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自信の無さは自虐的思考になる

「付き合うことになったぁ?」


 明日香が目を丸くして声を上げた。


「……の、かな……」


 対する透子は、自信なさげに返した。


「もう! ハッキリしなさいよ! そこ重要よ! あの後どうなってそうなったわけ?」

「だから……付き合おうって言われたの。ただ、うちのお母さんに対する目くらましみたいなものよ」

「それって、透子が坂本さんに頼んでたこと、そのままじゃないの」

「……そう、よね」

「――なんか歯切れが悪いわね。何か気になることでもあるの?」


 あるのだ。大有りだ。

 坂本とは母がやって来たあの日だけ会わせて、あとは透子の方で付き合ってる風を装って話し、その後少し時間を置いて別れたと話すつもりだったのだ。そう話したところで、母親の世話焼きは止まないだろう。だが今回の見合いに対する、熱の入れようが尋常では無かったため、透子としてはこの見合いだけは、なんとか阻止せねばという気持ちだったのである。

 明日香の言う通り、話は透子の望んだ結果になった。

 役者は坂本から馨に変わったものの、母は今回のお見合いを断り、透子としては大成功だったといえよう。

 予定外だったのは、馨と母親が意気投合し、透子の知らないところで連絡先を交換していたことである。

 あの日、たった一日だけ彼氏役を務めるはずだった馨は、それからも透子の前に姿を現した。

 母親が田舎に帰る前日には、馴染みの店に案内してくれ、美味しい鰻をご馳走して、母が帰ってからはなんとメル友の関係を続けているのだと言う。


「思わぬ方向に話が進んでるわね」

「そうなのよ……馨さんはどうして自分から首を突っ込むような真似をするのかしら」

「そりゃあ、透子が気になってるからじゃないの?」


 そう応える明日香を、透子はじとりと見た。


「この間と言ってることが違う……」

「あれは……ほんっと、そういう意味じゃないって! 心配だったのよ。別に普通の男の人が透子を好きになるなんてあり得ないって意味じゃないわ。――でもほんとゴメン。そう聞こえてもおかしくない言い方したのは反省してる。だからー、今日はココご馳走するって。ね? 機嫌直して!」

「デザートも頼んでいい?」

「いい! いいよ! 頼んじゃって!」

 

 あれから十日程経ち、やっとシフトが一緒になり二人揃って遅番だった平日の夜、閉店の22時を少し回ってから揃って店を出た二人は近くのファミリーレストランに来ていた。

 いつものカフェは21時閉店の為、遅番の日は行けない。そんな日は馨と偶然会うことも無い。


「いや、でもほんと。透子の事は気になってると思うよ? この前『その発言は透子さんに失礼だ』とか言われた時の怖さったら!」

「大げさだよ。坂本さんに見捨てられたのも知ってるし。慰めてくれてるんだと思う」

「なんのメリットがあってよ」


 明日香の言葉に、透子の手がしばし止まった。

 言われてみればそうだ。

 たまたまお気に入りのカフェが一緒で、透子の声が耳に入っていたとはいえ、何のメリットがあってこんなややこしい事態を受け入れ、且つこれからも巻き込まれようというのか……。声だけの関係だったなら、彼は動かなかったかもしれない。あの日、書店で問い合わせに対応したのが透子で無かったなら――。


「あ!」

「な、何よ。突然大きい声出して」

「干物女だからだ」

「は?」


 明日香は首を傾げた。

 どうやら目の前の愛すべき友人は、ものの一分でなにやらおかしな方向に、答えを導き出したらしい。


「馨さん、資料本探しに来てたんだって。ほら、最初明日香が聞かれたじゃない」

「あぁ、『腐女子の本どこですか?』でしょう? あれはビックリしたわー」

「そうそう。目的は、干物女だったわけよ。どうやら間違えて覚えてたらしいの。で、『干物女の生態』を買って行ったわ」

「――つまり、神馬馨は、次回作の為干物女を取材したい。そこにちょうどいい人物が現れた。こりゃいいや。彼氏役を引き受ける代わりに近くで観察しよう、ってこと?」


 うんうんうん、と他人事のように頷く透子を呆れたように見やると、明日香は透子の額を指で小突いた。


「痛っ! ちょっと!」

「なんでそんな自虐的な答えを導き出してんのよ。ほんっと、あんたどういう思考回路してんのかしら、って思って」


 ただそれだけならば、あの時どうしてあんなに怒ったのか説明出来ない。

 人当たりの良さそうな雰囲気が一変して、周囲の空気がひんやりとした。それなのに、透子はそんな彼の様子に気が付かなかったらしい。


「彼、今すごい人気の脚本家よ」

「え。明日香、調べたの?」

「うん。一応ね、気になるじゃない」


 明日香は調べ上げた馨の経歴を話し出した。


 神馬馨じんばかおる、本名同じ。28歳。大学時代に入っていたサークルの、映画研究会で作った映画の脚本を担当し、それを見た大学OBで業界人の目に留まる。そしてそのまま脚本家としてデビュー。波乱に富むものの後味の良い恋愛物が得意。

 ルックスの良さから、デビュー当初はメディアへの露出も多かったが、数年前脚本を担当したドラマで主演の女優とツーショット写真を撮られ、以降表に出ることは少ない。


「ついこの前終わったドラマも担当してたわよ。水曜10時の……」

「水曜10時……。私、その時間は刑事ドラマだわー。大体恋愛ドラマって見ないもの……。だってさ、結局女優も俳優も見た目良すぎるでしょう? 少しダサく演出してたって、どう見ても可愛いもの。それ見て『あたしもこんな恋がしたい!』とか『私も頑張ったらこうなれるかな?』って思うものなの?」

「思うわよ! ――透子思わないの? あれ良かったよー? 主演俳優がまたやることなすことスマートでさ!」


 夢見るような表情になっている明日香を見て、透子は「そんなもんかなぁ」と首を傾げる。

 明日香の話では、馨は世の女性が憧れるような、シンデレラストーリーが得意なのだと言う。

 途中、ドラマティックにすれ違いや別れ、デキる女性ライバルや、ヒロインを一途に思う純朴な男性の登場などで視聴者は釘付けにされる。それでいて、ラストはそれまでの、ヒロインの苦しさが吹っ飛ぶような結末が待っていて、それを見ると自分も報われたような錯覚を起こすのだそうだ。


「私は刑事が犯人を推理して追い詰めるとこがドキドキして最後スッキリするけど」

「あんたねぇ……。あたしが言ってるのは恋のドキドキよ。スリルとサスペンス、謎解きの方じゃないのよ……」

「そうだけど。でもさ、そんなシンデレラストーリーを得意な馨さんがどうして、私なんかが気になるのよ。表にあまり出なくなったとはいっても、前は露出多かった時女優と噂になったんでしょう? つまり……そんな美女が周りにいっぱい居るんじゃない……」

「どんな理由であれ、“付き合おう”って言われたんでしょう? そんなどうとでも取れる言葉、うまく利用しちゃって頻繁に連絡取ったら? 会ってるんでしょう?」

「――会って無い」

「は? あんな風にあたしの前から透子を連れ去っておいて?」


 そうなのだ。

 馨がどんな考えがあってあのような行動を起こし、“付き合う”発言をして、更に透子の母親にまで顔を近付けたツーショットを送ったのかは分からない。だが、あれ以来連絡も無ければカフェや本屋で顔を合わせることもない。

 透子はあのカフェに行くと、つい馨の指定席を確認してしまうようになったのに――。


「連絡先交換したんでしょ? 透子から連絡してみたらいいじゃない」

「……用事、無いもの……」


 透子は小さくそう呟くと、クルクルクルっとパスタをフォークに巻き付ける。その姿がどうにも拗ねて見えて明日香は心の中で苦笑した。

 結局、透子は踏み出せないのだ。透子の自信の無さが自虐的な答えを出す。

 相手に、他人に否定される前に、自分を否定することで守りに入ってしまうのだ。

 急接近してきたという、平日昼間から書店に出入りする見た目の良い人物に警戒して、口調はきつくなってしまったが、自分のそんな言い方も透子の自信の無さの一因になってしまっただろうか……明日香は今更ながら不安になった。



 * * *



「連絡先を交換しても、何の音沙汰も無いっていうのはどういう意味なんですかね」


 ドラマが盛況に終わり、早々にスペシャルドラマの話が持ち上がり、相馬はいそいそとカフェにやって来た。だが、当の神馬馨は、なぜか難しい顔をしていた。

 いつものカフェ、いつもの席に座り、いつもはすぐにかぶりつくクマさん特製ドーナツも、今日はまだ手をつけずにいる。


「どういう……って、用事が無いんじゃないすか?」

「付き合うことに対して承諾したのに、用事が無いと連絡しないというのは、俺は男として見られていないということかな」

「神馬さんがっすか!? いやいやいや、あり得ないでしょ! 誰すか! その贅沢な女は!」


 と、そこまで言って相馬はふと思った。

 もしや、先日話していた、化石発掘作業の件だろうか。それならば、馨の言っている相手は、恋愛から離れて久しい人物だ。


「ゴホン。神馬さん、えーっとですね、押して押して押しまくる事をおすすめするっす」

「え? そう……なの? でもさ、なんだか俺がうまく入り込んだっていうか、困ってる彼女の弱みに付け込んで、向こうの事情に巻き込まれたように見せて近づいたというか……さすがにずるいことをしたかな、という自負はあるので、ちゃんと向こうからのアクションが欲しいというか……」


 いつも自信に満ち溢れる口ぶりで、一回りも上の人生の先輩達と対等に仕事をしてきた神馬馨が見せる意外な姿に、相馬は驚きを隠せなかった。

 馨が彼女に興味を持ったのは、例の走り書きからして、単純に興味だったろうと思う。だが打ち合わせと称して、彼女の話を聞く毎に、“彼女”の人物像は次第に紙切れには納まらない位に大きくなっていた。

 それは、彼の中でもそうだったのだと思う。近くで聞いていた相馬だからこそ、彼女が実在する人物で、いつの間にか馨の心に居ついているのだと知った。

 だがあのメモの人物を、実在の人間だと相馬が気付いていることを、馨はまだ知らないのではないだろうか。


「ゴホン。ええと……今までのタイプと違うから、神馬さん自身も戸惑ってるんじゃないすか? もし、もしもっすよ。そのお相手が恋愛に慣れてないような人なら……恋愛から遠のいている人だったら、押すんすよ。とにかく押す! ちょっと間を空けたり相手の反応を見たりするようなことしたら駄目っす」

「――どうして?」


 馨の瞳に急に力が甦った。


「逃げるっす。無かったことにされるっす。間が空いて、縮まったはずの距離がまた開いた事無いっすか?」


 馨の脳裏には、前回会った時の透子が浮かんだ。あの時手を繋ぐ事を拒否されたことは、少なからず馨に衝撃を与えた。


「――ある。なんで相馬さん知ってるの?」

「想像っす。ウチの奥さん、年上なんす。年の差って女性の方がめっちゃ気にするんすよ。ちょっとでも間を空けると、不安になって逃げ道作るんすよ……追いついた時には、最初よりでかくて分厚い壁を構築してるっす。考える隙も無い位に存在感出して押していかなきゃ駄目っす」


 あ、そうだ。と相馬は鞄の中をゴソゴソと探った。

 そうして中から端が折れた長封筒を取り出すと、相馬に差し出した。


「きっかけならここにあるっす。えっと、この前のドラマの打ち上げ。神馬さんの分のビンゴカードで当たったヤツっす。今日はこれも渡したくて来たんすよー。予約が取れないっていう、星いくつかついたレストランのディナーチケット。誘ったらいいじゃないすか」

「相馬さん……」

「今の神馬さんじゃ、SPドラマの打ち合わせ出来ないっす。後日ちゃんと原稿にしてくれたらいいっすよ。だから今日は――」

「ありがとう! これ、ドーナツ食べて! 絶対うまいから!」

「え? 俺、甘いの苦手なんすけど……。行っちゃった。ま、いっかぁ。流石の神馬センセーでもあのタイプは苦労するだろうしな。――にしてもドーナツ……あ、甘さ控えめ。ウマー」


 その間も、透子は自虐モードで着実に壁を構築中である。



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