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017

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 目覚めた時、連夜の気分がいいとは言えなかった。連夜の腕には誰かに掴まれていたような感覚が残っている。あの後味の悪い記憶を覗いてしまったことは、なかったことには出来なそうだった。


 「……晶哉、質問していいか?」


 「なんだ」


 短く帰ってきた言葉には、出来るだけ感情を排除しようとした努力が見える。それに気づかないフリをする優しさを、この数年で連夜は知った。


 「毒病の実験、お前も受けたのか?」


 「お前のところのやぶ医者は見抜いてたぞ。あの髪をハーフアップにした小娘だ」


 蓮のことだな、と連夜は呟く。晶哉を見ると苦しそうな表情で石のペンダントを握っていた。その姿が、記憶の中のサードに重なる。あえて記憶のことについて追及するつもりのない連夜は、晶哉のその癖も、記憶の中の晶哉についても言葉を発しない。ただ自分の質問だけを投げる。


 「お前とキセトで症状が大きく違うみたいだけど、それは何でだよ」


 「注入された量の問題……なんだろう。正確にはわからない。それに、この石のペンダントが毒病を抑える力もあることになってるらしい」


 ペンダントを握る手とは逆の手で、晶哉が首元を押さえる。そこに毒素を入れられたのだと連夜と瑠砺花にも分かった。気のせいか、晶哉の顔色が悪い。


 「キセトはあの時、死にそうだった。まさに死のうとしたいたのだと思っている。それでも次に会った時には平気そうだったんだ。その間に何があったのか、おれは知らない」


 毒素を入れられた直後の様子は連夜も見ていない。エイスがあえて連夜には見せないという選択をしたことを、連夜は大切にしたい。そのときの様子を連夜は知るべきではないのだ。


 「ねぇ、ショー君。ショー君も知らないのに次のエモーションをどうやって探すのだよ?」


 「あてはある。毒病の症状を抑えられる医者なんて限られてるからな。不知火にいる、腕だけは確かな奴だ」


 不知火にいる医師を訪ねるとなると、次の目的地が不知火になるということだろう。

 だが次の目的地の前に、連夜にはまだ不思議に思うことがある。記憶の中で見るキセトの変化についてだ。


 「キセトが……、お前の知ってるエイスが何を望んでいたのかとかさ。ぶっちゃけ今からすれば昔の話だ。関係ない。でも、そこからだと思った。あいつは最初から間違ってたけど、その間違いを見ないフリしだしたのはその時からだ。あいつはあいつで、周りに受け止められてたって知らないと戻ってきても変われない」


 「見ないフリというより本当に気づいていなかったんだろう……?」


 「そこなんだよな」


 連夜が無遠慮に晶哉を指差す。そこが疑問なんだ、と声を張って叫ぶ。


 「あいつは『鴉様』の言葉に洗脳されたように考え方を変えた。あいつにとって『鴉様』ってどんな存在なんだよ。オレ、あんまり不知火に詳しくないけど、たしか不知火の頭領だろ、鴉って」


 羅沙生まれ羅沙育ちの瑠砺花も連夜の質問には答えられないが、ここで瑠砺花が話を遮った。奴隷管理所の管理者たちの目があるから、と。話ならギルドに帰ってからすればいい、と。

 晶哉は瑠砺花の言葉には応えず、すれ違いざまに、ギルドで話すと連夜に言ってから晶哉は去っていった。連夜も瑠砺花の言葉には素直に従って出口を目指す。


 「ねーレー君。何を見たのかは聞かないのだけど、キー君はどうなの? レー君から見てどんな人生だったのだよ?」


 「あー……、んー。オレから見て? そうだなー、辛い人生かな。一言なら」


 「やっぱり辛いのだよ?」


 「でもキセトを見て想像するよりかは幸せなこともちゃんとあるぜ。あいつは幸せを体験した上であんな性格になった。それが不思議なんだよなぁ」


 オレはさ、と連夜が話を続ける。

 瑠砺花は口を挟まなかったが、連夜が自分の過去を語るのは初めてのことだった。


 「親が嫌いで反抗的な態度ばっかりとってた。まぁそれも大嫌いな親、主に父親と傍にいなきゃいけないから不幸だー! って思ってたし自分が悪いとは今も思わないんだが。でも、人並みに恋を経験したり、尊敬……はともかく目標とする師匠に出会ったり、オレみたいな奴でも叱ってくれる人と一緒に過ごせたり、幸せだったと思うこともある訳で。そういう幸せもあるから『気に食わないこともあるけどまぁいいかなー』って思う訳だよ」


 恋、とそこだけ瑠砺花が繰り返す。連夜は、そう、恋、ともう一度繰り返した。


 「人並みかどうかは別だけど紛れもなく恋だった。むしろあの時の感情が恋愛じゃないなら、オレの誰かを好きになる感情ってのは周りと違うんだろうな。初恋は実らないとはいうがまさにその通りだ。恋だと思った瞬間に終わるとかいう青春を過ごしたんだぜ、オレも」


 「もう終わってるの!?」


 連夜に並々ならない感情を抱く瑠砺花のことの言葉に嬉しさが篭ってしまったのは仕方がないことだろう。連夜はその嬉しさを敏感に感じ取って少しふてくされてしまったが。


 「なんで嬉しそうなんだ! 失恋話なんですけど!?」


 「ご、ごめんなさいなのだよ」


 「いいけどさー。流石に実の妹に、ってのはオレでもダメだと思ったね」


 「え、妹?」


 「そう、妹」


 瑠砺花が立ち止まり、連夜も自然に立ち止まる。黙ったまましばらく向き合った。

 目で互いに質問しては肯定すると繰り返した後、瑠砺花が心ここにあらずといった様子で再び進みだしす。連夜は何がそこまで不思議なのか理解できず、その後をくっついて歩く。

 そのままギルドまで帰ってきて瑠砺花は何も言わず自分の部屋に引っ込んでしまった。呼び止める理由も無いはずの連夜だが、ほんの僅かに失敗してしまったような感覚にとらわれる。


 「おかえりなさい、連夜さん。どうかしましたか?」


 廊下で突っ立っている連夜を食堂から出てきた蓮が見つけて声をかけるが、返事がない。


 「連夜さん」


 「あ!? あ、あぁ……。ただいま」


 「おかえりなさい。どうかしましたか?」


 同じ言葉を繰り返して蓮は返事を待つ。蓮から聞きたいこともあるのだが、もし連夜の言葉を遮ったら連夜は言いなおしてくれない人だ。


 「……あれ、あれー?」


 「連夜さん?」


 「蓮、すっげぇ間抜けな相談していいか?」


 「いいですよ、笑ってあげますから」


 「女のこと考えてこう、胸が詰まるような逆に暖かくなるような変な感じになって、その女が不機嫌そうだと嫌な気分になるのって風邪ですかね?」


 「はい、風邪です。最近の風邪は怖いですからね。馬鹿でもかかるので気をつけてくださいね。それで連夜さん、篠塚さんがギルドにいるのはなぜですか?」


 「キセトを蘇らせようだってさ。一応、協力中」


 軽く流されたが、そんなことはいつものことだ。これが恋心であろうとただの仲間への想いであろうと、蓮には関係ない話である。

 だが連夜にとってキセトの件も蓮が軽く流したのは意外だった。


 「お前、恋愛感情冷めた?」


 「何のことでしょう。でも、そうですか。キセトさんは蘇るんですね。そのお話聞きたいです。私も食堂に居ていいんですよね?」


 「まぁいいけど、つまんない話だぜ。あぁ、龍道と英霊も呼んできてくれ」


 「分かりました。すぐに呼んできます」


 それだけ言うと本当に階段のほうへ廊下を進んで行ってしまう。連夜は不可解なことが続いた気持ち悪さを抱きながら食堂に入った。よう、と晶哉が声をかけてくる。


 「不知火鴉がキセトにとってどういう存在か、でいいんだよな。それを正確に表せる自信はないが、聞かれた分は返す。おれは協力してもらってる立場だ」


 「話が終わったら不知火に行くことになるんだろ? 龍道か英霊連れて行くぞ。直接見るにはいい機会だしな」


 「連れて行っても無事に連れて帰るかどうか、分からないぞ」


 「だからどっちかだけだ」


 「……分かった」


 さて、と晶哉が席を立つ。記憶を見たお前なら知っていると思うが、と丁重な前置きがされた。連夜の前の前の席にまでくると、連夜に座るように促した。連夜が座ってから晶哉も座る。


 「不知火鴉はキセトを兵器として育てた。不知火の生物兵器として」


 連夜が見た、剣を握ることすら怪しい幼子がそうだったのだろう。不知火鴉に兵器として育てられている途中のキセトの姿だったはずだ。


 「今の頭領は不知火イカイ。キセトの弟。だが、その前はずっと不知火鴉が頭領を務めていた。今も不安定といえるだろな。名前としてはイカイが頭領だが、実権を握ってるのは不知火鴉だろう」


 「んで、だ。育てるってのもあれだけどさ、頭領が兵器育成なんかしてるんだよ。やっぱり実の孫だから温情か?」


 「……温情があるなら兵器なんかにしないだろ。それに、これは不知火に住み、鴉様を知る多くの者でも疑問に思っていることだがなんだが、不知火鴉はキセトを決して『キセト』として認めてない」


 「はぁ……。どゆこと?」


 キセトはキセトだ。羅沙明津が自分の息子のために考えた名前で、その息子以外の誰がその名を名乗るというのだ。不知火鴉はキセトの何を認めていないというのか。


 「キセトを自分の孫だと言ったことがない。不知火雫の息子として認めたことも、羅沙明津の息子として認めたことも、不知火イカイの兄として認めたこともない。不知火鴉は『焔火キセトは生まれた日に死んだ』という主張を続けてる。確かにハーデュラス川……、大人でも落ちれば死ぬだろうといわれる極寒の川に落ちた赤ん坊が生きてるなんておかしいことだが、事実として生きてるんだ。

 真っ向から否定しないだけで、全員不知火鴉のそういうところを不思議に思っているだろうさ。特に古株連中はな。不知火鴉は、いや、ここは不知火出身者として鴉様と言おうか。鴉様は不知火で友好的な感情を持たれていた支配者だ。歴代の中でも肯定的な支持者が多い頭領だろう。今までの功績もある。長年連れ添った者たちから何にも代えられない信頼を得ている。今、あの人がキセトへの対応を周りから責められないのも過去の栄光やそこからくる信頼のおかげだろう」


 「明らかにキセトなのに認めがらないし、周りから見ても不審だと。でも今までが今までだからおかしい人って訳でもない、と?」


 「そうだな。周りが指摘しない理由としては、キセトもその対応を受け入れているということもある。不知火鴉はキセトと顔を合わせても道具扱いするが、キセトはそれを嫌がる素振りを見せたことがない。それどころか自主的に頭を下げて、不知火鴉の命令は忠実に守ろうとした。なぜか、っていうのはよくわからない」


 連夜は記憶の中で鴉の言葉に光を見出した子供を見た。そう、なぜか、なのだ。なぜかあの言葉が正しいと判断するのだ。連夜はそれがなぜか知りたい。


 「なんか推測でもないのか? キセトが不知火鴉に従う理由」


 「おそらくでいいのなら、キセトが初めてであった肉親だからじゃないか? 不知火鴉は認めてないが、キセトからすればそれなりに親しみもあっただろ。ただでさえキセトは自分が敬意を抱いた相手のいうことは何でも聞くからな」


 それは連夜も否定しない。羅沙鐫に共に仕えた日々も、キセトが命令違反を起こすことはほぼないと言えた。誰かに命令されることに安堵すらしていたように連夜には見えたほどだ。

 それに記憶の中のあの少年は言っていた。縛ってほしい。縛られたら何も傷つけない、と。命令されることで自分の中にある莫大な力を制御して貰っているつもりにでもなっていたのだろうか。

 そもそも、キセトはそこまで自分の中にある力を恐れていたのだろうか。恐れていたのは他者と違う自分自身であり、命令されることで同じように「命令されて動く大人たち」の真似事をしていただけではないのだろか。


 「はー、分かった。不知火鴉に直接会って聞くしかねーってことがな。どうせ行くことになるんだ」


 今ここで連夜が考えても意味はない。キセトを蘇らせた後の話だ。キセトが変われるかどうかの話など。

 そもそも連夜は未だ賛同はしていない。死んだ後に蘇るという化物に友人をしたくないという気持ちは最初から変わっていない。

 だが記憶体をすべて集めない限り、連夜の友人は完全に死ぬことすら出来ないのである。それもそれで、彼は人間とした死んだという認識が間違っていることになってしまう。記憶体を集めること自体は、連夜も本気になっていた。

 だが、いざ記憶体を集めるとなると、ほぼ鎖国状態にある北の森にどうやっていくことの方が目の前の問題と言えるだろう。


 「なぁ、不知火の港ってどこにあるんだ? 葵から入って不知火に入るのか?」


 「葵の国境線は石家の領域だからやめといたほうがいいだろう。港から入るつもりで考えている。港を管轄しているのは炎楼家、在駆先輩の家だ」


 だから、と晶哉は声を小さくする。言いにくいのだろう、続きが出てこない。


 「アークの家だから、なんだよ」


 「……在駆先輩を利用すれば中に入ることは可能だろう。在駆先輩に付け入るとしたら、その……」


 幻女が、とそこで晶哉の声が途切れる。

 晶哉が言う「幻女」とは時津静葉のことだ。キセトに感じた嫌悪を理由にナイトギルドを去った女性である。現在は明日羅で暮らしているはずだ。


 「明日羅に行くのかぁ」


 連夜が独白する。

 自分の母親が支配する国であり、連夜に懐く従妹がいる国である。同時に、連夜を忌み嫌う叔父の居る国であり、連夜を快くは思っていない民が多いだろう国だ。


 「明日羅翡翠の代表的な御付が時津嵐だ。とりあえず時津嵐を尋ねれば幻女の居場所も分かるだろう?」


 「そーだなぁ。それに静葉には静葉に、アークにはアークに、それぞれ清算したい過去だってあるだろうし」


 二年前にこのナイトギルドを去った二人。その二人は恋人同士だったはずだが、その関係がどうなったかは連夜すら知らない。


 「……分かった。不知火に行く前に明日羅に行こう」


 連夜の気は進まないが、そうするしかないのならそうするしかない。母親に顔を合わせることにもなるだろう。

 子供を連れて行って場を誤魔化そう。龍道は無理でも英霊を自分の子だとでも言って話題を逸らそう。英霊なら後天的だが髪が白いので連夜に似ているといえなくもない。そもそも羅沙の一族のように家族だからといって顔のつくりが全員同じになるほうがおかしいのだ。


 「よんだかー!?」


 元気な子供の、龍道の声が扉が開く音とともにする。後ろには英霊の姿も見えた。


 「おう、お前ら。明日羅と不知火に行くことになった。どっちかだけだ。どっちが一緒に行きたい?」


 「どっちかだけ!? えー、俺は不知火に行きたいなー。父ちゃんと母ちゃんの故郷なんだろ! でも明日羅は興味なーい」


 「英霊は?」


 「僕は、その……明日羅に行くなら時津さんに会いたいです。僕、言わないといけないことあるの」


 言わないといけないこと。英霊が静葉に言わなければならないことなど、連夜たちに心当たりはない。そもそも英霊は人付き合いが苦手で、ナイトギルド隊員と言えどもあまり交流はなかったはずだ。

 連夜、晶哉、そして隣にいる龍道から疑問の視線を送られて、英霊がたじろぐ。だが、黙ることはなかった。


 「パパは言わないほうがいいって言ったの。パパがそういうから言わないでいたの。でも、僕は僕なりに考えて、いわなきゃいけないと思ったんだ」


 あのね、と英霊ははっきりとした口調で連夜に告げる。英霊がパパと呼んでいた男、キセトが黙っているように言った内容を、こっそりと。



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