010
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
先に帰れ、と言われた瑠砺花は自分なりにキセトのエモーションについて調べだしていた。
連夜の言葉通り一度は帰ったから、と言い訳して外出している。それは裏通りの情報屋、志佳に会うためである。
「お酒持ってきたのだよ」
「やぁ、久しぶりだね。瑠砺花ちゃん。二年も前のことで申し訳ないが、瑠莉花ちゃんのことは本当に悲しい出来事だった」
裏通りの小さな木造の家。その中でベッドを置いたらいっぱいいっぱいの部屋に志佳はいる。瑠砺花にもベッドに上がるように指示して、瑠砺花の土産をさっそく開けていた。
「そんなことはいいのだよ。ねぇ、知ってるはずなのだよ。キー君とキー君のエモーションのこと」
「もちろん知っている。何が知りたいのかも知っているとも。だからちゃんと書類を準備したよ。まず目を通しなさい」
志佳が渡した書類は確かに瑠砺花の求めることが記載されていた。だからこそ、瑠砺花は相変わらず気持ち悪いと思う。
実は瑠砺花と志佳は、ナイトギルドができる前から顔見知り合いである。志佳はとても優秀な情報屋で、代金ではなく酒を求める。元フィーバーギルドの隊長だったために表の世界での知名度も高い。
「ねぇ、ここに亜里沙さんを訪ねろって書いてあるのだけど、亜里沙さんはどこに居るのか書いてないのだよ?」
「馬鹿だなぁ。亜里沙さんのことについて処理したのは誰だった? その人のところに行って聞けばいいでしょう」
「あっ、明津様?」
「そうそう」
なぜそんな者と瑠砺花が知り合いなのか。それは瑠砺花がナイトギルドに入る前の話になる。
志佳と瑠砺花は、一時期は上司と部下のような関係にあった。
志佳がまだフィーバーギルドの隊長をしていたころ、瑠砺花が入隊したいと訪れたことがあったのだ。それはキセトと連夜が出会ったばかりのころの話になる。もちろんナイトギルドも作られていない。
その時、志佳は確かに言った。『どのような形かはまだ幾つかの可能性があるが、この街に異色のギルドができることになる。君はそのギルドのほうが絶対にすごしやすいだろう。生きるためだけではなく、生きていきたいと思うものを見つけられるはずだ。だから正式な隊員にはならないほうがいい。仕事はあげるから、適度においで』
志佳は未来予知者ではない。現在の情報を集め未来を予測しているに過ぎない。だが、志佳のもとに集まる莫大な情報がその予測を外させないのだ。情報収集能力と情報読み取り能力において志佳は絶対的な存在であった。
「でもどうして亜里沙さんなのだよ……。生きていたとして亜里沙さんから何の話を聞けっていうのだよ」
「愛塚亜里沙、または不知火亜里沙はね、焔火キセトの人生を知っている。エモーションを集めるために有益だろう。特に他の者によって外側から見られた情報ではなく、焔火キセト本人が話したというのが重要だ。彼が自らの記憶に関してどこが伝えるべき要点なのか判断して話されたということだろう。エモーションに分かれた記憶を探すのも核になる記憶を把握してからのほうがいいだろうさ。彼が自らの人生を評価する核をね」
「んー……? 二頁目ってなんなのだよ、これ」
「それはおまけだよ。情報として渡したわけじゃない。情報から推測されることを書いただけ。予測でもない。本当にただの推測」
「『道』によってキー君と亜里沙ちゃんが繋がってるってどういうことなのだよ?」
「本来は死に人である『亜里沙』を生かすためにキセトが生命力を与えた。正しく言えば死の存在力を奪って、あふれ出た分の自分の生命力の存在力を『亜里沙』に渡した。その軌道はどこだろうと考えてみた結果だ。私は一度、焔火キセトの『道』に入ったことがあるのだが、本人しか存在できない場所に、侵入者である私以外が居た。あの異常性を考えたとき、焔火キセトの『道』には他人の何かがあるということになる。そしてその可能性として高いのは『亜里沙』だろう。……とまぁ、そんなことが書いてあるから気になるなら帰ってから読みなさい」
本当は『道』に居た影についてそのような簡単な者だとは思っていない志佳だが、この酒一本でそこまでの情報を渡すつもりもなかった。瑠砺花が素直に頷いたので追求もされないだろう。
「む、難しいのだよ」
「それで、そのキャラ付けはやめるのかい? 最近はがれてきているそうだけど」
「……自然に任せてる。無理につけようとかはしてないのだよ。でも無理にはずそうともしてない」
「そう。瑠砺花ちゃん、君が決めたことに私は意見を押し付けはしない。ただ君がそうしようとしていることを一つの情報ととらえ、また情報を扱うものとして分析はするけどね」
「いーのだもーん。私、志佳さんの言葉は半分聞き流すって決めたのだもん。未来を全部把握して、わかってるところだけ安全な道を進むの、飽きたのだよ」
「瑠莉花ちゃんが死んだときに嫌になったの間違いだろう」
「それもあるのだよ。でも、この二年で悲しみより、恐怖より、レー君が進むハチャメチャな道が楽しいと思う気持ちが強くなったのだもん。先が見えない、足元が安全かもわからない。それでも一歩を譲らないし躊躇わないレー君を見てると、楽しい」
「そうかそうか、瑠砺花ちゃんはそう変わる道を選んだのか」
「とにかく、明津様の家に行ってくる。それしかすることないのだし!」
「行ってらっしゃい、瑠砺花ちゃん」
ベッドから降りて瑠砺花は扉を閉めた。部屋の明かりが完全に途切れてあたりが真っ暗になる。この裏路地はただでさえ暗い。そして志佳の私室がある場所は真昼ですら一歩先が見えないほど暗くなる。そのような表の世界から切り離された裏路地の中で志佳は静かに生きているのだ。
瑠砺花が知る志佳はフィーバーギルドの隊長として活躍する場面が多い。あの頃は特殊な魔法によってぶくぶくと太っていた。情報を手に入れると体が膨らむ変わりにその情報を噛み砕いて理解できる、らしい。瑠砺花もよく知らない。志佳はその魔法を捨てて隊長を辞退した。今ではキセトのようにやせ細った体をしている。
「瑠莉花に何があったのかも志佳さんなら知ってると思うのだけど……」
ただ、妹のことを単なる情報として知りたくないという情によって、瑠砺花は尋ねることが出来ない。自分で妹の跡を追い、妹の考えを知りたい。妹が歩んだ道から何がどのように見えたのか、瑠砺花も理解したい。
そのように考えながらの二年はすぐに過ぎた。そして、妹の死とキセトの蘇り。晶哉は蘇りとは言っていないことに瑠砺花も気づいている。
だが、蘇り以外にぴったりだと思う表現がない。瑠砺花には元に戻るという現象ではないように感じていた。
何が起こっているのか、まだ明確に言葉にできない。それでも瑠砺花は前に進む。見えない道を進む。それが恐怖ではなく楽しみなのだと、瑠砺花が想う人が示してくれたから。