011
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
「こんにちはー」
この家に呼び出し鈴はついていない。最初はついていたそうだがいたずらが多くなって外したそうだ。
第二層と第三層を隔てる壁の第三層側に寄り添うようにある家は、キセトが買った家で今は明津・雫夫妻が住んでいる。これほど近くに神といわれた存在が住んでいたら、いたずらではなくとも訪れたくなるだろう。
しかし、瑠砺花は亜里沙のことを聞きにやってきたのだ。いたずらにこの夫妻の生活を邪魔しに来たわけではない。通してもらわないと困る。
「瑠砺花ちゃんじゃない、どうしたの? 龍道が何かしたかしら?」
まだ四十六歳と若い祖母は孫の名を一番に出した。息子について話されるなど夢にも思っていないだろうに。その息子だって二年も前に死んだはずなのだ。
「いえ、キー君のことなんです。今、キー君のことでまた、その、動きがあって」
「キセトの……?」
少し悩む素振りを見せて雫は後ろを振り返った。家の中にいるだろう自分の夫に考えが行ったのかもしれない。
「いいわ、上がって頂戴」
「お邪魔しまーす」
二年前、瑠砺花が引っ越し作業を手伝った家だ。そのときに引っ越してこの家に来たのは亜里沙とキセト、そしてその息子の龍道だったのだが。
家具などは出来るだけそのままの形で残されている。そして、未だにキセトと見間違うほど似ているキセトの父がソファーでくつろいでいた。
「久しぶり」
「お久しぶりです。あのっ、知ってますか? エモーションとか、えっと、記憶体とかの話なんですけど」
「石家の術にそういうのを生みだす術があるのは知ってるけど、生で見たことはないな。それで、まさかキセトがその術で記憶体に分かれたとかいうのか?」
「えっと、そのままなんです」
自分がしたわけではない。それでも瑠砺花の口からはとても言いにくいことだ。なんどもえっとと繰り返してしまう。瑠砺花から言い出すのもおかしい話だからだ。最もキセトを求めるのは龍道や、今瑠砺花の目の前にいる夫妻といった彼の家族のはずなのだから。
「あの、石家の生まれた訳とか、ルーフ? って人のこととか、明津さんと雫さんは知ってたんですか?」
「知っているわ。私は私の父から、明津は明津の父から聞いていたでしょう」
「十歳の誕生日にな。口承だったから一晩かけてじっくりと」
「キセトやイカイには伝承できていないけれど、イカイはお父様から聞くでしょう。キセトだって文献を調べないまま放置するような子じゃないはずよ。それがどうかしたのかしら?」
「え! あ、今のは余談です!」
「なら本題に入ってくれないかな」
つまり自分たちが術士から進化しただけの生物であると知っているということだろうか。それだけではなく、先祖が術士と交わって出来た一族だと知っていたということだろうか。
それなら、自分たちが周りと少々違っても受け入れられたのだろうか。キセトが悩む姿も、無知故に悩んでいると思っていたのだろうか。
(キー君だって、血族そのものが周りと違うと知ってたら、もうちょっと気楽に考えられたんじゃないのかな)
教えてあげればよかったのに、とは言えない。彼らはキセトが何について悩んでいるのか知るのが遅すぎた。教える時間すら彼らには無かった。
瑠砺花はその話題については口を閉ざすことにした。そして、今回の本当の目的のために口を開く。
「……記憶体のことも知ってるんですよね?」
「一人の人間を記憶をベースに何分割かにして、その記憶に基づいた姿を与える術。その術を使った場合の一つ一つの個体をエモーション、基礎となった記憶を記憶体というのでしょう? そして今、キセトがそのエモーションに分かれているということまでは理解したわ」
「すっごい理解が早くて助かるのですぅ……」
「それだけだったら話は終わりだ。エモーションに分かれた個体は厳密にはキセトじゃない。その記憶に基づいただけの幻のような、生命体ではない何かだ」
「い、今、ショー君と一緒に記憶体を集めてキー君を蘇らせようって話になってて」
「……分かれた記憶体を繋げたという前例は聞かないけれど?」
「物事には最初があるもんだぜ、雫。それが実の息子だと気分はよくないがな」
この時点でこの夫妻がキセトを蘇らせることに好意的ではないと瑠砺花も分かった。だが話を断ち切るわけにはいかない。瑠砺花は亜里沙のことを聞きに来たのだからそこまでは質問しなければならない。
「えっと、それで何も知らないままショー君の言う通りにするのも怖いから、明津さんたちならもう少し術のこととかしらないかなーって思ってきたのだよ」
「連夜君はどうしたんだ?」
「レー君は賛成できないって。でも私がショー君に協力する際の護衛はしてくれるって言ってるのだよ。あとは石家に宛てがあるからそっちに行くって」
「はー……。元に戻すも何も、記憶を分割して個として確立させるんだぞ? 元に戻した時に二分割されてたら二人分の考え方が統合されるってことになる。分割数が多ければ多いほど負担が大きくなるんだぞ?」
「で、でもキー君が蘇ったら嬉しいと思わないのだよ?」
「生きていてくれたのなら嬉しいけどな。死んで蘇るのは別の話だ」
「で、でも……」
「ごめんね、瑠砺花ちゃん。冷たく思うかしら? 私たちはその道を捨てたとはいえ人の上に立つ者として教育されていたの。規定を大幅に超えるものはね、悪なのよ。それを受けいれてはいけないの」
その考え方はどこかで聞いたような気がする。誰かが異常に嫌っていた考え方に似ているような、そのような気がする。それを嫌っていたのは誰だったっけ。
「キー君でも?」
「息子が悪にされるぐらいなら俺は止める。蘇るなんて明らかに人間の域じゃない。どうせ無理だろうから何にも言わないけど、協力とかは期待しないでくれ。人間の域で暮らしていくことこそ、俺たちが教えられた正義で、俺たちが考える正義だ。賢者の一族は簡単に人間の域を超えられる。だからこそ、自らを律し、互いを制限しなければならない」
そうだ、この考え方は石家の考え方で、連夜の嫌う考え方に似ている。
石家と同じように人間の枠を超えたものを排除すべきだと言っていて、連夜が嫌うように規定に縛られている。縛られた結果、実の息子相手でも規則を緩めることをしようとしないのだろうか。
それが団体として生きていくうえで必要なことだと瑠砺花にはわからなかった。
「……あ、あの。亜里沙さんはどうなったのだよ?」
「あぁ……、龍道に言わないと約束できるなら案内するけど。父親を失って母親のあんな姿を見たんじゃ、大人でもショックでおかしくなるさ」
眠っている間に再会したばかりの息子を失った父親はそういって苦笑いを見せた。瑠砺花は明津の言葉に頷き、お願いする。協力してもらえなくても進むしかないのだから。
「ラガジ中央病院にいる。名義は俺の名前になってる。植物状態だが生きてる、って表現あってるのかな? 亜里沙ちゃんだって死体の一種にすぎねぇけど」
「中央病院……」
「一つ言っておくわ、瑠砺花ちゃん」
「?」
「キセトが蘇ったら知らせて頂戴。会うためじゃないわよ。この家を出なければならないから。死んだ者たちは死んだ者たちでしかないの。会えないわ。会ったら再び殺さなければならない。だって、私も明津も賢者の一族だから。この世界を統べる立場に生まれた者だから。統治の枠を出ようとする異分子は削除しなければならないのよ。でもね、情もあるの。実の息子を殺したくないわ。だから、会わないように協力して頂戴。会わなければ知らなかったと言えるから」
「てか連夜君も賛成してないんだよな。やっぱりできないと思うけどなー。死ぬべき時に死んだだけさ。二年前の戦争が本格化していたら羅沙も不知火も痛手を負ってただろう? なんだかんだと賢者の一族ってのは、統治する側であり、この世界を守る側なんだよ。キセトもその選択をしただけじゃないのか?」
二人がそう考えていることに対しては明確な言葉は無い。
しかし、連夜やキセトもそうであるといわれれば、瑠砺花は反論しなければならないだろう。血族としてではなく、ただ目の前に立つ人として二人を見てきた数少ない人間である瑠砺花は。
「レー君は、違うのだもん。レー君はキー君が人間でありたいと思ってたからこそ賛成しないだけなのだもん! レー君はキー君がそうなりたくないって知ってるからだもん!! レー君が勝手にそうしたくないって思っただけじゃないのだもん!! それにキー君だって、確かに戦争を止めるためだったかもしれないけど! それはキー君が賢者の一族だからしたことじゃない! キー君なら自分に力が無くてもそうしたに違いないのだもん!」
「……それも憶測に過ぎないでしょう? 憶測同士なのだから、ここで言い争いをしても無意味だわ。明津も余計なことを口にしないの。私たちは私たちが責任を持てることを口にすべきだわ」
「はーい。瑠砺花ちゃん、俺らは関与しないからそのつもりで。亜里沙ちゃんのほうにも自由に行けばいい。俺らの許可とかいらねぇよ」
「二年前と同じ気持ちになったのだよ。やっぱりあなたたちはキー君のこと、何も知らない」
こういえばこの夫妻は言い返せない。それが瑠砺花の経験で知っていた事実だった、はずなのに。
「自分の息子を愛する前に、私たちは世界を愛しているの」
当然だという顔で雫は言い切った。明津は同意を示して雫を抱き寄せた。
「あの時とは状況が違うのよ、瑠砺花ちゃん」
そして、瑠砺花には理解できない世界なんていうものを愛する夫妻は、自らの息子に関してこの言葉で断ち切った。
「国か愛かを天秤にかけて愛を取った私たちでさえ、世界か息子かを天秤にかけるのなら世界を取るのよ」
雫たちが見る「世界」を理解出来ない瑠砺花はその言葉に怒りしか感じなかった。
そもそも瑠砺花の世界というものは二年前まで妹のために存在した。妹が笑っていてくれる場所が世界だった。そこが具体的にナイトギルドという場所になり、ナイトギルドにはキセトと連夜が必要だった。そして瑠莉花が死んだとき、世界が妹からナイトギルドというものに変容していたのに気づいた。
世界とはナイトギルドでしかない。瑠砺花はそれ以上を知らない。そしてナイトギルドかキセトかという選択肢など成立しない。ナイトギルドそのものがキセトを含有したものだからだ。
「キー君は、どうしたいのだよ……?」
家の外に出て独白した。それしか出来なかった。答えてくれるはずも無い死人に尋ねるしか出来なかったのだ。