019 ――つかの間の邂逅――
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
休憩時間の間、連夜は英霊を連れて明日羅城を見学していた。英霊は初めて見るものに対して嬉しそうに飛び跳ねて回っている。内気な英霊にしては珍しい姿だ。
「転ぶなよー」
連夜の声掛けも虚しく、大きな音を立てて英霊の体が冷たい床に倒れこむところだった。あーあ、と呟きつつも、英霊を起こしてやる。英霊は転んだことすら喜びの一部であるかのように、にっこりと笑っていた。上を見たついで、とばかりに天井を指さして叫ぶ。
「峰本さん! 峰本さん、あれ何かな!? 天井に大きな大きな光がぶら下がってるよ!」
「あれは魔法の一種で照明にしてるんだろ」
「じゃ、あれは? ほら、窓から見えるよ! あのおっきな塔は何?」
「塔は塔じゃないのか……、ホントだ、でけー」
二人揃って天井を見上げたり、窓に走り寄ったり、見える建物を指さしては突拍子もない想像を働かせたりして楽しんだ。
まだ幼い英霊はもちろんこと、連夜も初めて見るものばかりなのだ。心の正直な部分では楽しんでいた。連夜が幼少期を過ごした一面雪しかないあの光景より、いろいろ入り乱れる光景のほうが子供心ながらに楽しいものである。
「峰本さん! 峰本さん!!」
英霊が何かを見つけるたびに連夜の名前を呼ぶ。見つけたものを指さして、こっちこっち、と心底楽しそうに呼ぶのだ。やはり連れてきてよかった、と連夜も嬉しくなる。
「すっごいですね、ここの廊下、金色ですよ!」
「おー! なにこれ、まさか全部金か?」
「前見て! 前見てください、峰本さん! すごい! きれいな夕日が丁度あの大窓で区切られたみたい! この廊下も夕日の光で金色になってるんだ! すごいです!」
英霊が指さす方向に壁にかけてある絵にも見える美しい夕日と、その光に当てられて輝く廊下。いや、その光はどんな絵具でも表現できないのだから、あれは絵ではないのか。
「すごいすごい! 龍道にも見せたかったな!」
「………」
連夜は見たことある光景だと思った。実際にこの廊下に立ったのは初めてなのだから、英霊と同じ感動がこの胸にはあるはずなのだ。連夜の感性が英霊と同じならの話だが。
それでも、この黄金の美しさを連夜は知っている。もっともっと、とても近くで見たことがある。
「峰本さんの髪みたいだね!」
連夜の地毛の色が持つ意味など知らない英霊の素直な感想が答えだった。
そうだ、自分自身の髪の色だ。明日羅を象徴する、夕日色そのもの。
「あぁ、綺麗だな」
じっと夕日を見ていた英霊と連夜だが、その人物の登場には英霊が先に気付いた。その人物が隣に立っても連夜はまだ気付かない。意図的にその存在を認識しないようにしているかのように、ずっと夕日を連夜は見つめる。
「縺夜……」
英霊は初めて聞く種類の声だった。それは母親の愛に溢れた声だったのだが、英霊はそんな声を聴いたことがない。だからその声を対象である連夜の反応を注意深く観察したのかもしれない。自分がそんな声をかけられた時のために。
その愛に比べ、連夜の表情は冷たい。夕日を眺めていた、優しさや温かさに満ちていた連夜とは別の表情を母に向ける。
「久しぶりね」
「会いたくなかったけどな」
「そんなこと言わないで……。その顔をもっとちゃんと見せて、縺夜」
連夜の顔に添わせようとする母の手を、連夜は振り払う。連夜は自らの母に、高々と「己」を名乗った。母が求める息子ではいられなかった自分自身のありのままを。
「オレは峰本連夜だ。明日羅縺夜でも、葵縺夜でもない! 羅沙でギルドの隊長してる、身勝手でスゲー強い。それだけだ!」
今更母親ぶるな、とその言葉は飲み込む。その言葉は、目の間にいるこの女性に母親でいて欲しかったというようなもの。それは連夜のプライドが許さなかった。
英霊の手を掴み、連夜は大股でその場を離れる。まともに母の姿すら見なかった。そうしなければならないとすら思っていたのかもしれない。
連夜の大股についていけなくなった英霊がまた転ぶまで、連夜はまっすぐ早く歩くのをやめられなかった。さすがに英霊が転んでしまったことに対しては悪く思い、立ち止まって英霊を立たせてやる。
「大丈夫か? 悪いな」
「ううん……。峰本さん、峰本さんはママが嫌い?」
「前にも言ったろ、英霊。オレのママはいい人なんだ。たーーくさんの人にとってとってもいい人なんだ。でも、オレにとっていい人じゃない。オレのママはオレのママである前に、みんなの王様だからな」
「みんなの、オウサマ?」
「そう。みんなの王様。オレだけのママじゃない。オレのママで居ることも出来たんだけど、それでもあの人は、みんなの王様であることを選んだ人なんだ。だから、オレもさ。あの人の息子でなんて居られないんだよ」
「……大変だね」
英霊という自分が守るべき対象だと思っていた者に同情されたからかもしれない。それとももっと単純に、誰かにそう言って欲しかっただけなのかもしれない。普通の母と父が欲しかったのかもしれない。家族の愛情に飢えた自分を慰めて欲しかっただけなのかもしれない。
ごめんなと、一言断って英霊の肩を借りることにした。声は殺して、頬を伝う涙は抑えることなく流す。
きっとオレはあの手を取りたかったのだろう。ただ、意地が邪魔してそれが出来ないだけなんだろう。
「峰本さん……、僕、僕ね。誰にも言わないよ。峰本さんが我慢してたことなんだもん。僕が台無しになんかしたりしないよ。だから、無茶しないでね? 僕は、知ってるから」
我慢してたんだね、偉いね。
英霊はそういって連夜の頭を撫でた。自分がキセトにそうされて嬉しかった過去を思い出す。純朴な英霊にとって、連夜にその言葉をかけない大人たちの心は分からない。大人同士だから、連夜が強者だから。そんなことは子供の英霊に関係ない。
英霊のその小さな手ならあの愛を素直に受け取れたのだろうか、と連夜は思う。何も英霊なら、という話ではない。自分がもっと幼ければと思ってしまう。意地など捨てて、ただ両親を心にあるがまま求められたのだろうか、と。
連夜がその口で大嫌いと言った両親のことを、この世で最も認めているのもまた連夜なのだと、連夜自身はそう思っていた。認めているからこそ、認めるわけにはいかないのだと意地を張るしかなかったのだと、そう思っていたのだ。