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021

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 たかどのという家に対し、在駆が思い描いていた像は大きく三つある。

 一つは父の人物像そのもの。堅物だが身内には甘いところもあり、親しみを持てる頭だろう。

 一つは不知火という国の姿。周りからの干渉を嫌い、内側の力を伸ばすことしか見ていない。

 もう一つは、自分自身。母が居ないというのにこの世に生まれ、理由もわからないまま存在し続けている。

 在駆が思い描いている楼はそういうものなのだ。内に篭る、古いというだけで始まりもわからないまま、不知火頭領からまかされた仕事のためだけにある家。


 「若様!」


 「稽古場に入ってくるなといったはずだ」


 寒い風が在駆の体に当たる。稽古用の胴衣では北の森の風は耐え難い。


 「若様。港に若様の客人を名乗る者たちが……。一人は石家の若様で、あとは銀髪やら茶髪やら白髪の子供やら、様々です」


 「晶哉君……、まだ君は諦められないのですね」


 ――大切なものを。報告者を無視して在駆は呟いた。そもそも、楼家の「若様」である在駆がどのような態度を取ったとしても、そのものが不平を言う権利はない。

 在駆は考えた。この家を離れて過ごした、羅沙での日々を。その面々ならば銀髪は連夜、白髪の子供は英霊、そして茶髪は。


 「通さなくともよい。ぼくが港へ行く。船を港に着かせたか?」


 「いえ、付近の沖にて包囲しております」


 「分かった……」


 沖まで接近を許した時点で、向こうには連夜がいるのだからこちらの敗北だろう。攻撃をしてこないということは、やはり。だが在駆には分からない。焔火キセトという厄介な、存在そのものが厄介な者がいなくなったのになぜ蘇らせようとするのか。もうそのまま眠らせてやるのが彼を知る身近だった者たちの役目ではないのだろうか、と。彼を知らない者が彼の力だけを欲するあまりの行動と同じを、彼の傍に居た者がすべきではないだろう、と。


 「港内までは案内しろ。だが港には着けさせるな」


 「かしこまりました」


 使いが稽古場を出ていく。稽古で掻いた汗が急に冷えたような気がした。それはこの地に吹く極寒の風のせいではないことだけは確かだ。


 「時津静葉……」


 ぼくをどうしたいのだ、と心にある彼女にアークは問うた。いないはずの母と同じ、いないはずの母と同じ、いないはずの母とおそらく同じ。


 「時津の、女。ぼくが好きなヒト」


 どうすれば、貴女を忘れられるのだ、と。


 当の静葉は船から見える海と、その上に浮かぶ船を眺めていた。警戒されているのは晶哉と連夜であって、静葉と英霊はおまけのような扱いを受けている。特に連夜に足しては戦場で「銀狼」の恐怖を見たものたちも居るらしい。船と船の距離は十分なはずだが、静葉の耳にもヒソヒソと話す声が雑音として届いていた。


 「……私の知らない世界ね」


 静葉は明日羅帝国の人間だ。ナイトギルド、つまりは羅沙で過ごしたのも二年という短い時間だけ。それ以外は明日羅の中だけで生きてきた。だから、この北の森という世界がわからない。


 「お久しぶりです、峰本連夜。そして、石家の嫡子殿」


 知らない世界に生きる在駆は、静葉の知らない声で知らない人物に見えた。在駆は静葉を見ない。英霊のことも見ていない。周りの不知火人たちと同じように連夜と晶哉だけを警戒している。


 「在駆先輩、話をしようぜ。できれば土の上で」


 「不知火本土に貴方たちを招くとでも? 攻撃の意思はないのでしょう。このまま引き返してください。羅沙にでも、……明日羅の滅びた街にでも、ね」


 最後に在駆は静葉を見た。確かに見た。静葉の知らない嘲笑いの表情で。


 「それでいいのかよ。こっちは在駆先輩の事情を解決する材料がある」


 「事情ですか。私情で不知火本土への侵入を許すとお思いですか?」


 「在駆先輩は許すさ」


 「……晶哉君。ぼくがその女に未だ想いを抱いていると思っているんですか? 認めましょう。ぼくは母のことについて一生をかけて向き合うのでしょう。ですが、母のこととその女は関係ないですからね」


 在駆の冷たい目が静葉を舐めるように眺め、言葉の無意味さを悟ったかのように刀に手をかけた。


 「抜くのか。こっちには元銀狼がいる」


 「そうです。ナイトギルド隊長、峰本連夜は脅威です。彼は立場など考えず、不知火人を容赦なく殺すでしょう。ですが、ここに居る者の勤めです。命を懸けて侵入者を阻む。負ける負けないではないのです」


 晶哉が連夜を振り返るが、連夜が武器を取る様子はない。いや、そもそも連夜は武器を携えていない。素手であろうと連夜なら負けないだろうが、今武器を取らないのは戦闘を行う意思がないという主張だ。

 なら晶哉は違う角度から在駆を攻めなければならないだろう。


 「その刀で時津静葉を斬れるのか」


 「斬ります。不知火の敵ならば」


 不知火人である晶哉はその言葉を聞き飽きていた。不知火では敵とは殺すものだ。罪があるから殺すのではない。敵だから殺すのだ。

 敵だから殺す。その思考の停止がさまざまな助かる命を捨ててきていることに、誰だって気づいているのに。


 「私情って切り捨てていいのかよ……。本当にいいのかよ、好きな女だろ!」


 「晶哉君。いつまで夢を見ているつもりなんですか? 副隊長、いえ、焔火キセトは死にましたよ。夢を見るのはやめましょう。この世界は戦争がある。どの国も自らが王になることに必死です。どの国も負けるつもりなんてありません。そして勝つのなら、敵を排除しなければならないんです。敵にね、好きも嫌いも、男も女も、そんなものないんですよ」


 平行線の言い合いの横で連夜は沈黙を守っていた。この状況で連夜は存在するだけの抑制力だ。不知火と葵の戦場に立っていた連夜は、不知火の中で「化物」の印象が強いからこそ出来ることだ。逆に言えば、現在行動しない連夜の発言は重視されていない。連夜の行動だけに意味があり、連夜の主張自体は彼らに必要ない。


 「ね、連夜。私の話なのに凄く冷めた心で聞いてるのっておかしい?」


 「いいんじゃねーの? お前に響かない言葉のやり取りにわざわざ真剣にならなくても」


 「……連夜は人を好きな気持ち分かる? 恋愛の意味で」


 「わかるよ」


 意外な答えに静葉が連夜を見る。わからないだろうと思って聞いたのだ。一緒に悩んでその答えを出して欲しかったのかもしれない。

 だがわかるというのならその答えを聞こうではないか。


 「どういうことが好きってこと?」


 「好きでもない奴に語り聞かせるのは恥ずかしいことだっての」


 「私はアークを好きだと思う?」


 「それをオレに聞くなよ、ずるいぞ」


 「ずるいのはどっちよ……」


 連夜が悩むそぶりを見せる。わざとだろうが視線を逸らしている。男はずるいわね、と呆れを示した静葉だが、そっぽを向いた連夜の耳が赤いことを発見してしまった。思わず声が漏れる。


 「耳真っ赤……」


 「う! うっせぇ!」


 連夜らしくない焦った声。振り返った連夜の顔は赤い。彼らしくない余裕のない態度に静葉は笑いをこらえられない。静葉は謝罪も、静葉のほうがずるかったという事実も込めて連夜に笑ってみせた。


 「連夜ったら! 何余裕なくしてるのよ、らしくない!」


 「うっせーな……。恋の話とかするもんじゃねーよ」


 「私に決着つけろって言ったくせに」


 「オレを巻き込むな」


 人の恋愛に首を突っ込むなんて、と連夜のぼやき。まだ顔が赤い。

 気まずくなったのか、連夜は睨みあう在駆と晶哉に視線送る。話に進展はなさそうだ。


 「本土に入れるわけにはいきません。エモーションも、貴方たちの前につれてくるわけにはいきません」


 「できませんできません。そればっかりなら、こっちもやり方を変えないとな」


 在駆だけではなく晶哉も己の武器に手を伸ばす。互いに睨みあって嫌悪をぶつけ合う。そんな中、大丈夫だから、と誰かが言った。だから武器は地面にでも置いておいて、と声は続ける。

 その声に対する反応は不知火側のほうが顕著だった。はっきりとした嫌悪が示されている。


 「こわーい、睨まれちゃったよ、ぼく。さて、みんな元気だったかな?」


 こんっと連夜たちの船の屋根に、誰かが降り立った音がした。独特の挨拶で不知火側と晶哉はその正体を察するが、連夜や静葉、英霊にとってはさっぱりわからない。


 「彼らを不知火本土へ招待するように、ってさ。在駆君、頭領の命令に逆らうのかな?」


 「頭領はまだ若い。海の国境線について、たとえ頭領といえど楼家に独断を押し付けようというのなら――


 「あっ、まちがーえたっ! 頭領じゃないや、命令したの。やだなぁ、ぼくったら。古い考えが残っちゃうね。今の頭領はあの若いイカイ君だったんだ。ぼくの年齢層だとさぁ、頭領といえば鴉様で、鴉様といえば頭領だからまだ間違っちゃう。だから訂正も受け入れてよ、鴉様がその一団を客人として迎えなさいって言ったんだ。わかるかい? わかるはずだよ、だって君は優秀だから」


 「鴉様がっ!?」


 不知火側に明らかな動揺が走る。不知火鴉という名は未だ絶対の影響力ならぬ支配力があるのだ。葵、明日羅が一度、羅沙に至っては二度、王を変えている中、一代で不知火を守ってきた実力者だ。最近になって代替わりしたものの、頭領として成熟した鴉と、成り立てほやほやのイカイ。代替わりなど形だけのことだと、不知火の民全てが知っていることだった。


 「在駆君。いいのかなー? 確認もせずに鴉様の命令に逆らっても。いいのかなーいいのかなー? ぼくはいいよ? 困らないもの。確かに伝えたからね」


 「……確認する時間は、ありませんね」


 「そうだねー、ないね」


 「証明するものなど持っていないのでしょう。どうせ、嘘なのでしょう」


 「嘘かもしれないね。だから何? 本当だったら、命令違反だよ」


 「港へ……、ご案内します」


 「やったね」


 屋根を蹴る音。連夜たちの目の前に降りてきた男は切りそろえられた髪を揺らして連夜たちを振り返る。いや、その背丈や顔はどこまでも中性的で、声も男と思えないほどに高い。その男か女か判断に困る相手は、こんにちは、と明るい声で挨拶をしてきた。


 「初めましての人もいるね。ぼくは世界一の医者。そしてキセトの担当医だった男さ。あっ、よく勘違いされるんだけどちゃんと男だからね。さてさて、峰本連夜君。体は大丈夫かな? 二年も経ってるからどうってことないんだろうけど、一応ね」


 「は?」


 連夜が素っ頓狂な声を上げるのと、英霊と静葉が連夜を見るのは同時だった。この男(自称に過ぎないが男であるらしい)と連夜は知り合いなのか? と。連夜の知り合いなら、静葉と英霊が気を許すには十分な理由となる。


 「あぁ、君は意識がなかったから覚えてなくて当然なのか。ぼく、君を治療したんだよ。もうやだなぁ、自慢とか恩を押し付けてるみたいに取られないかなー。無事なら無事でいいんだけど!」


 「傷? あ! マスターとかの」


 「マスターかどうかは知らないけど羅沙の石家の件ね」


 切り揃えられた髪を揺らして、場を仲裁した男は連夜に手を伸ばす。触れるか触れないかのところで手を止め、うんうん、と満足げに頷いた。


 「大丈夫そうだね。回復おめでとう。自分の名前が嫌いでね。敵意がないということだけ言っとくよ。鴉様ったら、人使いが荒いんだから。ぼくが案内することになってるんだ。船、動かすよ」


 その宣言とほぼ同時に連夜たちの乗る船が進む。目の前にある在駆たちが乗る船に当たろうが当たるまいが、この男には関係ないらしい。静葉たちが誰もいない操縦席と目の前の男を交互に見る視線を、その男は楽しそうに見ていた。


 「峰本君、そして時津さん、かな? あとは……おやおや、小さな子供まで。とりあえず、ようこそ、黒の国、不知火へ」


 他の船が慌てて避ける中、連夜たちの乗る船が港の桟橋に衝突する音が響いた。


 

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