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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
在駆が連夜をつれてきた場所はどこかの施設のようだった。不知火の国としての公共施設なのか人の出入りが多い。黒色を基調にされている内装はどこか重々しげに感じられるが、光と取り入れ方など暗くならないようには工夫されている。
「なぁ、ここどこ?」
在駆は慣れたように森を突き進み、その後を付いて来た連夜には想像も出来ない。何度か空間を渡る魔力の気配もしたので、勘などといったもので予想できる範囲ではないはずだ。
銀髪の連夜に冷たい視線が向けられる中、在駆はどう説明しようか迷っているようだった。羅沙に居た頃では在駆の髪は黒色とほぼ同じ扱いだったが、こうやって真っ黒の中に混じるとしっかりと茶色に見えるのだから不思議なもんだな、と連夜も呑気に在駆の返事を待つ。
「ここは受付ですかね……。不知火の軍は民間からの依頼も受け付けています。羅沙では公式ギルドが担当しているような仕事も軍の正式な仕事として受理される場合があります。ここはその窓口なんですよ。民間の方々が軍に依頼を申し込む所です。……まぁ、ここで申し込まれた依頼が全て軍の仕事になるわけではありませんが」
つまり今連夜は不知火軍に何かを依頼しに来た立場らしい。なるほど、そう思ってみてみれば受付のようなところで切実に何かを頼んでいる私服の者と、話を聞いて書類に書き込んでいる揃いの制服を着た者たちとが見てとれた。
「オレ今順番待ち?」
「いえ、ここで依頼しに来たわけではありませんから……。ただぼくの独断では入れない場所にエモーションは保管されています。ですから、その場所に出入りを許可できる権限を持った人に会わせようと思っただけですよ。面識があると聞いています」
「面識ぃー?」
連夜に不知火軍の知り合いなど居ないはずだ。
「隊長が忘れているだけです。というより、どうやって忘れられるんですか……。呆れを通り越して尊敬しますよ、まったく」
連夜が忘れているだけ、と言われれば連夜にも思い当たる節があった。二年前、羅沙と不知火が戦争を起こしていた当時、連夜は不知火軍上部の人間と会っている。
「あー……、会ってたわ。というか軽く戦闘してたわ。てかそもそも? ラガジにあいつら来てるって晶哉から数人教えてもらったような」
「そのお幸せな脳みそ、振って混ぜてもいいですかね」
「はっはー、そんなことしたら死んじゃうだろー」
「一回ぐらい死ねば治るんじゃないですか」
「馬鹿は死んでも治らない!」
堂々言いきった連夜はやりきったとばかりに顔を輝かせていてこちらの話など聞いていなかった。
連夜が顔を合わせたのは不知火東という初老の男だけだったはずである。晶哉曰く、「五分ならキセトと真剣勝負できる」相手だ。連夜相手でもしり込みした様子は見せなかったように記憶している。
「不知火東だったな、確か。忘れてたけど」
「チッ」
隠そうともしない舌打ちは在駆が放ったものではなかった。受付の裏から出てきた初老の男が連夜を見て放ったものである。忘れてただぁ? と不機嫌そうに、虫も殺せないほど穏やかだったであろう顔を歪めている。
「お久しぶりです、東さん」
在駆は立ち上がって、東、そしてその後ろに続いている男二人を迎えた。その様子から見ても、東の後ろに居る者たちも、在駆の上司にあたる人物なのだろう。在駆が頭を下げ、不知火軍の制服を着た三人は在駆を労うように片手を挙げてそれに応えていた。
「お久しぶり、銀狼さん」
「東さんですら覚えられてないのにぼくたちが覚えられている訳ないですが、お会いしたことありますよ。……戦場で」
東の後ろに居た二人から左と右、それぞれ握手を求める手を差し出された。連夜もその両手を取るような間抜けなことはしたくない。
「えっと、名前は?」
「不知火鈴一。弦石の双子の兄。不知火軍の結構お偉いさん」
「不知火弦石。鈴一の双子の弟。在駆の師匠で……、そうだな、『お偉いさん』だ」
「双子ぉ!?」
似てないな! と連夜が叫ぶと、百篇は言われたことある、とばかりだ。その反応は少し似ているような気がした。二人とも中年の男で連夜よりはずいぶん年上だということぐらいしか、他の共通点はない。
東も名乗ろうとしてくれたが連夜が先に制した。
「あんたは分かる。で、あんたらがキセトのエモーションのところに案内してくれるって?」
左右から差し出された手を無視し、中央の東に視線を戻す。連夜の目的は不知火の軍人との交流ではないのだから、早々に本題に入りたいものだ。
「エモーションになら、たしかにおれの権限で会わせられるけどな? いや、鴉様からも許可も貰っている。問題はない。――が! おれたちの立場ってものもある。部下には一切口出すなといい、おれたちで処分すると言っておいて、外部の者に易々と引き渡したとなるとな」
温厚そうな男はわざと連夜から視線を逸らし、部下二人に握手の手を下げさせる。不知火鴉のような王者の風格ではなかったものの、人の上に立つ者としての威厳があった。彼が部下から信用されているのもよく分かる。そして、そのような立場である彼には部下への面子を立てなければならないのだろう。
連夜の知ったことではないが。
「オレが知ったことか」
「隊長ならそういうと思っていました」
溜息。不知火軍の上司である三人も、ナイトギルドの上司である連夜もよく知る在駆だからこそ全て想像していた通りになった呆れである。だから会わせたくなかったんですよ、ぼくは、などと一人でぼやきつつ、四人の上司から顔ごとそっぽを向いていた。
「エモーションを処理してくれるっていうなら悪いことはないんだが。うん、お前は、不知火でも、有名だからな」
銀狼として戦場で出会った不知火軍からすれば、それはいい思い出ではないだろう。銀狼としての連夜は敵の象徴であり、強さが絶対である不知火でも危険視されていた。連夜を見てにこやかに挨拶してくるなんて、東、鈴一、弦石の三名に限られているはずだ。その三名ですらにこやかとは行かなかったのだが。
「なんでもいいや。エモーションに会わせてくれるなら」
「よし、在駆。どうせ晶哉も不知火に帰ってるんだろ。そっちに付け。元銀狼はこっちが受け持つ。他の奴が傍に居るだけじゃ、喧嘩吹っかける奴が出てくるだろうからな。不知火じゃ、上への挑戦は何時だって許されてる。負けた奴が上に居る資格はない。強い奴が上に行く、以上だ。お前だけじゃ、元銀狼だなんておれたちにとっちゃいい腕試しだ。流石におれたち三人と歩いてる奴に挑んでこないだろ」
不知火軍の頂点がそう言って笑う。そのすぐ傍に控えるNO.2とNO.3は苦々しい笑みで固まっていた。不知火では上司への挑戦は普段から行われていることだ。立会人を立てた正式な決闘で勝利すれば相手の役職を簒奪することができる。強さを絶対とする不知火の変わった規則の一つでもあった。
それも、葵出身の連夜には本来関係ない。だが、「銀狼」という強さを保障された称号を持っていた相手に、根っこからの戦闘民族である不知火人が勝負を挑まないとは言い切れない。在駆が事情を説明して決闘を断ったとしても、皆が皆、在駆の言うことを聞く者でもないだろう。
だから、不知火で頂点に立ち続ける者がその事情説明をしなければならないのだ。有無を言わせずに決闘を止めさせるために。
「それじゃ、案内してもらおうか」
連夜としては三人の同行と在駆の別行動を受け入れるという意味での言葉だったのだが、三人が動かない。三人が動かないものだから在駆もその場に留まっている。
まだ何かあるのか、と連夜が訪ねると鈴一と弦石が後ろを振り返り、東が連夜に答えた。
「その前に、お前に片付けて欲しい案件があるんだよ。峰本連夜」
銀狼ではなく名前を呼ばれて連夜も戸惑った。不知火に来てからというもの、連夜は「元銀狼」としか扱われていなかったので、羅沙で名乗っていた名前を把握されているとは思っていなかったのだ。
「不知火の黒獅子代理様がオレに、ねー」
「……というかお前をご指名だ」
「は?」
「兄様」
どこかで、いつか、こんな再会をした従妹がいた気がするのだが。
連夜は翡翠のことを思い浮かべたが、まさか不知火まで連夜を追ってくるはずなど……おそらくはない。たぶん、ない。しないでいてくれると思う。明日羅にまで行って顔を会わせずさっさと立ち去ったことがばれたら、……ふぅ、想像しないでおくのが吉。それが連夜の答えだ。
「……ここ、葵じゃないんだけど」
連夜は実の妹を目の前にして立ち上がることもなく冷たく返した。同じ北の森でも不知火と葵の別の国だ。行き来は難しいだろう。なにより、彼女が連夜の妹なら生まれつき足が動かないし目も見えないはずだ。色あせた瞳はしっかりと開いている。
連夜が苦手意識を持つ従妹ではなかった。だが、苦手意識以上に複雑な感情を抱く実の妹がそこに居た。
「兄様、会いたかったわ」
車椅子の上で連夜の初恋の相手は連夜に微笑みかけている。心がざわめく。色のない世界で過ごした幼少期、妹の夕日色のあの色が一面雪だらけの世界で唯一の色のような気がしていた。自分と同じ色だと思っていた。だが、自分の髪は染めた。雪だらけの世界と少しでも同じになりたくて。
目の前の夕日は過去と何一つ変わりなく輝いている。
「わざわざ会いに来てくれたのか?」
そっと近づき、車椅子の前に跪く。連夜の妹の長髪は、連夜とそっくりの、もっというなら二人の母親そっくりの天然パーマがきつくかかっている。本当に連夜とそっくりの妹なのだ。
ただ内面はそのほとんどが正反対だった。連夜がありとあらゆる才能に恵まれていたのに対し、妹は生まれながらに体に障害を抱え、何一つ優れたところなどなかった。連夜と連夜の妹、どちらも知って居る者は口々にこう表した。「二人分の才能を先に生まれた長男が全て奪ってしまったかのようだ」と。
「兄様、大好き」
幼い連夜にはそれが苦痛だった。まるで連夜が優れていることが悪いことかのように。
だから連夜にある全てを妹に再分配したのだ。連夜自ら。自らが親から貰った縺夜という名前も、連夜が見た世界の色も、感じた全ても、妹と分かち合った。
おそらく、優れすぎた故に孤独になっていた心も、分かち合ったのだ。
優れた才能を惜しげなく妹と分け合った連夜は、周りに「愚か者」と呼ばれるようになっていたが、連夜にとってそれは些細な事と成り果てていた。孤独な連夜を、父親にすら見放された子供を救ってくれたのは妹だけだったのだ。
「オレも大好きだけど、不知火まで来られちゃぁ、なー?」
「一目会いたかったのよ。兄様ったら、私が知らせてあげないと私の目が見えるようになったことも知らないままだったでしょう? 本当に兄様はだらしがなくてどうしようもないんだから」
連夜を貶す言葉にすら、連夜は嬉しそうにしていた。琥珀の周りを見て、見知ったものが居ないことを確認してからまた琥珀に向き直る。
「……一人で?」
「当然よ。兄様に会いに行くのに他の人なんて連れて来れない。あっ、瑠莉花が居てくれたら別だったんだけど、彼女、死んだんでしょ? 最後のお別れぐらいちゃんとするべきだったと今になって後悔しているわ」
「たくっ、心配かけさせるな。誰かに送ってもらえ」
「うん」
髪を撫で、毛先に口づけを落とす。素直に頷いた妹を見上げ、愛を込めて笑みを送った。
「兄様は兄様の友達のために動いてる。連れて行ってはやれない。待てるな?」
「いつまででも。あと兄様、紹介してね。兄様ったら、そんな愛の篭った表情が出来るだなんて。いい人と出会えたの? 女の人?」
「んー、そうかも、な?」
連夜が思い描いたのは、癖のある紺色の髪をした、いつの間にか傍に居ることが当然になっていた部下っだった。
「妹ちゃんが好きだったぐらい、その人のことが兄様は好きなんだ。必ず、紹介する。まぁ、兄様の友達もその時に紹介するさ」
「分かった」
琥珀が手を伸ばし、連夜の髪に触れた。少し乱暴に連夜の髪を撫でて、兄様、と語りかける。
「待ってるから、必ずまた会おうね。兄様は想像していた通り、とても輝かしくて素敵で、それ以上にどうしようもないぐらい駄目な人だね。大好き」
「……兄様も妹ちゃんのことが大好きだぜ」
「兄様、ワタシは琥珀だよ。兄様の妹で、葵覇葉と明日羅春の娘で、ただの琥珀。兄様に名前も、才能も、責任も、返す。兄様、ワタシを愛してくれてありがとう。もうワタシを愛さないで。ワタシを好きでいて」
「残念だったな、兄様はもう妹ちゃんを愛してないよ、大好きだけど」
「うん。ワタシも愛してない、大好きだけど」
琥珀は、連夜と母親と同じ夕日色の髪を揺らして、連夜の笑みを鏡で写したかのような笑顔を最愛の兄に向ける。それじゃ、と琥珀は一人で車椅子を動かして外に出て行ってしまった。突然現れ、突然姿を消した客人に不知火人たちは戸惑いを隠せていない。残された連夜も追いかけたりなどはしなかった。
「妹さんだったんですか? なら彼女も、賢者の一族であり、葵本家と明日羅皇族の混血……になるのですよね?」
「ん、まぁ。生まれつき何の才能にも恵まれず、足は麻痺して動かず、目も見えないはずだったんだけどな。目がよくなってるってのは聞いてたがちゃんと見えるようになってるとは、今知った」
外は雪が積もっているはずだが、車椅子で一人で帰れるのだろうか。そもそも誰かに連れて行ってもらえと言った筈だが、一人で出て行ったよな? 珍しく連夜が悩み、在駆を振り返る。
「悪い、一緒に葵まで行ってやってくれ。妹ちゃんと一緒なら葵の奴らは攻撃してこないはずだ。葵の、ある病院まで送って行ってやってくれ」
「分かりました。エモーションのことは東さんたちに聞いてください」
在駆は元同僚たちに視線で挨拶を済ませ、東たちには軽く会釈をし、連夜の妹の後を追って建物の外へと駆けていった。在駆の姿が見えなくなると、連夜の表情から優しい色が綺麗に取り払われる。
「んじゃ、案内よろしく」
改めて、とばかりに連夜は不知火軍トップ三人衆を振り返り、反論を許さない王として命令した。