012
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
連夜がギルドに帰っても苛立った晶哉がいるだけで瑠砺花は帰っていなかった。晶哉が言うには一度帰ってきたがすぐに出かけて行ったという。
何がそこまで腹が立つのかと思うほど苛立っている晶哉の相手をする気にもなれず、連夜は食堂の一角にある畳のスペースに座る。あくまで瑠砺花に協力している態勢を変えたくない連夜として、晶哉と話すことなど何も無い。
「瑠砺花がどこ行ったか知ってるのか?」
「知らない」
それは相手も同じなのだろう。答える声はとても冷たい。
「……やっぱり気になるんだけどよ、なんで二年も経ってからオレんとこ来たわけ?」
「理由なんて無い」
「あっそ……」
二年という期間に晶哉は一つも記憶体を集めていない。もちろんエモーションと勝負して勝てなかったということもあるかもしれないが、不知火本土にいるエモーションについては晶哉が直接説得したほうが早いだろう。椿の時のように戦わずして説得だけで記憶体が集められることを知らないはずも無い。
「ちなみに、次はどこに行くんだ?」
「お前は協力しないんだろう」
「椿の分が終わったからサヨナラって言うならそれでもいいけど、お前はオレに黒獅子のエモーションを倒して欲しいんだろ。それなら黒獅子か? 不知火に行くのは嫌なんだけどな」
「……いや、順に集めるつもりだから黒獅子は後のほうだ。羅沙のエモーションが居ないとすれば黒獅子は最後のエモーションになる」
「順に、ってキセトがどんな人生を歩んだのか知ってるのかよ」
「詳しくは知らない。だが、次は知ってるんだよ。これからいくつか奴隷管理所を回るつもりだ」
「あぁ、キセトの奴隷時代が次なんだ~。へ~。で、なんでそこだけお前が知ってるんだ?」
「そのときに出会ったからだ。だからエモーションもおれを知ってるはず。手助けはいらない」
「あーはいはい、なら一人で行って来いよ」
しっしっと払うしぐさをする連夜に対し、晶哉は冷たい目で宙を睨むだけだった。何かに納得していない状態で、その何かは連夜に関することなのだろう。それを連夜に尋ねるまでギルドを離れないつもりなのだろうか。
「あのさ、聞きたいことあるなら聞けばいいじゃん。お前らって何も言わないくせに後から文句ありすぎなんだよ」
「……なら一つだけ聞かせろ。キセトの記憶体を差し出すつもりはないのか。お前が持って無くてもいいだろ」
「見たいのか? キセトの記憶」
「………」
この沈黙は肯定の意味だ。連夜としては誰の記憶が誰に求められていようが構わないのだが、今回ばかりは要望に応えるべきではない。わざわざ術士から警告を受けて、友人からも同じ内容の注意を貰ったばかりなのだから。
「無理。口外するなって言われてるし。瑠砺花ちゃんにすら話さねーよ」
「お前は!」
晶哉の怒りの籠った声と視線が連夜に向けられるが、声の続きは言葉にならなかったらしい。ここまで感情的になるとその思いを言葉にするのは難しいようだ。晶哉は自身で感情を抑え、抑えられた声で続きを言葉にした。
「……お前は、賛同していないんだろう。なら関わってくるな」
本来言いたかったことではないのだろう。自分の心を偽ったせいなのか、晶哉の視線は連夜から再びはずされた。
「お前が必死すぎるからこっちは不安なんだろうが。それに賛同してないからこそ渡さないんだよ」
「放っておいてくれ」
「そういうならさっさと行けばいいのに」
「……松本は協力してくれている。だから待っているだけだ」
意外な返答に今度は連夜が沈黙した。
それもそのはずだ。連夜が知る晶哉は仲間意識の薄い男だった。何も連夜の独断でそう思っている訳でもない。二年前に晶哉を初めて知った者たちならそう言うだろう。「一人で居たいタイプだ」と。
だが今連夜の隣に居る男は、あんな口約束だけで、しかも進んで結んだ約束でもないもので、瑠砺花と行動を共にするのは当然だと待っている。
「ただいまなのだよぉ~」
それを意外だと思ったのは連夜だけではないのだ。その証拠に帰ってきた瑠砺花も晶哉を見て驚きのあまり言葉を失っていた。
「ま、まだ居たのだよ?」
「悪かったな、待ってて」
流石に晶哉も自分の行動が意外に思われていることに気付いた。晶哉のあからさまな不機嫌さを連夜は無視し、瑠砺花は笑って誤魔化す。
「ごめんなのだよ~。でもまさかショー君が待っててくれるとは思わなかったのだし。それで、次はどこに行くのだよ?」
「……奴隷管理所だ。嫌なら嫌といえばいい。おれ一人でも行く」
嫌って言ったらそれでもいいんだ、と瑠砺花がまだ意外そうに零すので、晶哉はばつが悪そうに連夜も瑠砺花も見ないように顔を背けた。
「私は行くのだけど……、管理所なら帝都内なのだしレー君の護衛は必要ないのかもしれないのだよ?」
「帝都内なら普通にいらねーだろ。ならオレはギルドで待機っと」
それでいいの? という瑠砺花の視線を無視して連夜は自室へ向かってしまった。特に反対もされていないのだから、行くことも悪くはないのだろうが。
だからといって用事も無ければ瑠砺花の護衛という役目もない連夜がついて行くべきではないだろう。あくまで連夜は反対の立場なのだから。それに連夜の中にあるキセトの【椿】という記憶について、もう少し一人で整理しておきたかった。
「でもなんで管理所なのだよ? ほ、ほら、不知火にくろじし? のエモーションが居ることは分かってるはずなのだよ? そこから行けば……」
「奴隷管理所にも居ることは分かってる。不知火には二つのエモーションがあるんだが、羅沙にもそうだ。術士のところに居るエモーションと、そして奴隷時代のエモーション。確かに居るはずなんだ。おれはキセトがあの時代を無視するとは思えない……」
「まさかショー君と知り合った時だから、とかいう理由なのだよ?」
「それは事実だが理由ではないさ。あの時代はキセトが一番普通とやらに近かった時代だろうからだ。一番幼いからという理由で守られ、子供だから好き嫌いが多く、楽しいから笑い、辛いから泣いた時代だからだ」
「まぁ確かに、キー君がその普通だった時代を無視するとは思えないのだけど……」
エモーションが居ることに疑いはなくなったが、全く違う疑いが瑠砺花の中に浮かぶ。
そこまで「普通」に「人間」であれたキセトは、何をきっかけにあそこまでずれてしまったのだろうか。何か劇的なことがあったのか、少しずつ狂ってしまったのか。
「……ショー君、その時のキー君はどんな感じの子供だったのだよ?」
「笑っているし楽しそうだけど、他人と距離を置く子供だった」
その姿がすぐに浮かぶのは、瑠砺花がその姿を見たことがあるからだ。キセトのその姿ではないものの、同じように笑いながらも距離を置く子供の姿を。
それは瑠砺花の実の妹だった。家族にすら距離を置いて、遠くから笑っている。それが瑠莉花だった。
(なんでだろう。キー君の過去が分かる度に瑠莉花のことを思い出すの。なんで、瑠莉花とキー君が重なるんだろう)
キセトと瑠莉花では、その身を置いた環境が違う。それはもう、大きく違いすぎると言っていいぐらいに。
術士と共に過ごしたというキセト。冷たい目で瑠砺花を見てきたエモーション。
離れて過ごした空白の時間を語らない瑠莉花。再開した時の瑠莉花の喜びではないなにかが詰まった目。
奴隷として異国で過ごしたキセト。他人と距離を詰めたがらない仮面の笑み。
共に奴隷として売られた瑠莉花。過酷な環境でも笑って姉を支えた妹。
どことなく、なんとなく、瑠砺花の中で二つの像が重なるのだ。
(瑠莉花を殺したのはキー君かもしれない。キー君と瑠莉花の間に何があったのだよ?)
それを知るために進んでいる。そしてその理由が見えそうになる。
目的が果たされようとなる度に、瑠砺花は言い表せない重い感情を抱くようになっていた。
(私はキー君に対して強い拒絶感を抱いている。それでも、キー君は自分から私たちに近づいてくることがなかったから傍に居るだけならできた。キー君に抱いていた拒絶を瑠莉花にも抱いてしまいそうだから、似てると思いたくない……のかな)
事実としてキセトと瑠莉花が似ているということ。それを受け入れる覚悟が瑠砺花には無い。
瑠莉花は大切な妹で、キセトはその大切な人を奪ったかもしれない人だ。似ていると、それが事実だと分かっていても、瑠砺花には頷けない。それは瑠莉花が大切であればあるほどそうなる。大切な妹だからこそ奪った相手が誰であろうと憎く、その憎い相手と大切な妹が似ているなどと思いたくない。
一人、立ったまま悩む瑠砺花をしばらく見ていた晶哉だったが、強い決心と共に立ち上がった。行くぞ、と瑠砺花に声をかけてナイトギルド本部を出る。浮かない顔をしたままだがしっかりついてくる瑠砺花に、晶哉は安堵していた。
「悩みとか、誰だって持ってる。悩み抜けよ。悩むことから逃げると途端におれたち人間は自分たちらしさを失うからな」
「どーゆことなのだよ?」
「悩みはいくら辛いものでも捨てちゃいけない。……キセトは人間だ。それをおれは譲るつもりはないけど、あいつは自分の悩みを捨てた。その時から、キセトは人間らしさを失ったような気がする。自分で悩むべきことを人に任せて平気な面して生きてきたから。もしキセトが無事に元に戻ったら、おれはあいつに悩ませるつもりだ。解決できるまでな。おれも、あいつを手伝う。解決できたらまた次の悩みが生まれるんだろう。それも手伝う。おれだって、何も覚悟しないであいつを元に戻すつもりはない。あいつが悩み続けられるようにおれだって手伝い続ける覚悟をした。その覚悟に、おれの覚悟のために、二年もキセトを待たせた。だから、今おれは焦ってる」
そこで区切り、晶哉が瑠砺花を振り返る。確かにその瞳には決意のようなものと、瑠砺花たちが最初から感じ取っていた焦りがあった。
「おれ一人でやれば、焦ったまま間違うだろう。それを、今おれ自身も悩んでる。このまま突っ走っていいのかって。だから、誰かと進んでいきたい。おれの間違いを正す役目を担って欲しい。もう一つ理由がある」
「わ、私がそんなこと出来るのか分からないのだよ。それにもう一つって……?」
「どんな理由だろうと、キセトが元に戻った時に、お前が帰ってくることを望んだのはおれだけじゃないって言ってやれるようにだ。あいつが帰ってくるためにこんな面倒なことしてくれる奴が一人でも居てくれるなら、一緒にやりたい。おれの落ち度でキセトに手を差し伸べてくれる奴を失いたくない。……だからといって、そのために協力してくれる奴らを追い込むつもりも無い。松本が何かに悩んでいるならまだおれは協力してくれるお前の危険信号は逃してないってことだろ。一人で手に負えないと思ったら言ってくれ。おれにできることなら手伝う」
「………」
そうか、と瑠砺花が心の中だけで呟く。
晶哉をぶっきらぼうに感じていたのは、瑠砺花たちが晶哉のこの面を知らなかったからだ。キセトのためにここまで献身的になれること、キセトのためという最終目標があればそのために他の誰かに手を貸すことを厭わないこと。
その面を知らない瑠砺花たちが、晶哉をぶっきらぼうだとしか思っていない瑠砺花たちが、突然こうした面を全開にした晶哉と接すれば戸惑うのも当然だったとやっと納得がいった。
瑠砺花が黙って晶哉と並ぶ。横に居る晶哉も無言で歩き出した。