きません。東さんには東さんが守るべきものがあって、その一部に僕が関係しているだけですから。不知火という国も、世界という大きな居場所も関係なく、僕だけを見てくれた人は兄さんだけなんです」


 言い訳のように付け加えられた説明が咳払いへの答えなのだろう。なるほどね、と連夜は小さく頷いた。両親に捨てられたイカイを育てたのは実の祖父である鴉ではなく、不知火最強の男――不知火東――だったのだろう。

 そして奇しくも、連夜にとっての妹の存在もそのようなものだった。親の子でもなく世界の一部としてでもなく、連夜と言う個を見てくれたのが、同じく個としての存在を欲していた妹だけだったのだ。何かの一部であるのは事実だが、それを苦に思っていた心を理解してくれた相手。理解して個を見てくれた相手。その存在の大きさは、連夜が知っている。


 「今、オレはキセトの記憶を集めんだけど」


 「は、はい!」


 「もしもキセトが蘇ったら、今までと同じように思えるか?」


 一度死んだはずなのに蘇るような「人外」を兄と慕えるのか?

 長い年月を経て、人外の血など感じさせない賢者の一族たちの中でも異様なキセトを家族として受け入れられるか?

 また受け入れて慕ったとして、それは今までと同じか?」


 「同じです。不知火にとって害なす存在であれば、不知火頭領として滅ぼします。でも。でも……もし、もしも兄さんが不知火に害なき存在であってくれるのなら、僕にとってそれは喜ばしいことで、兄は、兄です。変わらないでしょう」


 「わかった」


 イカイの瞳に、ここではない光景が映ったような気がした。キセトとの美しい過去なのだろう。連夜ごときが踏み入っていいものではない、兄弟間で培われたとても美しい記憶。

 連夜が妹との過去に誰も踏み入れさせたくないのと同じなのだろう。だが同時に、自分が思い出す限りでは最も美しい光景であることも、同じなのだろう。連夜にとって夕日色が、認めたくない母親の象徴でもありながら、もっとも美しい過去を共に築いてくれた妹の象徴でもあるように、イカイの瞳に宿るその色は不知火の敵となった兄の象徴であり、美しい過去を共に過ごした兄の象徴でもあるのだろう。


 (……ごめんな)


 記憶体を集める過程で、その美しい記憶に連夜は土足で踏み入ることになる。ならせめて、全てが終わった後、この兄弟に再び、今度こそ誰も踏み入らない美しい記憶を築く時間が訪れることを祈るしかなかった。




 ――――



 二年前、キセトを殺すために石家の術でキセトをエモーションに分けた。力を分けさせることで東たちにも殺せるようにするためだったはずだ。キセトのエモーションは二つ、不知火に現れた。真っ先に東たちが向かい、エモーションを殺そうとしたのだが。


 ――想定外だ。


 その一言で上の者たちは事を終わらせてしまった。おそらく死人が出なかったから大事とはされなかったのだろう。

 東も含めた精鋭だけで編成した特別班は、黒獅子ではないエモーションの前に大敗を喫した。弱体化したはずのキセトの一部に勝てなかったのだ。


 『あなた方に従います。だから攻撃してこないで下さい。攻撃を返すしか俺は知らないから、殺してしまう』


 キセトのエモーションは自分の言葉通り、東たちに一切逆らわなかった。殺されることだけは拒絶したが、それ以外は全て受けれいていた。最初はエモーションの処理も話し合われたが、最終的には「害なし」ということとなり監禁されている。エモーションは食事も拒み、水一杯ですら受け取らず、それでもこの二年を生き延びていた。彼らは記憶を中心とした存在であって、食事などの必要はないらしい。


 暗闇の中、彼は耳を澄ます。自分の欠片が近づいてくるのを感じていた。近くに黒獅子時代のエモーションがいたはずなので、彼だろうか。


 (……違う? 二つ同時に近づいてくる。あぁ、殺されるのか)


 今まであった「役不足」たちとは訳が違う。中に記憶体を持つ者が殺しに来た。なら今更か。抵抗などする必要もないのだろうか。いや、相手を知る必要はある。

 目の前に現れた男は知らない男だった。暗闇の中で会ったので、少しでも光るある角度から見ようと体をひねらせる。巻きつけられている鎖がじゃらじゃらと音を立てた。ほんの僅かであってもこの鎖が俺の行動を縛ることはないのだが、周りがこの鎖で安心するらしい。


 「よっ。後はお前と、黒獅子だけだ。名前でも聞いとこうかな」


 名前は初めて聞かれたな。

 なんと返すべきだろうか。俺が担うこの記憶に対し、俺は自分自身をなんとしようか。


 「不知火、キセト」


 「ふーん、不知火キセトね。"椿"、"エイス"と来てここでやっとキセトって名前が聞けた訳だ」


 椿とエイス。その名に馴染がある。確かに俺が歩んだ道の途中にそう名乗ったものがあった。

 だが、この目の前の男、傲慢にもほどがあるのではないだろうか。


 「それが全てだと思っているのか」


 「は? どーゆーことだよ?」


 「………」


 苛立ちを見せた青年は一方向から当てられる光のせいで余計に不機嫌そうに見えた。だからといって俺が何かを譲るわけではない。


 「いや、いいだろう。傲慢なのは俺も同じこと。お前に俺の記憶をやる。それを見て、少しは考えるといい」


 胸に手を当てる。エモーションとしての自分に別れを告げて、目の前の男に自らの核、記憶体を差し出した。戦闘など必要ない。「俺」が選んだ友人なのだからきっと分かるだろう。それが遅いか早いか、そればかりは俺にも「俺」にもわからないのだろうけれど。

 何もかも思い通りにしか、予想できる範囲でしか動かないこの世界の中で、この男は予測できない何かであったのだろう。だから、俺も「俺」がそうしたように、賭けてみようと思った。



 ――――




 考えるといい。

 それだけ言うと、連夜の目の前でエモーションは個体であることを放棄した。ぽわぽわと光の玉が宙に浮いている。


 「死ぬのは嫌がったんじゃなかったか? 話によると」


 「そうだったはずだが……」


 東たちが不知火のエモーションに対する決定を道ながらに語っていたことによると、今連夜の前の前で自らの死を選んだエモーションも、黒獅子のエモーションも自らが消えること以外は不知火の指示に従っているらしい。

 彼がなぜ、連夜の前でそのこだわりを捨てて記憶体としての姿をとったのか、連夜には全く分からない。しかし、連夜に与えられた権利なのだ。この記憶体を掴むことを許された。その証拠に連夜が手を伸ばせば、記憶体はその手に答え光を弱めた。自らの存在を消そうとするその動作に連夜は哀れみすら抱く。当然のように自己犠牲の考え方を基礎としていた連夜の友人と、本当にそっくりな光だ。


 (お前を待ってる奴がいっぱい居るぞ、キセト。勝手に消えんな、バカ)


 連夜の手の内で光が僅かに揺れ、そして砕けた。


 



 

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