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第一話「戴く獣」


 第一話 「戴く獣」

 

 「日差しがキツくないか?」

 「うん、大丈夫」

 今日は少し日差しが強いながらも良い晴れ模様。見てくれこの晴れ渡る青空を。

 …だが、車椅子に乗る妹の深湖 (みこ)には少し強すぎたようだ。

 外に出ていたいのか、元気な素振りを見せてはいるものの…。

 深い、いや烏の濡れ羽色と言えばいいのか、深湖の細く柔らかい髪を右手で撫で

 澄み渡る青空を仰ぐ。目に入ったのは鉤になり飛ぶ鳥の群れ。

 それよりも遥かに遠く、高く。妬みか恨みか。何とも例えようの無い胸の奥。

 何故――何故だ。俺はこれ程までに恵まれた体を持って生まれてきた。

 妹は何故…自分で歩く事すらままならない体で生まれてきた。

 呪うような目で天を仰ぎ、願うようにただ…。

 「半分ずつでよかったのに」

 「ん? 何が?」

 「いや、何でもない。さて、そろそろ病院に戻ろうか?」

 「…うん。そうだね」

 深湖はまだ外にいたいのだろうが、余り外に出すと体調を崩しかねない。

 再び深湖の髪を撫でると、優しく微笑みかける。

 どれだけ呪おうが願おうが現実は変えられない。それは判っている。

 ならば考え方を変え、深湖を守る為に神がこの体を授けてくれた。

 そう、思いたかった。

 だが、現実とやらは深湖の存在が気に食わないのか?

 俺ではどうしようもない病気や…そう。

 「お兄ちゃん!?」

 「ちくしょう…ざけんな!!!」

 病院の入り口にさししかった直後の事だ。俺達に向けて大きなトラックが突っ込んで

 きた。俺だけなら十分に逃げ切れただろう。だけど車椅子に乗っている深湖は…。

 考えるまでも無く、深湖を庇いはするものの相手が相手。不思議なものだ。

 死とはこれほどまでにアッサリと訪れ、痛みも無く与えられるものなのか。

 いや、それよりも深湖は助かったのか? あいつだけでも生きていてくれれば――

 「残念だが、お前の愛する妹も、お前と同じ運命を辿った」

 …。守れなかった、結局何一つとして深湖を守ってやれなかったじゃないか。

 強く目を瞑ったまま、唇を強く噛み締める。声の主が誰なのかもどうでもいいように。

 ただ、己の無力さに。

 「運命とは過酷なものだ」

 過酷? すぐにに再発する病や生まれ持っての半身麻痺…目の前に運命の神がいたならば、

 おもいっきり殴り飛ばしてやりたいぐらいだ。何で俺の妹だけが…。

 「心此処にあらず…か。まぁよい、そのまま聞くといい。

  我が主、我らが父はお前達、兄妹を痛く気にかけておられた。

  少年、まだ運命は終わってはいない」

 運命は終わってはいない…? もう死んだというのに何を馬鹿げた事を言う幻聴だ。

 「問おう、お前が不遇を背負い現在より今日を掴み取りたいか?」

 「いまより…今日を?」

どういう言い回しだ。判らないが…俺はゆっくりと目を開け、そして声のする方へ。

 白く眩く光の洪水に、眩しくてわからないが…逆光からか黒いシルエットのみが

 強く、強く浮かび上がり、俺の目にはとても神々しく映った。

 「我らが父の暖かき慈悲の御手。生半かな事では、その温もりを知る事は叶わぬ。

  再び問おう――」

 「やる。とどのつまり御湖の体を治せる。そのチャンスを与えてくれるってんだな?」

「…少々特殊な方法ではあるが、そうなるな。だが、お前は――」

 「くどい。アンタが誰か知らないが、やる。いや、やらせて下さい」

 そう言うと、黒いシルエットが近づいてくる。ゆっくりとだが体のラインというより

 衣服から女性と判った。声は少し冷たく低いようだが。

 「私を誰かも知らず…まぁよい。ならば乱世を正す手伝いをしてもらおう。

  乱れた世があってな、上質な魂が育ちにくくなっている」

 「死神か何かか? いや、それよりも妹は、深湖は?」

 「お前と同じ選択をした。互いを想い合う心は素晴らしいものだ。

  さて、ではお前も送ろう」

 そう言うと彼女?の細い腕が俺の頭部に差し出され、目の前が更に眩しくなっていく。

 「ちなみに、私は死神では無い。…お前達がバルキリーと呼ぶ者だ」

 「ヴァル!? ちょっ!!!!」


 流石に驚いた、ゲームやらで良く出てくるなんだっけ、戦乙女?だったか、

 うん。そんな奴だったよな。

 …にしても今度は真っ暗だな、それに体が鉛の様に重い…いや、動きにくい?

 視界もぼやけて何だ、ここは何処…?

 「おじいちゃん、この仔犬だけヘンだよ?」

 「これは…エルヴァント――」

 何だ、こいつら何を喋っている? というよりも何語だ!? 日本語喋れよ!!!!

 む、少し体が動――ごはっふ!? 何か小さい足がいくつも俺を蹴ってくる!

 だんだん視界がはっきりくっき…犬!? でかっ!!!何だこのデカい犬っころ!!

 つか蹴るな押すな!! …これは、まさか。ゆっくりと自分の体を見てみる。

 みっともない程に垂れた肉と皮。茶色の肌というか物凄く短い毛。

 前足…後ろ足。短い団子な尻尾。…俺、犬? しかも…いやぁぁぁぁあっ!!!

 近くにあった水桶にのしかかり水面に浮かぶ自分の顔を見る。

 …ひっでぇブサイク。何だこの早過ぎた巨神兵…。

 余りの姿に嘆く声の代わりに腹の虫がぐぎゅるぅぅぅぅうっと鳴り響く。

 何かすげぇ空腹感、何か飯…まさか犬の乳を飲めと!? 

 う…ぐぅ。仕方無い、アイツが不遇っていってたもんな。

 何より、この程度の事で深湖が助かるんならいくらでも飲んだらぁ!!!

 勢い良くいこうとしたが、まだまともに歩く事も出来ずなのか、それとも

 この有り余った肉が邪魔しているのか…どちらもか? ヨタヨタと千鳥足で

 母犬の元にいこうとするんだが、他の仔犬が進路妨害してくるワケだ。

 まさか仔犬の乳取り合戦を体験するとは…。

 蹴るわ押すわ噛み付くわ…だーっっっ! 向こうの方が強いだと!?

 幾度もトライするが数匹のワンコによって遮られる。

 くそ! 体力で勝てずとも知力では俺に明らかに分があるだろう。

 …くくく。俺にケツを見せて一心不乱に乳を飲んだが運の尽き。

 「食らえ!!ひっ…殺!!! 三 年 殺しぃぃぃいっ!!!!」

 「ぎゃわぁぁぁぁぁぁぁああっん!!!!」

 く、はははは!!! 転げまわって悶えている。前足も後ろ足も届かぬ肛門を

 抑えようとして必死で転げ悶えているわ!!! さて、一匹分隙間が開いたので

 俺も乳を頂戴…何かなぁ、こう何。母犬のこの乳の出る所、妙に黒いシミが

 ついてて非常に咥えたく無いんだが。…ええいままよ!!!!

 がふっと牙のまだ生えてないだろう口でかぶりつき吸い付く。

 生暖かい上にドロッとしたこう…うん。人間の飲むモノじゃない的なソレが

 口の中にやんわりと粘っこく侵食してくる。不味い、飲めたものじゃない。

 甘くも苦くも無く、ただひたすらに――濃い。無味濃厚といえばいいのだろうか。

 なんとか乳を飲み、俺は暫くこの納屋で陽を見ずに育つ事になったのだ。

 乳を取り合い、三年殺しまで食らわせた兄弟達と共に過ごした約一年。

 なんとも甲斐甲斐しく俺達を育ててくれた母犬と、金髪の少女。

 この一年という長さから違和感を一つ覚えたんだ。

 他の兄弟達はもう立派なワンコになっているのに、俺は然程も育たない。

 同じ犬種にも見えないが、何でだろうな。

 ここの人間の言葉も判らん、犬語は判るっぽいんだが。

 そんな悩みが解消される事もなく、更に年月が過ぎたお日様が頭上に

 燦然と燃え輝く昼。ポカポカ日差しの中、ただまどろむ俺。

 深湖も同じ選択、つまり何かの生物になっているに違いは無いだろう。

 だが、探し出す手立てが無い。そもそも俺達は…。

 「エルヴァー? ご飯だよー?」

 む、この声はあの金髪少女。どうも俺の事をエルヴァと名づけたらしい。

 人間の意識と名前があるのに犬ッコロの名前で呼ばれるとは…ふう。

 酷く重い体を起こし、地面に擦り付く程に垂れた肉と皮を引き摺り少女

 の元に。一体何…あ、飯か。 ゴチんなります!!!

 団子尻尾を左右に激しく振り、礼を言ったがワンである。

 「もう…食べる時だけそんな元気そうに」

 「がふがふがふが…げふぉっ!?」

 食べてる最中に頭を撫でるな!! この小麦を溶かしたような

 良くわからん味のする飯に、鼻まで突っ込んでしまったじゃないか!!!!

 「くすくす…君は戦乱を正す為に生まれてきたの?

  それとも戦乱を起す為に生まれてきたのかな?」

 「…?」

 すまんが、日本語で喋ってくれないか? もしくは犬語…無理か。

 何言ってるのかは判らんが、笑顔…いや、願いを込めた笑みっぽい

 それを俺に向けるのはいいがな…俺の顔を飯に押し付けないでくれないか?

 ほら!ほら!!! また鼻まで飯につかるっ! 力の加減してくれよ!!!

 「はぁ…お兄ちゃん。何処にいるんだろう。

  見せてあげたいな、こんなに元気な私…」

 「…????」

 今度は溜息ついて沈んだ顔だと? ははーん、好きな男でもいるんだな?

 まぁもうこの子も年頃だ。思春期の一つや二つはあるだろうな。

 寝食の恩もある、出来れば仲を取り持ってやりたいところだが、

 相手が判らんのじゃなぁ…。

 「じゃ、時間だから私はまた自警団の所に戻るね」

 「がもごふっ!?」

 だから飯食ってる時に押すな!!! …ああ、いつもの何か騎士っぽいのが

 いる駐屯所にでも行くのか。がんばってこーい。

 さて、ようやく落ち着いて飯を…。

 あれ? 確かに木製の器にあった飯が…無い。まさか――。

 「相変わらず人間に飼われているのか、貴様」

 「ゼオートかよ。うっせぇ、俺の飯食って言う台詞か」

 「ふん」

 鼻で笑って誤魔化しやがったな、このやたら引き締まった黒犬。

 狼に近い犬種なんだろうか、物凄く格好いい。くそ、羨ましく

 無いんだかんな!!!

 「で、貴様はどうするのだ?」

 「何がだよ」

 「他の国の人間がこの街に大勢押しかけてきている。

  武器を持ってきている所を見ると…」

 「侵略か。一宿一飯どころじゃない恩もあるしな。

  俺は戦うぞ」

 「そうか。そんな体で戦えるのかは判らんが、精々俺達の

  足を引っ張ってくれるなよ」

 全く、ちっと強いからってこの街のリーダーきどりか。

 いや、確かにカリスマもあるんだが…何か気にいらないな。

 俺達は犬だぞ? 街を守る理由が…俺は別としてただの犬の

 あいつ等にあるのか? 判らない。

 答えが見つからないまま、ソレを求める様に分厚い雲に半ば覆い隠された

 夕日を見つめ、明日の天気を予想する。

 「あの調子じゃ、雨だなぁ」

 鼻が敏感なのか風に乗ってくる微量な湿気を嗅ぎ取るが、

 それに微かだが血と鉄の匂い…さて、どう戦おうか。

 あの少女もそれを知ったのか、その晩は帰って来る事はなかった。

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