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下っていたはずの階段を上がって行く美音。
そして、そのまま元来た道を戻って行ってしまった。
通話終了。そう表示されたディスプレイを見つめる青柳さん────青柳百合香は微笑んでいた。自慢話の途中で通話を切られた百合香は不機嫌になるわけでもなく、悪戯をする子供のように笑っている。
「なぁんだ。つまんなーい」
歩道橋を降りて遠ざかって行く美音の背中を見下ろし、百合香は呟いた。
黒猫のかわいらしいマスコットが赤い携帯に寄り添う。
授業開始のチャイム音を聞いた百合香はゆっくりと屋上を後にした。
ドライアイス。
それはクラスの女子が柏木美音につけたあだ名だ。
本人は何故そう呼ばれるのか全く興味が無いようで知らない。
美音は静寂に包まれた公園を横切っていた。
どこからか鳥の歌声が聞こえ、幼い子供のはしゃぎ声も耳に届く。
いつもなら気にしない雑音にすら苛立ちを感じる。
彼女にとってただのクラスメイトである青柳百合香からの告白は爆弾そのもの。
想い人、笹川草太が他人のモノになってしまったのだ。
それは美音の失恋を意味する。
本人は初恋にすら気付いていない。
何故、分からないを心の中で連呼している。
何故、それを告げられたくらいで動揺したのだろう。
美音はそんな感情が分からず、ただ、ぐるぐると思考を巡らせていた。
突然、美音の視界が揺れた。
歩道に放置された子ども用のかわいらしい自転車につまずき、転んだのだ。
「大丈夫ですか? って、美音?」
直後、良く知った声が鼓膜に響き、美音はゆっくりと顔を上げた。
そこには乗っていた自転車から降り、手を差し伸べている笹川草太がいた。
「なんで、ここに。学校は?」
「なんでって、三者面談で午後の授業潰れたんだよ。美音こそ学校は?」
「途中まで行った」
太陽の日差しを浴び、涼しげな笑みを浮かべる草太は自転車を押しながら、何事もなかったように歩き始めた美音の横に並んだ。木々が規則正しく植えられている公園の通路は若葉によって日陰が出来ていた。
「ねぇ、告白されたって本当?」
穏やかな沈黙を破ったのは美音だった。
無意識に一番聞きたくないことを声に出してしまった。
草太が立ち止まり美音を見つめる。
キュッと唇を噛みしめ、無表情を貫く美音から何も読みとれない。
ひんやりとした風が、二人の間をすり抜けた。