016
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
※注意※
直接的な描写はありませんが幼い子供と大人の性行為を示す表現があります。性別も明記しておりませんので同姓とも取れます。
あくまで直接的な描写はありませんので年齢制限はつけておりません。
不愉快に思われる方は速やかに目次ページへ戻ってください。
――――
連夜が再び顔を上げ八人の子供の生活を眺めている間に、記憶は数年過ぎたらしい。エイスは不知火において守られる象徴である長髪になっている。ファーストとセカンド、サード以外はエイスと同じように髪を伸ばしていた。
「エイス、ほら、まとめるから来い」
「ねぇ、ファースト。髪切りたい」
「だめだ。まだエイスは八歳だろ。十二になるまでは我慢」
「えー! サードは十歳だけど切ってる!」
「サードは石家の生まれだからいいんだよ。それにサードまではお前らを守る側としての義務があるの」
エイスが切れるのは四年後だなーとファーストは笑って言った。釣られて自然な笑顔をこぼすエイスを連夜は可愛らしいとも思った。
だが、子供の可愛らしいだけではない、美しいと評価される顔を手に入れたエイスに割り振られた仕事を連夜は目にした。艶かしい空気に鼻をつまみたくなる臭い。なにより連夜の感覚がそれを拒絶する。一夜体を売ること。それは連夜と一緒に帝都に来てからのキセトも行ったことだったが、そのときとコレは決定的に違う。エイスはこんなことを望んでいない。
驚くことに普段の黒く染められている髪ではなかった。エイスの髪は元の色に戻されていて、顔を見れば何を売りにしているのか連夜にすら分かる。奴隷管理所の職員たちは「明津様の顔」をした幼い奴隷を売り物にしていたのだろう。たった一夜、弱い幼子の姿をした明津を手中に収めることができる。それは羅沙の貴族たちにとって甘美な響きとなるらしい。
連夜はその記憶を眺める間は深く考えないようにした。奴隷でもエイスでもなく、明津の代用品、いや明津の劣化品として求められていたその記憶をキセトのものだとは言いたくなかった。
エイスはその押し付けられた仕事について仲間たちに一切語らなかった。醜い手で触れられた髪をファーストに梳かしてもらう。いやらしい手で触れられた体でセカンドと遊ぶ。相手が望むままに喘いだ口でサードと話す。罪悪感だけ貯めて、一切打ち明けなかった。
仲間に知られたくなかった。仲間で居続けたかった。たった、それだけなのだろう。
連夜は呆然とその生活を眺めていた。特に変わったこともなし、重労働によって徐々に弱っていく子供たちを見ているしかなかった。そのような生活の中でも「お兄さん」であり続けたファーストやセカンドを尊敬もした。弱者を切り捨てず守る姿に感動すらした。それは連夜には出来なかったことだ。強者として他を切り捨てるしかで出来なかった連夜には何年掛かっても作れない光景だろう、と。
それでも、それが過去で。この光景が崩れ去ることを連夜は知っている。
キセトはエイスのままではいられない。再び取り戻した笑顔をまた失う。そして晶哉も、ここで笑っているサードのままではいられない。それも連夜は知っている。呆然と見ながら、せめてこの終わりが幸せであること祈った。
この世界の神とやらはよっぽど賢者の一族が憎いらしい。連夜の祈りははねのけられた。
大きな地震。逃げ出すファーストたち。そしてエイスだけが立ち上がらなかった。逃げようとしなかった。
エイスは帰りたくなかったのだ、あの雪の大地に。
エイスは心を持ったままでいたかったのだ、この自由がある大地で。
エイスは、みんなで居たかった。手に入れた仲間と。
「エイス!」
施設の魔法が解けたせいか、エイスの髪が元の色を取り戻し始めた。誰もが一瞬で理解するだろう、その空色に。
「サード……」
一緒に残ってくれる? 一人にしない?
エイスの心の声が連夜にだけ届く。空色の髪を見たサードは、石家の子は、己の定めを思い出してしまった。定めを忘れて笑っていた自分を空色に消されてしまった。
エイスの伸ばした手をサードは掴めなかった。
地震がおさまった後、瓦礫の中に奴隷が二つ発見された。連夜も瓦礫に紛れるようにしてその奴隷たちを見ていた。
一人は泣いていた。自分の定めをすべて理解した三番目の小さな子は泣いていた。
一人は眠っていた。なぜ友は自分の手を取ってくれなかったのか、理解出来ないまま八番目の子供は眠っていた。
その二人は近くに埋もれながらも決して互いに干渉しないように、埋まっていた。
エイスが目を覚ました時、白い屋根が見えた。故郷の雪のように白く、だからこそそこに赤色が見える気がする。そしてなぜか酷く動揺した。不知火に帰ったのかもしれないと思った。それが怖かった。自分の中に確かにある感情というものがあると知っている。術士だけに通じるものではなく、サードたちと心を通わせたとその自信がある。
「でも、サードは僕の手を取ってくれなかった」
どうしてか、それがわからない。心を通わせたと思ったのはエイスだけだったのだろうか。
「どうして」
「なんで」
「僕の何が」
「僕が」
真っ白い部屋が真っ黒に変わる。エイスの心を示しているのか、黒い闇が形を失い蠢いた。何も出来ないと知っていても連夜はエイスに歩み寄る。しかし、連夜がたどりつく前にエイスの手元に一筋の光が指した。まるで救いの光のように。そして闇は水のようなものに変化した。エイスが闇の水の中へ落ちていってしまう。
とっさの行動で、連夜は自分でもなぜそうしたか理解できない。それでも自らの本能に任せて連夜はエイスに手を伸ばしていた。これがエイスの記憶を見せられているだけれならその手は取れないだろう。しかし、連夜は確信していたのだ。こんな光景は現実に起こったことではない。必ずあの手を掴める、と。
「……アホか、お前」
腕をつかんで、水から引きずり出す。胴に腕を回してエイスを飲み込もうとする水から力尽く引きはがした。
「………」
エイスは何も言わない。ただ相変わらずエイスの目の前に指す光を見つめていた。
そして莫大な時間を掛けたあと、連夜には想像もつかない「原因」を見出したのである。
「あぁ、そっか。僕が持ってはいけない感情なんて持ったからなんだ」
サードに手を伸ばした。サードに対する信頼で。――信頼などしてはいけなかった。
不知火に帰りたくなかった。ここが幸せだったから。――望んだりしてはいけなかった。
「鴉様。やっと、貴方の言葉がわかりました」
エイスはそう言って祈る姿を取った。何に祈ったのか連夜にはわからない。
ただ、その原因が異様な思考で導き出されたものであるということだけは理解出来た。
「まるでその光に救われたみたいだ」
「だってそうだから」
「違う。それはお前を縛る言葉だ」
「縛ってほしい。縛られたら何も傷つけない」
「お前が傷つきたくないだけだ」
「そうかもしれない」
「なぁ、もっと、他の奴の声を聞けよ。晶哉……サードだってお前に手を差し伸べてくれる」
「聞きたくない」
「なんでだよ」
「その手はいずれ、ひっこめられる」
「あのなぁ。ここまで来てるオレにそれ言うか。恥ずかしくなるだろうが。ほら、手出せ」
「……振りほどかないとなぜ言える」
「振りほどかないなんていわねーよ。振りほどかれたくないなら相手の骨砕くつもりで握りしめろ」
「……離せなくなるんだぞ」
「上等!」
エイスが連夜の手を取った。連夜の言葉通り、連夜の骨を砕くつもりで強く握られる。
「それでいいんだよ、すぐ諦めんなバカ」
連夜が子供の頭を撫でる。俯く子供は、いつのまにか連夜の友に姿を変えていて、それでも大人しく撫でられている。流石に同い年の友人の頭を撫で続けるのも気まずくなり、連夜は手をひっこめた。それを合図にしたかのように、キセトは顔を上げる。
「待っていてくれるか。元に戻るまで」
「知るか。お前が追い付いてこい」
「……うん、すぐに追いつく」
エイスがありがとうと呟いた。その姿はまた子供のそれに戻っている。
そして、連夜の手を握った手が腐り落ちていく。知っていた。連夜は見たことがあった。腐る瞬間にエイスの腕に見えた痣のような斑点を。
「毒病……」
「そう、このあと、実験台として毒素を直接注入されたから」
「そうか。苦しかったのか?」
「きっと、焔火キセトが生きた中で、一番身体的に苦しかったはずだと思う」
「そっか。それをオレに見せないのは優しさか?」
「……僕さ、見ただけで吐いたもの体に入れられた。毒素ってそれぐらい気持ち悪くて怖くて恐ろしかった。だから、見せない。他人に体をもてあそばれるよりも屈辱的で、全く知らない手に触れられるよりも恐ろしく、知りたくもない他人の熱が伝わってくるよりも気持ち悪い。だから、見せない」
そういってエイスは、右腕から広がっていく腐りに飲まれて消えた。それが「エイス」の末路だったのだろう。その末路から救ったのは誰だったのだろうか。