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「昨日ね、彼氏が出来たの」
少女は、嬉しそうに言った。
だだっ広い学校の屋上。
小柄な少女が一人、立っていた。
肩上で切りそろえられた真っ黒な髪。
ぱっつんな前髪に狐のような瞳。
まるで日本人形のような少女は真っ赤な携帯を耳に当て、通話相手へ問いかける。
「ねぇ、聞いてる? 美音ちゃん」
美音と呼ばれた少女は駅前の歩道橋を歩いていた。平日の昼間にもかかわらず、学生服姿で堂々としている。
空色のスカートに赤いリボンのセーラー服は美音と少女が通う中学校の制服だ。
癖のある栗色の髪が肩下で揺れる。
ぱっちりとした焦げ茶色の瞳に白い肌。
中学生にしては綺麗な容姿をしていた。
「何。青柳さん」
心底どうでもよさそうに応える美音は無表情だった。
歩道橋の階段を半分ほど降りたところで立ち止まる。
そして、ビルの合間から見える建物を見上げた。
建物は会社でも、デパートでもなく学校だった。
その屋上から小柄な少女、青柳さんが美音を見下ろしていた。
「あ、美音ちゃん見えた! やっぱり今日も遅刻? もー。直接話したかったのにいないから電話しちゃったよう」
大げさに手を振る青柳さんに対して美音は立ち止まったまま何も言わない。
「あのね。彼氏なんだけどね、赤羽一中の笹川草太くんっていうの! テニス部で、部長で、かっこいいんだよ!」
無邪気に声を弾ませる青柳さん。
美音は、絶句していた。
どうしてと唇が動いただけで声にはならない。
昼休み中のサラリーマンが腕時計を気にしながら早歩きで通り過ぎた。
美音は、身動き一つしない。
ただ、生温い風がスカートを揺らすだけ。
「前に運動公園でテニスの試合を観たとき一目惚れしたんだ! それで昨日の放課後に赤羽一中まで行って、告白したの! そしたらいいよって! すぐに美音ちゃんに言いたかったけど、草太くんとのお喋りに夢中で電話出来なかったの……」
ゆっくりと視線を下げる美音。
つま先から伸びる影が薄れる。
数秒後、影が消えてしまい、美音は無意識に通話終了のボタンを押していた。