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023

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 北の森の夜は寒い。いくら扉を締め切ったとしてもどことなく冷たい空気が部屋に流れ、家の主だろうと客人だろうと関係なく暖かい布団を思わせる。日が沈む頃の寒さなど序の口で、本当の寒さが深夜にやってくることを北の森の民たちは知っている。だからよっぽどのことがない限りはすぐに布団に入って眠るのだ。次の日の朝、気休め程度であれ雪を溶かす暖かい日の光が差し込むまでは。

 だが、静葉はそんなこと私には関係ない、とばかりに憤っていた。扱いに怒っていたとも言える。


 「どうして私も同じ部屋なの!? 英霊君と一緒っていうならまだわかるわ! でも篠塚も連夜も一緒だなんて! 火をつける油がもったいないなんて言うんじゃないでしょうね。不知火にだって電気が通ってることぐらい知ってるわよ」


 「できるだけ小さい部屋でできるだけ詰め込んで寝ないと寒くて寝れないぞ。暖房なんていつ壊れるかわかんねーんだし。英霊、オレの布団は入れ。子供は体温高いから丁度いいや」


 連夜が正しいと言わんばかりに暖房器具がおかしな声をあげ、稼働音を消した。晶哉はちらりと暖房器具を見たがすぐに布団にもぐり直した。その態度が慣れっこだと言わんばかりで静葉の癇に障る。英霊までもが連夜に従って、連夜の布団に入ったので静葉の怒りは拗ねに変わった。


 「寒いし雪ばっかりだし、つまんない国ね」


 静葉が漏らす言葉に誰も答えない。

 晶哉からすれば「つまんない国」は事実ではなかったが言い返すつもりなどなかった。この恵まれない環境の中にある国に生きる人々が、その原因に両帝国を思い、そして憎んでいることを明日羅人の静葉に言っても、晶哉と静葉が険悪になるだけだ。キセトを元に戻すために協力してくれる相手の機嫌を損ねたくはなかった。

 連夜は自分の故郷を思っていたから答えなかった。不知火よりも分厚い雪が地表を覆い、不知火より風が強いために寒く感じる故郷だ。そして連夜自身も「つまらない国」に故郷を充てていた。連夜は原因が羅沙や明日羅にあるなどとこれっぽっちも思っていなかったが、豊かな国で育った外国人にそう言われると腹が立つというものだ。だが、それが外国人たちのせいではないことも連夜は理解していた。だから、黙っておいた。静葉はここではただの外国人だ。


 「オレ、ちょっとトイレ~」


 静葉が何か文句を付け加える前に連夜はそういって客人に貸し与えられた部屋を逃げた。

 連夜たちがこの家に案内されてから今まで、家長であり在駆の父親でもある駆我は連夜たちの前には現れなかった。在駆が部屋に案内し、食事ができただの風呂が沸いただのは使用人らしき者たちがやってきて伝えた。この楼という家について連夜はほぼ何も聞かされないままお邪魔している。

 事前に教えられていた手洗いへ行く廊下とは違う廊下を歩く。なんとなく、そちらに目的のものがあるような気がした。そして、こんな時でも連夜の勘は正しい。もう布団に入っていてもおかしくない時間だというのに、部屋に明かりがついている。障子から見える影は二人分だった。


 「夜分にすまないな、駆我」


 「いえ、鴉様。せっかくお出でいただいたというのにこのような姿で申し訳ありません」


 「いや、本来なら眠る時間だ。何もおかしい姿ではない」


 連夜は障子に自分の影が映らない場所で足を止める。鴉の声はあの優しい声だった。不知火の民へ向ける慈悲深い「王」の声なのだろう。対する駆我の声も、そんな「王」が我が家にいることが最高の誉れであるかのように感じさせる、よい「配下」の声のように連夜は感じられた。


 「お話を聞かせてくださいますね?」


 「駆我。時津家についてお前自身はもう区切りをつけられたか?」


 「……名も顔も思い出せぬ私の妻の一族ですか? 私はその一族に居る彼女を愛したのではありません。そのはず、なのです……、思い出せませんが。ですからその一族について、私が思うことはありません」


 「お前の息子が、お前と同じようにその一族の女性を愛したとしても?」


 「それは……、そうですね、それこそ自由というべきなのではないでしょうか。時代も変わりました。今はそれほど国籍を無視した恋愛に抵抗のある人々も減ってきているように思えます。少なからず、雫様と明津君の影響もあるでしょう」


 駆我の声に伺いを立てるような色が加わった。実の娘である不知火雫の名が出たからか、それともその娘の夫の羅沙明津の名が出たからか、また違う理由なのか、連夜には推測した。キセトを認めていない鴉のことなので、その二人の関係も認めていないのかもしれない。自身を馬鹿だと認める連夜はそれ以上の推測はやめておいた。決して事実に近づくことはないと悟ってのことである。


 「私はそのような恋愛の形も否定はしていない。ただ多くの事件が二つの家を原因として起きた。無視はできまい?」


 「ではやはり、時津の街が滅んだのは我が一族に揺さぶりをかけるためだったのでしょうか? それだけのために何百という人を焼き殺したのでしょうか?」


 「そうだというしかあるまい。駆我、忘れるのではないぞ。羅沙将敬(まさのり)も羅沙(える)も、そんな命令は下さなかった。羅沙皇帝の、羅沙大栄帝国の決断ではないのだ。愚かな人間はどこにでもいる。愚かな者たちが権力を握ることもある。力を手にすることもある。我々にできるのは自らの愚かさを自覚し、少しでもその愚かさを露呈せずに生きようとすることだけなのだ」


 言い聞かせる鴉の声は本当に優しい。そしてその優しい声は恨むなよと、厳しいことを駆我に突きつけている。駆我が弱々しく、しかし明確に了承の返事をした。楼の家を動かしているのは駆我の意思なのだろう。楼家を揺さぶろうとしたということは駆我の心を揺さぶろうとしたことだ。自分の意思を変えるためだけに殺された人々に謝罪でもしているのかもしれなかった。

 鴉の影が立ち上がる。おやすみ、と優しい声を最後に影は実体になり、連夜の前に現れた。


 「……寒いぞ」


 連夜の予想通り優しい声ではなかったが、その優しくない声は連夜を気遣っていた。昼にあった時ほどには攻撃的でもない。そして鴉の声がそうしたのかと勘違いするほどいい時に冷たい風が連夜の足元を通った。


 「慣れてる。これでも葵の出なんで」


 「そうだな。葵はもっと寒い風が吹く。盗み聞きなどしようと思えないほど寒い風が」


 「偶然通りかかったんだ。聞こえる声で話してたのはそっちだぜ?」


 「……そうだな」


 鴉はそれ以上話すつもりはないらしく、連夜の背にある戸に向かって足を進める。連夜はじっと鴉の顔を見た。キセトには似ていない。キセトは明津似なのだからそれも当然か。紅の瞳がまっすぐと前を向いている。鴉の決意のようなものがそこから感じ取れた。


 「なぁ、なんで目、赤いの?」


 鴉の顔が見えなくなってすぐに連夜は聞いた。相手は不知火本家の人間だ。赤色の血族――羅沙か明日羅の貴族――と混血とは思えない。


 「突然変異だよ、若いの。私の時代ではこの目でひと悶着あったさ。私は頭領になるべきではないという意見もあった。今より伝統を重んじる時代だったんだ」


 「でも頭領にはなった」


 「言っただろう、伝統を重んじる時代だったと。第一子が後を継ぐという伝統を誰一人破ろうとは言い出せなかったのだ」


 「伝統を重んじる時代だったから、キセトが許せないのか? 混血が」


 「……違う。あとあれ(・・)を私の前でキセトと呼ぶな」


 キセトへの拒絶を言い残して鴉は去って行った。

 鴉が混血を嫌っていないのは確かなのだろう。もし嫌っているとしたら連夜に対してもその憎悪を向けるはずだったし、キセトの弟であるイカイにもそうだ。だが、鴉はイカイを次の頭領として認めているし、連夜に対して理由なき敵意を示さなかった。ただただ、キセトだけにその憎悪が向けられているように思える。驚くべきことに羅沙皇帝だった二名の名前を口にした時ですら、キセトの呼び名を訂正した時ほどの憎しみは篭っていなかったのだ。

 勘によっての収穫に連夜は満足し、与えられた部屋に戻った。一人、居るべき人物が居ないが、連夜がどうにかできることではないのだろう。自分自身のために行動する者を止める権利は連夜にも、誰にもない。


 「静葉どこ行ったかだけわかるか?」


 「在駆先輩の部屋の場所聞いてきたから教えたら出て行った」


 布団の中から晶哉が不機嫌な声で答えた。ここでしばらくの間、静葉の愚痴を聞いていれば不機嫌にでもなるだろう。


 「はー、若いねー」


 連夜を若いのと呼んだ鴉の顔を思い浮かべながら連夜は呟く。漆黒の髪がやけに艶めかしく歩くたびにサラサラと流れていたことだけ、キセトに似ていると今更ながらに気付いた。焔火キセトは確かに不知火鴉の孫なのだ。キセトはあの人が確かに祖父で、家族であることを知っているのだ。記憶の中で見た、鴉の声に従う少年もまたそれを知っていたのだろうと連夜は思った。どんな扱いを受けても、キセトにとっての「初めての家族」はそれほどの価値を持っていたのだろう。連夜ですら繋がりを見出したのだ。実際に繋がっているキセトには、切れない何かを感じ取れたのだろう、と。

 布団にもぐってすでに眠っている英霊を抱きしめる。自分はこんな風に誰かに抱きしめられて眠ったことはなかったと連夜は振り返った。寂しく孤独でちくちくとした痛みを伴う極寒の夜、連夜はいつも一人だった。そしておそらく、キセトもそうだったのだろうと思った。隣に居る晶哉も、違う部屋にいる在駆も、そうなのだろう。そして、誰もそのような独りになりたくないと思っていただろう、と連夜は振り返る。


 「でもアークには静葉が居るもんな」


 だからあいつはもう大丈夫。

 連夜は安心しきって眠る英霊を見習い、自らを安堵で満たして目を閉じた。寒くない夜はすぐに終わった。


 

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