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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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言わせて(おにーさんと岬くん)

作者: 不破
掲載日:2011/11/27

どうしても欲しくなって、思わずとってきてしまった。悪いことだとは解っている。だけど、どうしても、手放したくない。



「ただいま、いい子にしてる?」

「……」

「あれ、ご飯食べてないじゃない。駄目だよ、成長期なんだから。」


できるだけ怖くないようにとにっこり笑って話し掛けるけれど、彼の警戒心は少しも緩まない。出されたものには水にすら手を出さないため、ほとほと困り切っている。5日経っても餓死はしていないことから、ぼくが仕事に行っている間に水道水くらい飲んでいるのだと思う。お風呂やトイレには届くようにしてあるが、冷蔵庫は部屋の外だ。一度も減らなかったプレートを持ち上げて、思わず一つため息をつく。視界の隅でびくりと動く生命体。首のベルトに取り付けた細い鎖が、しゃらりと綺麗な音をたてた。


「……和食もいや?困ったなぁ、ぼくの料理技術だと和洋中が関の山なんだけど。」

「……」

「もしかしてジャンクフードが食べたい?……身体に悪いけど、食べないよりはいいか」


夕飯にはハンバーガーを買ってくるか、と脱いだばかりのスーツを羽織って鍵を手にとると、ズボンの裾がくっと引っ掛かれた感覚。怪訝に思って振り向くと、だらしなく仰向けに寝転がった彼が、白い首をのけ反らせてぼくを見上げていた。細い首。細い革。自分がやったことを突き付けられて、ぞっとする。


「……なにかな」

「……あんた、なにがしたいの」


かさかさに渇いた、小さな声だった。注意して聞かないとすぐに聞き逃してしまいそうな、ちいさなちいさな疑問。


「……どういう意味かな?」

「……そのままのいみだけど」


初めて見たときよりもこけた頬に、乾燥してひびのきれた唇が痛々しい。

ぼくが黙って聞いていると、彼は使わなくなって大分退化しだした声帯を試すように、ゆっくりと話し出した。


「……身代金の要求とかもしてないみたいだし、殺しもヤりもしないし。ただ、何がしたいのかなあと、思っ、て」


薄い唇の、縦に入ったシワから血が滲む。眉をひそめて嘗めとろうとした彼の方に身を屈めて、代わりに優しく傷をなぞった。


「ぼくはきみがどうしてもほしいだけだよ。理由も目的も特には思いつかない。」

「……ほしいっていうのは、性的な?」

「どうだろう。そんな気もするし、そんなものじゃない気もする。とにかく今までの感情とは違っていて、ぼくにはよくわからないんだ」


これはぼくの真剣な悩みだ。ぼくは彼をどうしたいのかが、ぼくにはどうしても理解できない。おそらく彼を抱こうと思えば誰を相手にするよりも興奮すると思うけれど、だからといって彼に恐れられたり嫌われたりするのは、嫌だ。


「……よくわかんねー」

「うん、ごめんね。でも、お願いだからぼくの傍にいて」


自分勝手なぼくのお願いに、彼は逆さまになったままぼくの顔をじっとみつめて、それから、薄く笑った。


「おにーさん、俺のこと好きなんだ?」

「……うん」

「俺に嫌われたくないんだ?」

「……うん」

「俺のこと殴ったり蹴ったり殺したりする予定、ある?」

「まさか!」


何をいっているんだ、と思った表情もそのままに彼の顔を見返せば、悪戯に成功した子供のような眼でこちらを見ていた。何。なんで、そんな顔するの。


「おにーさん、お腹空いた」

「……え?」

「今まで、ご飯食べなくてごめんね。折角用意してくれたのに」

「……ああ、いいんだよ、別に。今買ってくるから、ちょっと待ってて」


先程までと違った雰囲気に戸惑って、逃げるように上着を羽織って外にでた。後ろで何かを言っていたようだけど、混乱したぼくの脳には言葉として受け入れることすらできない。

落ち着け、落ち着け。ポケットの中で遊ぶ鍵を捜す。彼が笑うはずなんてないんだ。絶対に。ぼくは彼を無理矢理掠って閉じ込めて、なのに、彼がぼくに笑うなんて、そんなわけ、


外側から鍵をかけて、電子キーも施錠した。そうだ。ぼくは彼を閉じ込めている。そんなわけ、ない。





閉じて

(その瞬間僕だけの君になる)











笑うようになった。甘えるようになった。おかえりと言ってくれたり、気まぐれで触れてきたりもしてくれる。

彼はぼくの隙を待っているのだろうか。信用を得て、外に出たいとごねて、信じたぼくの手から擦り抜けて警察に駆け込むのだろうか。彼は一体何を考えているのだろう。鎖で繋いでも、彼はぼくの近くにいない。

彼が眼を細めるたびに、ぼくは彼を信じられなくなる。退屈だと擦り寄ってくるたびに、ぼくに外出をねだるのかと疑う。自分でもうたぐり深くて嫌になるけれど、彼が何の打算もなくぼくに気を許すわけがないのだ。そんなこと、誰にいわれなくても理解できる。


「おにーさん。今日のご飯はなーに?」

「今日はビーフシチュー。あと、パンとサラダ。」


キッチンでおたまを握っていたら、彼が気まぐれな猫のように鍋をのぞきこんできた。最近染めたばかりだという白金の髪がぼくの眼の少し下でさらさらと揺れる。ぼくのつくったご飯を食べてくれるようになった。無防備に、話し掛けてくれるようになった。ぼくは少しずつ彼を手にいれながら、少しずつ失っている。


「やった、ビーフシチューすきー。」

「それはよかった。もうすぐできるからお皿を出してくれるかな?」

「はーい」


ふわふわとした雰囲気の彼が動くと、しゃらしゃらと鎖が鳴る。彼の首から繋がれた拘束は、十分な長さをもって彼を縛り付けている。


「どのお皿ー?」

「白いスープ皿がいいな」

「わかったー」


彼は自分を縛り付けるものやぼくに何もいわない。掠ってきたばかりのころはがむしゃらに暴れて離せやめろここからだせといっていたが、次第にそれはなくなり、喋らなくなった。そして今は、こんなにも近くで彼は笑っている。なんでだろう。恨まれて嫌われる覚悟を決めて、飼っているのに。


「おにーさん?どうしたの?」


鍋を見つめたままぼんやりしていたらしいぼくを心配そうに覗き込んで、彼はぼくに問い掛ける。ぼくはなんでもないよと唇の両端をつりあげて、どうにか笑顔をつくってみる。







黙って

(君の言葉は信じられない)







最近、おにーさんは俺を持て余している。


一週間ちょっと前に道で歩いていた俺を闇夜に乗じて掻っ攫ってきたおにーさんは、ちょっとかっこいい首輪と鎖を俺につけておとなしくしててねと頭を撫でてきた。そりゃあもう、最初はなんだこの危ない野郎はと思いましたがね。暴れても無駄だと理解した2日目からおにーさんのことをひたすら観察し続けた結果、そう危ない奴でもないんじゃないかと判断した。


確かに初対面っていうか道で見かけただけの俺を拾って飼っちゃうくらいだから、マトモな部類ではないのかもしれないけど。でも、普段の行動には筋が通ってるし、俺にも危害を加えようという気はないらしいし。普通に学校とかで出会っていたら、友達になっていたかもと思う。要は、俺はおにーさんを嫌いじゃない。


「おにーさん。退屈ー遊んで?」


元々寂しいと死んじゃう兎な俺としては、一日の大半を一人部屋で過ごすのは拷問にも近い行いだ。だから、仕事から帰ってきたおにーさんにおかえりと言ってからは、もう自分でもうざいくらいにへばり付いて離れない。今もソファーに座って寛いでいたおにーさんの背中に抱き着いてるし。ごめんね、疲れてるのに。でも俺にはおにーさんだけしかいないんだから、ちょっとくらいの我が儘は許してほしい。

少しウェーブがかかった柔らかい髪に鼻を近づけると、お風呂あがりのお湯とシャンプーのいい匂い。ぐりぐりとその髪に顔を埋めるように擦り付ければ、おにーさんは困ったような顔で俺をやんわり引き離す。


「もう遅いんだから、寝なくちゃ。」

「昼寝したから眠くないよー。おにーさん、眠いの?」

「いや、まだ平気。退屈なんだったら、何か見るかい?」


そういって背もたれに俺がへばり付いたソファーから離れてDVDを取りに行く。その自然といえば自然に離れた後ろ姿をぼんやりと見つめながら、細い鎖を人差し指に巻き付けて離した。


多分、おにーさんは俺を掠ったことを微妙に心苦しく思っていて、だから俺がおにーさんを嫌わないはずがないとか思ってるんじゃないかと思う。俺がこんなに態度に出しているのに、信じてくれないなんて失礼だよね。だけど、そんなマイナス思考で自虐的なところも、結構気に入っていたりする。


「何がいい?」

「アクションでコメディーな奴がいいー」

「なかなか難しい注文だな」


苦笑するおにーさんに、わざとですよーとはいわずににっこり笑ってみせる。そりゃあ朝から夕方までこの部屋に一人ですからね。おにーさんのコレクションの傾向なんて、知り尽くしていますとも。


俺はおにーさんの名前を知らない。おにーさんも俺の名前を聞かない。まぁ、荷物の中に学生証とかも入っていたから、知ってるには知ってるかもだけど。でも、呼ばれたことは一度もない。もう、一週間以上ここにいるのに。


俺はおにーさんを好意的に受け止めているし、おにーさんは俺のことが大好きだ。俺、大好きって思われるの大好き。だから、おにーさんも大好き。

でも言ったって絶対信じてくれないと思う。そんなの、俺は嫌だ。告白流されるとかショックすぎるもん。だから、しばらくは、このままで。







分かって

(でも分からないでほしい)





ぼくは彼のことが好きなんだ。それだけが、疑いようもない真実。


 彼を閉じ込めて、一月がたった。

 大学生らしい彼は幸運にか不幸にか、先月の半ばから来月の末まで夏休みらしい。テストも全部終わった後だったし問題ないよとにこにこしていたけれど、バイトに行ったり友達と遊びに行ったりしたいだろうにと思うと、後ろめたさに胸が痛んだ。

 丸々2ヶ月以上の休みに慣れた大学生である彼は、5日しか纏まった休みをとれない社会人に驚いていたけれど、仕方ないなぁとふにゃりとした笑顔を浮かべてじゃあ全力で遊ぼうねぇと指切りをせがんだ。


 ぼくは確実に彼の貴重な時間を奪い、くだらない日常を強いている。憎まれて当然だ。彼の細く骨張った小指にぼくの小指を絡ませながらあらためて自分に言い聞かせるけれど、淡い希望をいだいてしまうのもまた、事実。


 笑うようになった。甘えるようになった。おかえりと言ってくれたり、気まぐれで触れてきたりもしてくれる。だけどぼくは彼をどうしても信じられない。信じられないのだ。


「5日かー、あらためていわれると何していいかわからなくなっちゃうなー。とりあえず一緒にパエリア作って食べようよ。あとケーキも焼こうねー」

「……そんなことでいいのかい?」

「え、何そんなことって。じゃあ、24全部見よっか。俺見たことないんだよー」


へにゃりと笑ってだらしなくそのしなやかな身体をソファーに伸ばす彼の首から、強固な戒めが延びる。こけていた頬にも張りが戻ったし、以前よりも栄養が足りているのか、髪や唇のツヤも増した気がする。


 このところ、彼に触れてみたいという衝動が強くなっている気がする。無防備に抱き着かれたり投げ出された腕や足を見るたびに、何か恐ろしい気分が溢れそうになって急いで目をそらす。この感情の正体はわかっている。だけど、彼に向けていい類のものではないこともわかっている。無理矢理に掠っておいてよくいうとは自分でも思うが、本当にぼくは彼を失いたくないと思っている。

 嫌われるのも憎まれるのもかまわない。しかたないと思う。だけど、彼がぼくの手の中からいなくなってしまうのだけは嫌なのだ。もしもそんなことがあったら、ぼくは多分彼を探し出して二度と出られない檻の中に入れてしまうだろう。ぼくも一緒に入って外側から鍵を掛けてしまうのもいいかもしれない。そのまま共に朽ち果てて、誰にも気付かれないまま砂になってしまえばいい。


 彼は今を大切にする。ぼくは永遠を夢見ている。だからぼくは彼の言葉が信じられないのだ。彼がぼくを好きだといったって、それは明日の彼の感情とは別物なのだから。


「おにーさん、おにーさん」

「……なんだい?」


 気がつくと彼が心配そうな顔でぼくを覗き込んでいた。社会人になって上達したアルカイックスマイルを咄嗟に頬にはりつけたら、不愉快そうに顔をしかめられた。


「おにーさん、疲れてる?おれ、さっきから呼んでたのにー」

「え、ごめん」

「別にいいけどさー、明日から思いっきり遊ぶんだから、今日は早く寝ちゃいなよ」


 焦点が合わないほどに近い位置で細められている彼の目が、心配の色を浮かべている。彼はとてもやさしい。ぼくはそんな彼をこの腕の中におさめたくてしかたなくなって、そうするよ、とソファーから立ち上がった。


「おやすみ、おにーさん」

「おやすみ」


ひらひらと手をふる彼に挨拶を返して、彼を閉じ込めている部屋の扉を閉めた。そのまま二重の鍵をかけて、ゆっくりと息を吐き出す。


誰かぼくもこの部屋に閉じ込めてくれればいいのに。そうすれば、ぼくは、






隔てて

(もう近づかないでほしくって)




何の仕事をしているのかはさっぱりだけど、ひっろい部屋と人一人楽に養えちゃっていることから多分けっこう儲かる仕事。

 そういう仕事ってやっぱり忙しいものなのか、俺のご主人サマは俺が起きていないような早朝から、お腹と背中がくっつきそうになる8時くらいまで帰ってこない。つまりおにーさんが俺のために使う時間は一日4時間くらいであって、残りの20時間を俺は孤独と欠伸を噛み締めて生活している。正直退屈だ。だからおにーさんが夏休みとして貰ったという5日間の連休を、俺はずっと楽しみにしていた。8月の半ばから今日まで、半日余りをだ。それなのに。それなのに!


「……ごめんね」

「……仕事だからしょうがないと思う」


 ネクタイを締めてきっちりと高そうなサマースーツを着たおにーさんが、申し訳なさそうに俺の顔色を伺っている。神経質そうな銀縁眼鏡の奥の目が困ったように揺れるけれど、どうにも傾いたままの俺の機嫌はなおってはくれない。仕事だからしょうがないのに。ちゃんと、そう思ってるのに。


「……おにーさん、情けない顔」

「だって、君が、」

「怒ってないってー。ちょっと拗ねてみただけですー」


 多分もう時間に余裕がないのだろう、さっきからしきりに壁の時計を気にしているおにーさんに、へらっと笑ってみせて背中を押す。トイレもお風呂もある部屋の入口までぐいぐい押して歩いていって、少し手前でその細く広い背中から手を離した。


「いってらっしゃい」


 ふり向いたおにーさんに手を降ると、一瞬傷ついた顔をして、泣き出すのを我慢してるみたいな表情でいってきます、といった。


 俺には届かないドアを開けて俺の届かない世界へと出ていくおにーさんは、俺の隔絶された世界に苦しんでいる。この狭い世界の外でおにーさんが何を考えてどんなことをしているのかなんて俺には知り得ないけれど、この部屋にいる時のおにーさんと別のおにーさんがいるということは、確か。


しゃらりとなる鎖を撫でて、静かに音をたてる扉をぼんやりと見た。きっと今おにーさんは痛む良心を抱えながら、嫌われるのはしょうがないとか考えているのだと思う。


 馬鹿だなあ。今更そんなこと、思うわけないのに。


 俺は彼に首輪をつけて、鎖で繋いでしまいたい。

 細くて頑丈な銀に人差し指を巻き付けながらたどった先には、彼がいればいいのにと思う。


 もしかしたら俺は狂ってしまったのかもしれない。拉致されて、監禁されて、その犯人に焦がれてしまうなんて、どこかの心理学の実験結果にありそうなくらい愚かな事だ。喜劇にもなりはしない。渇いた笑いが、堪えきれずに少し溢れた。


 一人取り残された部屋の中で、ふらふらとソファーに近づいてどさりと座った。机の上には、昨日二人で見ようと選んでおいた数枚のDVD。投げ付けて割ってしまえたら少しは気分がよくなるかなぁと思ったけれど、そうする気力もなかった。

 ただ、いいようのない淋しさと虚しさがうずまいている。会いたいよ。会いたい会いたい会いたい。

 外に出たいとか逃げたいなんて思ってないよ。だから、俺と一緒にここにいてよ。


ねぇ、おねがい。








言わせて

(お願い、ひとつだけ伝えたいの)






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