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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 体重の軽い英霊が雪を踏むと、サクッと軽い音がする。表面に積もった雪は軽いもののようで、昨日のように英霊の足を絡めとることはなかった。

 英霊以外の男三人――連夜、在駆、晶哉――は体重の分は深く雪に沈む。昨夜積もったばかりであろう雪は思った以上に三人の体を飲み込み、慣れているとは言うものの三人の歩みも遅くなる。よって、無言で過ごすには長すぎる時間を歩くことになった。


 「どこ行くんだこれから」


 連夜は、雪と戯れながら進む英霊の手を掴んでから、晶哉にぶっきらぼうに聞いた。英霊を抱き上げ、っこちらを振り返っている晶哉の方を向く。


 「とりあえずは不知火側シャドウ隊に。でもその前に……自称世界一の医者の所」


 「おや、晶哉君が自分から先生のところに足を運ぶなんて。明日は槍が降りますね」


 在駆の嫌味に晶哉は応えなかった。自称世界一の医者なんていう痛々しい名前が指すのは、不知火玲一人だけだ。連夜の印象ではハチャメチャな女男と言ったところだが、この二人はあの女男のことが嫌いらしい。特に晶哉は苦手意識を隠そうともしていなかった。


 「鬱陶しそうな奴だったけどな、確かに」


 「あぁ、晶哉君があの人を嫌いなのはそういう理由じゃありませんよ、隊長。あの人は元々は石家の欠陥品だったんです」


 石家? と疑問符を浮かべて連夜は首を傾げる。在駆と晶哉は沈黙を守っていた。連夜自身が答えを出すのを待つつもりらしい。ぼそぼそと雪を踏む音が何度か重なった。

 連夜も遅れないように二人の後に続きつつも、「関家の欠陥品」の意味を考えた。連夜の中でマスターが言っていた晶哉の姉と兄の存在を思い出す。石家の人間で連夜が思い至れるのはそのあたりしかない。そして、あの女男は男である(はず)なので、


 「あぁ!? もしかして、石家の長男!」


 「晶平からでも話を聞いてたのか。別に隠すつもりもない。確かにあの人は、不知火玲は関家の長男として生を受けた。しかし、三歳までに目覚めるはずの能力に目覚めなかった。だから、十歳の時に勘当されたんだよ。勘当された瞬間から急に医術に目覚めて、今じゃ口さえ閉じれば立派な医者だけど。不知火じゃ有名な『石家の欠陥品』が不知火玲の正体だ。そもそも、キセトや糞隊長を治療してる時点でそれとなりに分かると思うんだがな」


 だから、俺は嫡子だけど長男じゃないんだよ、と戸惑いも躊躇もなく晶哉は言い切った。ここまで来て隠すのも変だろ、と諦めのようなものが声に混じっている。

 石家の力に目覚めなかった欠陥品。石家の力を持ってないが故に、おかしな定めを背負わずに済んだのだと、本人が在駆に言ったことがあるらしい。幸運だったよ、と。


 「今では石家に『その医術は石家の才能の一つだから帰ってきなさい』といわれても堂々嫌だと返事をする人ですからね……。あの人は石家が嫌いなんですよ」


 在駆が苦々しい笑みでそういう。在駆も石家が好きではなかったが、玲と同類と思われるのも嫌だった。あの医者は在駆を利用するだけの男で、在駆も利用されるのをよしとしていたが、好きになるとまではいかなかった。在駆は石家も玲も嫌いなのだ。

 晶哉が足を止める。着いたぞ、と短く息を吐いた。目の前に見えるのは小さな一軒家と、そこから出てきたばかりの自称世界一の医者。あーさむさむ、などと言いながら玲は体を震わせ震える手でカギを閉め、こちらを振り返る。


 「あれ? ぼくに用事かい? 昨日の今日だけど、皆元気? 若いんだからしゃきっとしなきゃね! ぼくはこれから出かけるからまた今度。それじゃ、元気で――


 「不知火の石家の長男は支配する力を持つんだっけ。確かに医術って支配できるよな」


 連夜の呟きは玲にも届いたようだ。貼り付けられた笑顔が引き攣ったものになる。


 「……喧嘩売りに来たの? やだなぁ、ぼく喧嘩弱いんだよ。まぁこれでも石ころに愛された身だから? それなり? には頑張ってみるつもりだけど」


 「石ころに愛されたぁ?」


 石ころ。今まで何度か口にされていた言葉だが気にしたことはなかった。連夜にとってはそれが道端の石を指してようが、世界を支配する存在の僕だろうが、どちらでもよかったからなのだが。

 こうして、玲が石家の人間だったと知った今、その単語を玲の口からこのようにして聞けば何を指しているかなど誰にでもわかる。英霊すら何か悟ったように連夜を心配そうに見つめていた。


 「中で話そうか。そんなに長くないけど、くだらない石ころとぼく、そしてぼくが生まれた馬鹿馬鹿しい家のこと」


 玲は入って、と扉を開けた。せっかく鍵閉めたのに、とぼそぼそ言っている。四人を中に案内して、英霊だけにはココアを淹れ、自分は机にもたれる。どこまで知ってるの? と普段饒舌な女男は言葉少なく笑った。


 「不知火の石家が特別で長男、長女、第三子でやっと一つの賢者の一族対策になること」


 「あぁ知ってるんだね、支配する力と操る力と戦う力。それ聞いた感想は馬鹿馬鹿しいの一言でしょ。ぼくはそんなものに縛られてやるもんかーって意地になってるのさ。そもそも、ぼくは石家の才能を受け継がなかった。くだらない石ころがぼくを愛したから」


 「その石ころってのは結晶のことか?」


 世界を守るために神が作った存在のこと。そして、この世界に生きる限り(神の力を持つ賢者の一族以外なら)誰でもなりうる存在のこと。英霊の肩が震えていたので、連夜はそっと手を添わせてやった。大丈夫だ、と。連夜の勘違いで話を進めてとんでもないことになるのは避けたいだけだ。こんな確認をせずともわかりきっている。


 「そうだよ、第二の結晶、ルーフと呼ばれた始まりの人間さ。ルーフは気まぐれに石家に生まれたぼくを愛した。親が子供を愛するように、ただの保護対象としてね。暇すぎたんじゃない?」


 暇の一言で世界を守る存在から愛されたことを片付ける玲にも驚いたが、在駆と晶哉もその話を初めて聞いたということにはもっと驚いた。玲の口ぶりからすれば誰でも知っているようなことを語るときと大差ない軽さである。


 「あの石ころ、ぼくを愛したが故にぼくに石家特有の能力を授けなかったとかほざきやがった。今じゃそのおかげでこうやって勘当してもらえたけど、当事はすっごく悩んだのにね。そうそう、あの石ころ、気まぐれにぼくのところを訪れてるよ。元気にしてるかい? だなんて言って。今の石家には支配する力が欠けてるんだ。ぼくの医術はぼく自身が選んで身に着けたものだから違うよ」


 喜ばしいことにね、と玲は力なく笑う。心の奥底から辟易しているように、連夜には見えた。


 「まぁ、だからと言って? 石家を恨んでるかどうかって言われるとどうでもいいんだよね。嫌いは嫌いだけど。ぼく、この世の全てが嫌いなのさ。嫌いで嫌いで嫌い過ぎて全部破壊してやろうかっていうぐらい。でもぼくは弱いからそんなのできない。ぼくはものすごく弱いから自分より弱いものを探して自分を安心させようって言うぐらい心も捻じ曲がっている。でもね、ぼくはね、自分より弱いものなんて病人だとか怪我人だとかそういう存在しか見つけられなかったんだよ。そして、ぼくより弱い存在を嫌いになれない自分にも気づいたんだ。だからさ、治そうと思ったんだ。ぼくより弱い存在なんて居なくなってしまえって思ってね。世界ごと嫌いになって世界ごと壊れろってあの石ころに望める日が来るのを楽しみにしているんだ。あの石ころ、ぼくが本気でそう望んだら願いを叶えてくれる。ぼくはねぇ、ぼくが世界を丸ごと嫌いになれるように嫌いになれない存在を消しているだけであって、褒められるようなことはしてないんだよね」


 連夜の印象としては「狂ってる」だった。不知火玲は本気で言っているのだ。自分が嫌いなものは壊れてしまえ、と。自分本位の感情だけで。しかも、世界の全てを壊したいから、世界の全てを嫌いになりたいのだという。


 「……君は怒るかな、連夜君。ぼくにとってキセトはね、弱くて自分一人では立っているのもできない可哀そうな存在で、そして唯一、ぼくが大嫌いな石っころが余裕を崩してくれる相手だからさ。だから、ちょっとだけ特別。全然治んない癖に無茶ばっかりして、可愛いよね。……ちょっと悪戯したいぐらいには」


 「どういうことだよ」


 「君さ、エモーションの記憶を見てきたんだろ? だから不知火のエモーションが持つ記憶も集めようとしてるんだろ。ぼくが登場したはずだ。思い出してごらんよ」


 連夜が低い声で短く唸った。こんな女男が出てきたのなら覚えていそうなものだが、こんな奴いただろうか。もしかして本当に女なのだろうか。だというのなら、サードの姉と紹介されたフォースが該当する。面影がないわけでもない。


 「キセトを一番最初に人間にしたのはぼくさ。キセトに人間の言葉と文字、文化や決まり事を教えたのはぼく。さぁ、思い出してみて」


 「……!? あぁっ!! 外見変わりすぎだろ!」


 椿としての記憶の最後と、エイスとしての記憶の始めに出てきた晶哉似の男が、確か玲と呼ばれていた。だが、連夜が思い出せなかったのも仕方がないことである。記憶の中の「玲」は晶哉似、つまり童顔ではあったものの、長身で男らしい見た目をしており、更に声もその外見から推測される年齢にしては低かった。もっと口数が少なかった男であったし、行くな、と叫んだ余裕のなさは目の前の余裕しかない女男とはかぶらない。


 「姿はね~、あまりにも石家って感じがしたから変えたんだよ。魔法って便利だね~。ぼくはキセトにあるおまじないをかけた。本当にただのおまじないだけど。そのおまじないは今でも効いてる。これがぼくのちょっとした悪戯。で、どうしてぼくの所に来たのかな? エモーションを集めるならさっさと集めたらいいじゃない。駄目だったの?」


 「いや、最終的に元に戻すための術式の確認をしたい」


 晶哉がメモ用紙を広げた。連夜には分からないが、術式に必要なものが書き込まれているらしい。


 「はぁ~~? あのね、晶哉クン。今更それをぼくに訊くの? 馬鹿なの?」


 「念のためだ!」


 「んー、まぁ、うん。そうだね。変に戻されても困るものね。答え合わせしてあげる。でもその間連夜君を拘束するのは時間の無駄だよね? 在駆君、連夜君をシャドウ隊本部に連れて行ってあげて。そこにエモーション居るから。英霊君はここでお休みね」


 行きましょうか、と在駆もやけに素直に従った。それほど玲と一緒にいるのは嫌らしい。連夜が最後に見た室内の様子は、英霊がココアのおかわりを貰っていて、玲がやけに分厚い書物で晶哉の頭部を叩いているものだった。


 「……晶哉と玲って仲悪いの? 兄弟なのに?」


 「隊長が兄弟にどのような夢を持っているかは知りませんが、仲良い訳ないでしょう。期待されてその結果能無しだった長男と、期待されていないのに過度に厳しくされた教育を受けた結果長男の代わりにしかなれなかった次男なんですから。そもそも、先生が十歳の時に勘当された時、晶哉君はたった二歳ですよ。兄弟としての記憶なんてないと思います」


 「えっ、そんな年上なのか!?」


 「ぼくの十二歳年上ですから……隊長の十歳年上ですよ」


 えーと連夜が不満そうに声を漏らした。現在の中世的な玲の見た目では、どう見ても連夜のほうが年上だからだ。魔法で作っているとはいえサバ読み過ぎではないだろうか。


 (石家ってそういう奴多くない? マスターもあれ女装に魔法使ってるんだよな?)


 元の姿というより、男と女という境すら嫌悪した友人を想う。晶哉もそうだが、連夜には石家に生まれた者たちがやけに生きづらそうに見えて仕方がなかった。それは他人から見た自分の姿であるとも気づかずに。


 「シャドウ隊には二人のエモーションが居ます。一人ずつ対処しますか?」


 「そうしたいな。えっと、順番で言うと?」


 「エモーションにわざわざ名前なんて付けてませんよ。黒獅子ではないほうです」


 「わかった、楽なほうが先なんだな、行こうぜ」


 連夜が先を指す。後ろからは玲の叱咤の声が聞こえてきている。おそらく、石家の長男としての教育を受けた玲のほうが、勘当された身でありながら石家の術について詳しいのだろう。時折、その術式混ぜるつもりだったの!? などと呆れが混じった声がした。任せておけばよさそうだ、と連夜は早々に後ろから注意を背けた。

 在駆は連夜が指した方向しか見ていなかった。連夜からすれば在駆という男はそれほどキセトに拘る理由もなさそうに見える。


 「お前は、何のために協力するんだ? 不知火鴉に監視しろって言われたからついてきてるだけか?」


 「ぼく? ぼくですか? ……そうですね、母親に会ってみたいと思うのが一割、命令されたから八割です」


 「残りは?」


 「ふふっ」


 バカらしい、と在駆が自分自身のことを笑う。残りの一割について、在駆が連夜に答えることはなかった。

 

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