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そこにギャップ萌えはあるか

テーマはタイトルのギャップ萌えというよりは、「予想外な事は強く印象に残る」です。

お互いに印象的な出会いとなったはず。その先にギャップ萌えが生まれるのかどうか……?

 騒がしい街も静かな眠りについた頃、馨は自宅の仕事部屋のデスクで原稿そっちのけで走り書きのメモを見ていた。


「膨らまない……」


 メモを元にプロットを作ろうとしても、どうにも話を膨らませることができない。

 致命的なのが、ヒロインの人物像があやふやなことだ。

 パズルのピースのように、集めた彼女の言葉を散りばめて自分の言葉で繋ぎ、膨らませて物語を展開しようにもすぐに行き詰ってしまう。きちんと嵌るピースが出ないのだ。


(彼女はデートでどんな格好をするんだろう? 最初のデートでのキスは……アリか? どんな部屋に住んでいて、何度目のデートで迎え入れるんだろう……)


「駄目だ……全っ然分からない……。大体、彼女と“出会う”方法ってどんなんだ?」


 とうとう馨は頭を抱えてしまった。

 次にまた彼女の話を聞ける機会があるだろうか? お気に入りのカフェが同じで、どうやらお気に入りの席が隣り合っているということは分かったが、こんな機会がそう頻繁に起こるとは思えなかった。

 だからこのメモを元に物語を広げようと思ったのだが……。


(お手上げだ。今度書店にでも行こう)


 パソコンは便利だが、馨は資料を書籍で収集する。仕事部屋には壁一面に本棚を作っているが、その殆どが既に資料本で埋め尽くされていた。

 幸い、近くに専門書を多く置いた書店がある。


「彼女のような人達を、最近ナントカ女子って言うんだっけ」


 何だったか、考えても言葉はぼやけてしまって分からない。

 ここは新作の構想を知っている相馬に聞いてみよう。彼なら業界人だし、きっとすぐに解決するだろう。


『あ、それはアレっすよ……。えぇーっと。腐女子! 最近よく聞くじゃないっすかぁ』

「婦女子?」


 相馬のすこし寝ぼけた返答に馨は眉を顰めた。


『あー、ご婦人の“婦”じゃないっすよー』

「あぁ、そうなんだ……もしかして、寝てた?」

『なーに言ってんすか……もう三時っすよ……』

「悪い。仕事してるとどうも時間の感覚が無くなってしまって。ありがとう、助かったよ」


 時間を知って早めに通話を切り上げたはいいが、漢字を聞くのを忘れたことに気付いた時には、もう通話終了ボタンを押していた。


「“婦”じゃない。て事は……何だろう。“普”かな。“普女子”うん。それっぽいな」


 思いついたネタや台詞を書き留めるために、馨はメモ帳をいつも持ち歩いている。一時期はタブレットを使っていたが、補足などを書き込むのに不便で、結局メモ帳派に戻った。意外とアナログ派なのだ。

 まっさらなページに“普女子”と書き込むと、やっと寝室に向かうことにした。

 外見のイメージは出来ている。実際の姿は見ていないが、会話から出来上がった人物像はバリバリのキャリアウーマン。年は、三十代半ば。自分の考えをハッキリ言う性格で、見合いにトラウマあり。首が短いのがコンプレックス……馨の頭の中では、先日カフェで一緒だったモデルばりの美女と肩を並べて颯爽と歩く、パンツスーツを堂々と着こなした透子が居た。


(あとは、資料を読みながら中身を作ればいけるかな……)


 そう思っていたのだが、書店で馨は大変困った状況に置かれていた。

 案内した眼鏡の女性店員は営業スマイルを貼り付かせたまま、居心地悪そうにしている。


「えと……普女子関連の書籍は……ここで、間違いないんですよね?」

「ハイッ? ええっと、はい。腐女子っていうか……BLコーナーはここですけど……」


 心なしか女性店員の返事が上ずっていたような気がした。第一、このコーナーはなぜ女性ばかりいるのだろう……馨の存在は完全に浮いていた。

 本には馨の思っていた“普”の文字ではなく“腐”と書かれている。

 単純に漢字を間違ったか……俗に言う“オンナを捨ててる”という意味で“腐”なのかな。と勝手な解釈で納得できたので、それはいい。問題は別にあったのだ。


(なんで……恋愛に臆病な女性達に関する本の表紙が……男なんだ?)


 あっちもこっちも表紙は男。殆どはイラストだが、中には写真もある。

 世代や容姿は様々……少年から脂の乗った美中年まで。


(ポーズ集? なんのだろう)


 手元にあった一冊を試しに手に取ると、少し離れた場所から様子を窺うように見ていた女性達が動揺したのが分かった。ヒッと息を飲む声さえ聞こえてきた。

 不思議に思いながらもページをめくり――馨は固まった。


(えええ!? ナニコレ! おっさんと少年がっ――! いや、少年じゃない。きっと。きっと胸の小さい女の子――嘘だ! 女の子にこんなのついてないだろ!)


 明らかに見て取れる下半身の膨らみに男同士の行為なのだと気付くと、馨は慌てて本を閉じ平台に戻した。表紙には“腐女子が萌えるシチュ100パターンを網羅!!”と書かれている。

 周りを見渡すと、少し離れたところで眼鏡の店員はまだこちらを気にしていた。


「あの。ちょっと……探しているものとは違うようです」


 そう言うと、女性店員はあからさまに、ホッとしたように微笑んだ。だが、その心からの笑みはすぐに凍りつくことになる。


「これはどうも女性向けのものらしいのですが……男が読めるようなものはどこでしょう?」

「……!! は、はははい! 担当をお呼びしますのでっ! 少々お待ちくださいませっ。と、透子! 透子!」


 慌てて立ち去った女性店員が呼んだのは、例のカフェの彼女と同じ名だった。


(まさか――?)


 世の中に同名は多いだろう。“かおる”という名もあちこちで耳にする。いくらなんでもそんなうまくはいかないだろう。

 現に、呼ばれて現れたのはやけに背が低く、少しふっくらとした、見るからにおっとりしているような女性だった。


(やっぱりな、そんな偶然は無いだろうな)


 思い描いていた姿からかけ離れた女性の姿に、馨はホッとしたような残念だったような、複雑な気持ちになった。その、声を聞くまでは。


「お待たせしました。当店にはあまり在庫が無いのですが、あちらに少々御座いますので、ご案内致します」


 軽やかなよく通る声は、まさにあの彼女のものだったのだ。


(あ、あれ? 颯爽としたスーツのバリバリキャリアウーマンは!?)


 目の前に現れた本物は、馨の想像していた人物像を、簡単にぶち壊してくれた。

 丸い顔の中には小さめだがぱっちりとした瞳と、緩く弧を描く眉毛、小さな鼻と笑みを湛えた小さな唇からは大きめの白い前歯が覗いている。

 正直、印象の薄い容姿だった。

 それに加え、ふくよかな身体を包む、露出の少ないアイボリーを基調とした地味な服は、書店員のエプロンをしていなかったら目に留まらなかったかもしれない。まるでハムスターのような小動物を連想させるような人物だった。

 いくら現実だと分かっていても、目の前のこの人が『ぱんつ脱いで股開く』発言をした人と、同一人物だとは馨には信じがたかった。

 頭に???を浮かべた状態でついて行くと、ずらりと立ち並ぶ専門書棚の中でも一番奥まった場所に辿り着いた。


「当店に今置いているのはこの二冊なんですが……」


 ふくふくとした小さな手で、薄い本を引っ張り出しすと、表紙を向けて馨に差し出す。

 その表紙には、特殊な運動で鍛え上げた、丸太のような腕を持つ金髪の男性が写っていた。――裸で。

 股間にちょうど被るようにYeahhh! C'moooooon!! と書かれている。


「…………え、ええー!?」


 書店にあるまじき大声を上げてしまい、馨は慌てて口を押さえた。

 途中から違和感を感じていたが、どうもこれはおかしい。なのに、目の前の彼女は「こちらですか?」などと言いながらもう一冊を差し出して馨に押し付けた。


「はっ、裸ネクタイ違うから! あのっ、そもそも腐女子っていうのは何なんですか? 俺が聞いたのと情報が違うような……」

「そうですね……二次元での男性同士のカップリングを愛でる女性のこと……ですね。お客様は男性が読むような物という事でしたので……違いましたか?」


 話の途中で馨は顔色を失くし、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「違います! 俺はその……恋愛から遠のいている妙齢の女性のことかと……ほら、ナントカ女子とか言いますよね?」

「そうですねぇ……干物女、とか喪女とかでしょうか……」


(全然違うし! 相馬さん!!)


「も、モジョ?」


 つっかえながら聞き返す馨が、随分可笑しな表情だったのか、とうとう透子が噴出してしまった。


「ご、ごめんなさい……でも、あまりに違うもので」


 つられて馨も笑い出すが、手にしている雑誌を慌てて突返すと、情けなさそうに頭をかいた。


「いえ、俺ももっと調べて来れば良かったんだけど……あの、とりあえずここから移動しませんか……」


 ここ数日馨の頭の中の大部分を占めていた彼女との出会いは、最悪だった。


本文に出てくる書籍は想像のものです。

似たようなものがあったとしても、全く違うものです。

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