表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/74

009

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 帝都まで戻ってくると連夜もいつもの調子に戻っていた。

 そう、いつもの調子だ。瑠砺花に何か話すでもなく、一人で黙々と歩いていく。友人が多い連夜は知り合いとすれ違うたびに笑顔で一言二言会話する。そのせいで瑠砺花が質問できたのはギルド街の門に着いたときだった。


 「レー君、調べるってどうするつもりなのだよ?」


 んー、と連夜の返事は煮え切らないものばかり。


 「瑠砺花ちゃん、先帰っててくれ。晶哉に変なこと言うなよ」


 やっと連夜がはっきり話したと思ったら別行動を告げる言葉だった。

 瑠砺花も連夜を付け回すつもりなどないが、ここまで明白に同行を拒否されると気になるというものだ。


 「当てでもあるのだよ?」


 「当てがあるからそこに行くんだろうが。でも一人で行きたいんだよ」


 「じゃ、先に帰るのだけど……」


 そういって不服そうにする瑠砺花に、連夜は手を振る。ついてくるなという牽制の意味で。

 瑠砺花がギルド街の中のほうへ向かったことを確認して連夜はある場所へ向かった。

 そこは二年前までは定期的に通っていた店で、二年前に起こった出来事のせいで行く気にならなかった場所だ。行きたくない行きたくない会いたくない会いたくない。そればかり考えているとすぐにその店の前についてしまった。

 できるだけなんともないように見せかけてその店の扉を開く。中にお目当ての人物がいないことに落胆しつつ、それでも安堵もしている自分に連夜は気づいた。


 「あっ、お久しぶりです」


 「よぉ、今日マスター居ないの?」


 二年前にもいた店員だった。声からして目的の人物ではないとわかっていたが、自然に連夜の体がこわばる。


 「居ますよ? あぁ、今奥に行ってるだけです。呼びましょうか?」


 「頼む。あと一番きついやつ」


 「少し待ってくださいね」


 この店は、二年前に連夜を刺した「マスター」が経営する店。連夜とマスターは確かに友人であったと今も連夜は思っている。家や血縁というものが邪魔しただけだ。なら、連夜がここに来てもおかしくはないはずだ、と。刺された側である連夜から歩み寄ればまた笑い合えるはずだと。

 頭ではそう考えながら、やはり体はこわばったままだった。


 「……坊や」


 聞きなれたはずの声はかなり固く、別人のもののように感じられた。連夜は軽く手を挙げてその声に答える。


 「よぉ、マスター。お久しぶりー。ちょっとさ、聞きたいことがあってさ」


 「……店で話すようなことじゃないでしょ。ちょっと奥に入って待ってなさい」


 自分が何をしたのか。マスターはそれを忘れていないのだろう。連夜を見る真っ青な顔が示している。それでも連夜は、自分を刺した恨むべき人物ではなく、友人だったマスターとして付き合いたいのだ。これからも。

 そのために、この始まりは気楽でなければならない。


 「はーいよっと」


 出してもらったばかりの酒に手を出せなかった。代金だけテーブルに置いて店の奥に進む。酔っぱらった連夜がよく寝かされていた部屋だった。呑気に眠っていた時のように、連夜はそこに寝そべる。

 入るぞ、という声とともに見慣れぬ男が現れた。マスター、篠塚晶平。普段は魔法を使って女性の外見をしている彼が、連夜の目的に合わせて男の姿に戻ったのだろう。どこか晶哉に似ていて、サイドに流され低い位置でまとめてある髪留めに結晶のような飾りが見てとれた。


 「この姿では初めましてというべきだろうか。羅沙における石家、篠塚晶平という」


 そう、連夜の目的が石家に関する話だと晶平は見抜いていた。バーのマスターではなく石家の人間としての接し方を求めているとわかっていたのだ。

 そして、石家としての晶平には消せない罪がある。


 「オレの友達はマスターだし。あんたがマスターだっていうならどんな姿してようが友達は友達だ」


 「そう言ってくれるのなら謝らなければならないのだろう。二年前、おれはお前を殺すつもりで刺した」


 「謝罪はいらないからさ、オレの疑問に答えてくれよ」


 だが、連夜はその消せない罪について深く言及しない。連夜が賢者の一族であり人間を超えた化物であること、晶平がそれを消す立場であること。その二つは謝罪を受けた時点で事実だと認めなければならない。

 前者はともかく、後者について連夜は詳しくは知らないのだ。ただ友人のために、知らないまま、あいまいのまま許すつもりでここにきた。


 「石家のことだろう。あらかじめ言っておくが、羅沙の石家は不知火の石家の事情に詳しくない」


 「本音でいうとそこも知りたかったけどよ。取り合えず石家っていうものそのものから頼む」


 「どこまで知っている?」


 「結晶が世界を守るために人間の一部を支配した。その支配された人間が集まって石家が出来た」


 「それだけか……。オレたちは結晶に支配される一族である。このように結晶の欠片を肌身離さず付け、結晶の命令に逆らい続けると命を失う」


 晶平が軽く髪飾りをはじく。連夜の頭の中には晶哉が常につけている水晶のようなペンダントが浮かんだ。そしてもう一人、おそらく石家なのであろう眼鏡をかけた青年の髪にもそんなものがあったな、と思い出す。


 「命令ってことはさ、今も結晶とコンタクト取れるってことだろ。どうやって?」


 「結晶の本体を管理するのは不知火の石家の仕事だ。大体は不知火の石家から命令書が送られてくる」


 晶平は包み隠さず素直に答えてくれる。連夜は、この店に足を向けていた時の不安が晴れていくことを感じていた。晶平の誠意こそ、晶平も連夜を友人であると心の奥底から思ってくれていたからこそなのだろう。


 「石家ってさ、嫡子がどうとか関係あんの?」


 「不知火の事情には詳しくないと言ったはずだ。嫡子云々と問題があるのは石家の本家とも言える不知火の石家だけ。おれたちのような羅沙や明日羅、葵の石家には関係ない」


 「嫡子じゃないといけない理由とかもわかんねぇ?」


 わざわざ術士の王からの「信用するな」という忠告だ。石家の嫡子という存在を無視してキセトを蘇らせてもいいわけがない。


 「……石家は結晶に支配された家柄だ。故に結晶より力が与えられる。三歳までにその力は覚醒し、その力を持って賢者の一族と渡り合う」


 「どうした、突然」


 「不知火ではその力に関して特別な事項があるらしい。まず嫡子は賢者の一族を支配しうる力を持つ。大体長男がその力を持っているとされている。そして長女は賢者の一族を操る力を持つ。そして三人目、それが男であろうと女であろうと、賢者の一族と戦う力を持つ。その三人が揃って初めて不知火の石家は機能を果たす」


 「じゃ晶哉には二人年下の兄弟か姉妹がいるってことか?」


 「晶哉様には姉と兄がいたはずだ。姉の麻結様には会ったことがある。確かに兄が居たはずだと聞いた。だが、晶哉様は自分を嫡子と言っているし、その兄について存在を確かめたことはない。不知火以外の石家ではそれが限度だ。鹿島あたりなら情報を揃えているかもしれんが、連絡を取ってみるか?」


 「鹿島って、あー、あのオレを刺した情報屋か」


 頭の中で浮かんだ眼鏡の青年と名前が一致した。松本姉妹に対して快く思えない態度をとった前川兄弟と協力体制にある人物だったせいか、連夜の記憶があいまいになっていたようである。


 「お前がおれたちのことを公表しなかったからな。二年前以前同様、前川兄弟と仕事をしているらしい。哀歌茂での仕事も波に乗って順調だそうだ。ただお前が壊した肩はやはり治らなかったそうだがな」


 「肩ぁ? なんかしたっけ、オレ。いや、いいや。なんかオレが関わったらまた嫌な思いするだろ。マスターが分かる限りでいい」


 「そういうとこが嫌いになれないんだよな、お前」


 化物かと思えば突然気を遣ったりするだろ、と晶平が笑う。目的のために他者を考えないような人でなしでもないんだよなぁと晶平は連夜を褒めた。


 「女の姿で言ってくれたら興奮できた」


 「するな気持ち悪い」


 「……男好きなの? 女がいいの?」


 「男が好きだが友人をそういう目で見るほど餓えてないんだよ」


 「あっ、男なんだ」


 「おれのプライベートが聞きたいなら店に来て金を落とせ」


 「はいはい」


 友人だと思うからこそ成り立つ冗談の投げ合いに連夜も笑う。よかった、戻れた、とここに通わなくなった二年を数秒で振り返った。


 「結局のところ晶哉は嫡子じゃないんだな」


 「そうなるな。だが、不知火の石家は晶哉様を嫡子として扱っている。それも事実だ。晶哉様に直接聞いてみればいいだろう。晶哉様の兄について」


 「はぁ~? あいつが話すわけないだろ。だからここに来たのにさー」


 「それもそうだな。だが晶哉様の力は嫡子のものではないぞ。賢者の一族を支配する力というには脆弱だ」


 「操るのも戦うのも脆弱だろうが」


 「それはお前と比べるからだろう。羅沙明津や不知火雫と比べれば戦うというのならまだ適正といえる範囲内だろう。だが支配などと……。とりあえず晶哉様は嫡子じゃない。その前提で付き合うことだな。……それで、どうして二年も経ってなぜそんなことを聞きに来たんだ」


 「その晶哉君の申し出でキセトを蘇らせたいんだとよ」


 連夜の中で頑なに蘇るという言葉を使わない晶哉が浮かぶ。晶哉は常に元に戻るという。ただキセトの死が受け入れられない子供の悪あがきのように感じていた。


 「それは……主様の意思に反している。晶哉様は命を投げ出されたいのか? 主様に逆らい続ければ死ぬかもしれないんだぞ」


 「さぁな。取り合えず聞きたいのはそれだけだ」


 「何かあれば頼ってくれ、峰本。おれは一度お前を切り捨てたが、それでも友人のつもりなんだ」


 「オレもだよ。出来たら女のマスターがエロボディだからうれしいけど」


 「ははっ、分かったよ。お前にこの姿は二度と見せない」


 晶平は淡く微笑んで連夜を見つめる。男であっても女であってもその目に宿る光だけは同じだった。


 「なぁ、マスター? マスターは夢とかあんの?」


 立ち上がって、連夜は最後の質問をした。この世界で、奇妙な生まれであり、そして偶然にも奇妙な生まれの連夜と出会って友人になった相手に。

 連夜はこの質問を他の誰かにもしたような気がした。

 それは連夜のお友達だったかもしれない。彼なら自分に夢を持つ権利などないというかもしれない。

 それは連夜が初めて尊敬した人だったかもしれない。あの人なら自由に生きることというかもしれない。

 それは連夜の初恋の相手だったかもしれない。あの子なら自分の足で立つことというかもしれない。

 それは連夜の師匠だったかもしれない。彼女なら馬鹿弟子が自分を超える瞬間を見ることというかもしれない。

 それは連夜が想う女性だったかもしれない。彼女なら、なんと答えるだろうか。 


 「……差別のない世界に生まれたかった。ははっ、夢じゃないな、これは。ただの欲望だ」


 「奴隷がいないとかそういうこと?」


 「わかってるのに聞くなよ。そんなことじゃない。賢者の一族も、石家も、結晶も術士も魔物も男も女もない、動物も植物も、生物も無機物もない世界に生まれたかった」


 「それって『生まれる』ことできんのかぁ?」


 「生物も無機物もなければ生まれるなんて現象もないか。差別がないというより差がない世界がいいってのが正しいかもな」


 「ふーん、オレにはわからん。やっぱり難しいこと聞くもんじゃないな」


 「お前は感じないのか? 賢者の一族として差別されてるとか、その身分に対してのやり辛さとか」


 「……わかんねぇって言ってるだろ。オレはオレだし。変わりたいとはおもわねぇし。差はあるもんだし。オレは他の誰とも違う。だから生きづらい。でもそんなの全員が同じだ。全員が他の誰とも違うのは同じ条件だろ」


 「お前は……、きっと、この世界を変えるんだろうな。それこそ、大昔に四人の賢者が変えたみたいにさ」


 「一人じゃ無理だ。その目標はキセトが居たから掲げられたもんだし。しかもオレの都合のいい世界に変えるからいい世界とは限らない。また生きづらいと思った奴が変えるまでの繋ぎだよ。じゃ、帰るわ。また来る」


 酒飲みに、と付け足された言葉で晶平は声を出して笑っていた。

 はっきりとそのことについては話さなかった。しかし、連夜は晶平を許していることを伝えられた自信があり、晶平も自らの謝意を伝えられたと自信があった。冗談を言って笑い合えたのだから、と。




 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ