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015

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 大人ですら身震いする寒さの北の森の大地で、その幼子は戦っていた。

 連夜が最初に見た光景は寂しい後ろ姿の幼子と赤い雪。後ろからでもわかるほど大きく肩を揺らし呼吸を荒げている。幼子は雪に身を投げるようにその場に倒れた。


 「冷たいと思ってはいけない」


 はっきりと聞こえた声は幼子のものだろうか。連夜は恐怖を覚えながら幼子に近寄る。いや、恐怖というよりは嫌悪だろうか。

 おそらく、この幼子がキセトなのだろう。体を雪に埋もれさせたまま、幼子は言葉を続けた。


 「感じてはいけない。感情はいらない」


 そう呟いて幼子は体を起こした。赤い雪の上に倒れたせいで体中が赤く汚れている。

 幼子の立ち姿以外が一瞬ぶれた。幼子が連夜を振り返る。連夜に読唇術の技術はないものの、幼子の口の動き方で何が言いたいのか理解できた。背景が建物に代わる。赤い雪は消えて、無機質な素材の建物の中で幼子は檻の向こうに立っていた。服が変わっていて身なりもそれなりに整えられている。

 部屋には幼子と中年の男が一人。中年の男は幼子の髪を荒々しく鷲づかみにすると、まるで呪詛でも唱えるように淡々と幼子に語りかけた。


 「感じるな。生きおうとするな。死のうとするな。望むな。無機質な兵器となれ」


 「………」


 不知火頭領の言葉に幼子は逆らわない。目を閉じて集中して聞いている。

 その異常さが連夜の感じた嫌悪の本だったのだろう。幼子の知識は連夜にも共有されている。幼子は目の前の中年の男が自分の祖父だと知っているのだ。目の前の男を祖父と知っていて、兵器になれ、という言葉に逆らっていない。

 それはおかしいことではないのか、と連夜ですら思った。まともな関係を家族と築けなかった連夜ですら。


 「感情などお前にはない。まやかしに囚われるな。自らの奥底に聞いてみろ。そこには何もない」


 「何もない」


 幼子はうっすら目を開ける。自分の胸の奥を透視でもするつもりなのか、じっと自分の胸を見つめていた。

 何もない訳ない。そこにあるはずなのだ。術士と笑いあった記憶も、これからある女性を愛する心も、自らについての苦悩も。すべてそこにある。だが、何もないと言う不知火頭領の姿は確信があるようだった。キセトはそういうものなのだと知っているように。


 「何も、ない……」


 連夜は違うと叫んだ。だが声にならない。連夜の感情に連鎖するように地面が揺れた。叫び声が聞こえた。バランスを失い、連夜が片膝をつく。現実に起きたことなのだろうか。それともこの記憶体が不安定なのか。

 連夜が地面から視線を上げると再び雪に覆われていた。幼子は両手に刀を持ち、敵を前に佇んでいる。


 ――行くな!


 叫んだのは連夜ではない。連夜が振り返ると若い男が手を伸ばしていた。何度も同じことを叫んでいる。


 「行くな、行くんじゃない!」


 「玲……」


 意外なことに幼子は若い男の抱擁を素直に受けた。刀を持つ手から力が抜けて今にも刀を落としそうになっている。


 「いいか、お前はまだ子供なんだ。幼くて弱くて守られる側なんだ。戦争なんて行かなくていい。このお前の小さな手で誰かを倒す必要なんてない。ここに居るんだ。ここに。いいか、分かったか?」


 「玲。でも行かなきゃ。このために僕は居るんでしょ」


 「違う、そうじゃないんだ。大人が間違ってるんだ。行くな」


 幼子以外にも同じ方向に大人が進んでいく。進んで、そして赤くなる。連夜は覚えていないが、これは連夜も当事者だった戦争だ。

 奪還戦争。羅沙明津と明日羅春を北の森から取り戻すための、不可侵条約を破っての戦争。羅沙と明日羅の合同軍の不意打ちに、葵と不知火は打つ手がなかったと記されている。明津は帰らず、春は明日羅へ帰還したという記録がある。不知火は明津を渡さなかったはずだ。なら、明津の子供であるキセトはどうなった?


 「行ってきます、玲」


 「ど、うしてっ……」


 キセトが本当に連夜と同い年だとすれば三才のはずだ。その手に刀を握ることすら困難な小さい体で戦場に出ようとしている場面になるのだ。若い男は、どちらが子供か分からないほど泣きじゃくって幼子を引き止める。

 それでも、幼子は若い男の手を振り払って戦場へかけて行った。


 急にあたりが暗くなる。強制的に視界が暗くなったのだと気づいて連夜は体を起こした。起こしてから、さっきまでは体が横になっていたのだと認識した。

 目の前に幼子の体が横たわっている。髪は黒く染められていて、瞳は瞼が閉じられていて分からない。首に奴隷用の首輪が付けられていた。何も知らず眠る姿は歳相当と言えたのだろう。


 「おはよう」


 「………」


 連夜が起きたタイミングで幼子も起きたらしい。幼子に笑いかける男の子が居た。幼子が次の言葉を選んでいる間に体が揺れる。連夜にはそれが船独特のものと分かったが、幼子はそうではなかったようだ。


 「ここ……、どこ?」


 「船。たぶん羅沙に捕まったんだと思う。ちょっと待ってて、なぁ! この子起きた!」


 男の子が振り返りつつ叫ぶ。彼の体が後ろを向くのに合わせて男の子が首に掛けたペンダントが揺れる。連夜はそれをどこかで見た気がした。

 連夜の視界が強制的に角度を変えた。視界が無理やり幼子に合わされたようだ。その視線の先には子供が六人集まって座っている。


 「起きたか。体痛くないか?」


 「……なんともない」


 「立派だ。さすが不知火の子だな! 名乗りたいところなんだけどたぶん羅沙で捕虜扱いになる。それなのに親に貰った誇り高い名前を言いたくないんだ。難しいかもしれないけどさ、たぶん奴隷ってやつになる。さっき首輪みたいなのつけられたろ、そこにナンバーがあるんだ」


 幼子の視線の先で笑う子を賢い子だな、と思った。連夜がその首輪を確認するとそのリーダー格の男の子には一番と書かれた札がついている。


 「とりあえず呼び名は……一番、とか?」


 笑っていた子が笑顔を崩す。自分の名前に誇りを持っている。だから敵国の奴隷に落ちた身でその名を名乗りたくない。だが一番という道具としての特徴しかない呼び名も、好きになれないのだろう。

 連夜の中にある単語が浮かんだ。そしてその単語は幼子の口から漏れ出でる。


 「ファースト?」


 「ふぁ……って?」


 幼子がにこりと笑った。連夜ですら聞きなれないその単語は術士の世界で知ったものなのだろうか。幼子が誇らしげに昔の言葉、と説明する。


 「一番ってより名前っぽいかも。ファーストか。それで頼む。できれば八番まで教えてくれよ」


 「二番はセカンド、三番はサード、四番はフォース、五番はフィフス、六番はシクス、はセブンス、八番はエイス、かな?」


 「聞いたか、自己紹介だ」


 リーダー格の男の子がファーストと名乗った。幼子を入れた八人の子供のうち一番の年長らしい。

 次に元気な男の子がセカンドと名乗った。フィフスと兄弟なのだと笑う。

 幼子に目覚めの挨拶をした男の子がサードと名乗った。フォースの弟なのだと言って身に着けていた石のペンダントを握った。

 サードのすぐ後ろに居た控えめな女の子がフォースと名乗った。サードの姉だと幼子と視線を合わせず言った。

 部屋の隅で蹲っていた男の子がフィフスと名乗った。セカンドはうるさいから気にしないでと苦笑した。

 二人で手を握り合う姉妹がシクスとセブンスと名乗った。何かに怯えているようで、どちらもほとんど話さなかった。


 「最後、八番はお前な。お前がエイスだ。この中で一番小さいみたいだから、何かあったらすぐ言うんだぞ」


 「……エイス。名前?」


 「まぁ、本名は心の中にしまっておくんだ。また不知火の土地に戻れた時に教えてくれ」


 本名どころか幼子には呼び名すらない。エイスという個人を示す名前が嬉しかった。術士の中で椿と呼ばれてた、あの幸せな時間に戻れた気にさえなった。

 幼子、奴隷エイスの羅沙での生活はこうして仲間と共に始まったのだった。


 奴隷として何事にも使えるように完全奴隷にさせられた。ファーストやセカンドと言った、不知火でそれなりの教育を受けていた年齢層はそれをとても嫌がった。


 「これ消えないよなぁ。焼印。何か魔力でも込められてるのか」


 「だろうな」


 「仕事しないと小さい子たちが罰を受ける。逆らう訳にはいかないよなぁ」


 「もう一年経つけどさ、ずーーーっと肉体労働。もう土掘るのも木を切るのも動物追いかけるのも飽きた」


 「………」


 ファーストとセカンドの愚痴を、寝たふりをしながらエイスは聞いていた。労働においてエイスは足を引っ張らなかったが、体力が無いことはどうしようもない。ファーストやセカンドといった体の大きな者たちに仕事が多く割り振りられるのは仕方のないこと。それでも、助けられていることがエイスは嫌だった。

 ただエイスにはほかの誰にもできない役目がある。労働場所へ移るまでの間、耳をすませて情報を集めることだ。


 「エイスー? なんかいいこと聞こえたか?」


 そしてエイスを特に気にかけてくれたサードが居てくれた。

 サードは何かとエイスのことを気に掛けてくれた。ファーストは全体を見ていて、セカンドはムードメーカーの役割として個人を見たりしない。サードが一番幼いエイスを自然に面倒見るようになったのだ。


 「地震が多いんだって。地震で施設が壊れると奴隷が逃げ出すかもしれないから警戒してるんだって」


 「それってさ、逆に言えば地震があれば逃げられるかもしれないよな!」


 「……ははっ」


 「な、なんだよ」


 「いや、サードの言う通りかもしれないね」


 日常を過ごす間、エイスは幸せだった。しかし、ファーストたちと違うことがある。それは不知火に帰りたいと思っていなかったこと。奴隷でもなんでもいいから羅沙に残りたいと思っていたことだ。帰れることに喜ぶ周りに馴染めない。


 「………」


 どのタイミングだったのか、連夜に意識が戻った。どこからか、完全にエイスとして世界を見ていた。連夜は改めてエイスがいた環境を観察する。そしてエイスが仲間だと思っている者たちも。

 このサードと呼ばれている少年が持っている水晶、連夜には見覚えがある。幼子の手と比べると大きく見えるが、それがそれほどの大きさではないことも知っていた。何度か、骨ばった大人の手がそれを握るところを見たことがあるからだ。


 (晶哉のペンダントだな)


 サードと呼ばれる男の子が何度もそのペンダントを握る場面を見た。このころからの癖なのか悩み事があると握ってしまうようだ。


 「サード、サードはお姉さんと仲いいの?」


 「ん、んー……。悪くないと思う」


  サードがまた結晶を握る。言いにくい事でもあるのか視線はエイスから逸らされた。連夜が回り込んでサードの表情を見るが、苦悩の色に染まっている。


 「そっか。僕、弟居るのに話したことないんだ。だからいいなぁって」


 「へぇ、エイスも弟居るんだ。不知火に帰ったら紹介してくれよ」


 「あっえっと……、うん、不知火に帰ったらね」


 この時のエイスは知らないのだろう。自分が賢者の一族と呼ばれる立場で、目の前にいるサードが石家の子だと。将来、自分を殺す定めを持っている子であると。


 (まぁ、定めとかどうでもいいか。実際、晶哉は殺すどころか蘇らせるために走り回ってるんだし)


 連夜が見る限り、それは友情だったように見えた。エイスとサードという立場であれば二人は友人だったのではないだろうか。キセトは連夜を唯一の友人とは言ったが、晶哉をどう思っていたのだろう。

 そして連夜はマスターのことを思い出す。石家と賢者の一族という関係でもあるが、確かに連夜の友人のマスターのこと。定めだからといってその友情を諦める気にはなれないのだが、キセトと晶哉は、エイスとサードは違ったのだろうか。


 「サードは優しいね」


 「優しいのはエイスだろ」


 そして目の前で笑い合う子供二人。少しだけ、晶哉がキセトに拘る理由を知った気がした。晶哉の中のキセトはこのエイスなのだろう。笑うことに笑い、悲しむことに悲しみ、辛い環境でも強くあろうとした年下の男の子。晶哉の中のエイスが現実のキセトの姿を打ち消していたのかもしれない。


 「でもなぁ、晶哉。キセトはこのエイスとは違うじゃねぇか。キセトは成長して、自分の強さを知ったんだよ。辛い環境なんてものすら弾き飛ばす莫大な力とどう向き合うか迷ってた。お前がエイスに接するようにキセトに接したって、気休めじゃねぇか」


 強いキセトは守ろうとしてくれる晶哉の存在が嬉しかったのかもしれない。それでも、キセトを見ての行為じゃないと知れば、どれほど悲しんだだろうか。


 「まぁ、キセトも晶哉も気付いてないのにオレが言うことじゃねーけどさ。それがお前らの友情なら文句なんて他人のオレがいうことじゃないけどさ」――でもそんな友情でいいのかよ。


 思わずそう漏らして自分の顔を手で覆う。ほんの少しだけ、連夜は自分の過去を振り返った。

 親が傍に居てくれた。――居てくれた? 邪魔だっただけだ。

 周りが連夜を一人にしないようにしてくれた。――してくれた? 縛りつけようとしただけだ。

 友達が――友達なんてキセト以前には作ろうとも思わなかった。


 「やっぱり、友情てそんな簡単なものじゃないと思うんだよな」


 見たくない。キセトの過去を知りたいとは思ったが、こんなふうにして見たいとは思っていなかった。言い訳がましくても何でもいい。見たくない。

 顔を上げないように意識して、体勢を帰る。体育座りをして顔をうずめる。

 

 顔を上げれば見えるのは、連夜も見慣れたあの笑顔だ。

 泣きたいとも死にたいとも、全ての感情を押し込んで。凝視していても見逃してしまうような微笑。キセトが帝都で見せていた、見ている側を辛くさせる笑顔だ。


 顔をうずめたまま、連夜は意識を手放した。

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