ボーリング
今日、俺たちのバンドが解散した。
惰性で走って来た俺たちのバンドという車は、その日、永久に歩みを止めてしまった。その車は、夢という道をまっすぐに走っていたはずなのに。
スタジオを出た途端、思い切り、何かにつまずいた。それが何なのかも、どうしてこんなことになったのかも、まったく解らなかった。
俺は街に出ると、何の目的もなく、何をしていいのかも解らず、ただ歩いた。街角のショーウインドーに自分の姿を映して見ると、そこには、時代遅れの革ジャンに革パンを身に着けて(バンドの衣装だった)、茶色く髪を染めた、不精ひげ面の男がいた。
夢に挫折した負け犬……。その姿を見た時、まっ先に、そんなフレーズを思いついた。
俺は、とりあえずタバコに火をつけて、一服した。
時刻は、そろそろ午後6時前だった。
黄昏時の街へ、俺が歩き出そうとした、その時だった。
「私と遊ばない?」
誰かが(おそらく女が)、俺に背後から声をかけて来た。
それは、見た目が中学二年生位の、とんがった髪形をした(やっぱり)女の子だった。彼女は、学校の制服らしきものを着ていた――だから中学生と思ったのだ――が、鞄は持っていなかった。
彼女は、俺のような人間に声をかけるタイプには見えなかった。髪も染めてないし、ピアスも化粧もしていない。どう見ても、普通の娘だった。それなのに、俺と遊びたいとは……解らない話だった。
俺は、さっき火を点けたばかりのタバコをもう一吸いした。その一瞬で、言うべき言葉を探した。
「ボーリングでいいか?」
彼女は、何でそんなことを言うのか解らない、という顔つきになった。俺も何でそう言ったのか、自分でも解らなかった。考える時間が足りなかったのかもしれない。
「うん、ボーリングでいい」
だが、それでいいらしい。それなら話は早かった。
「そうかい。じゃ、ついて来なよ」
俺は、タバコを咥えて、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩きだした。彼女は、馬鹿正直についてきた。
並んで歩く彼女の身長は、俺の肩くらいだった。歩幅も小さく、スタスタ歩く俺の隣を、一生懸命、大股で、文句も言わずについて来た。その姿が、何となく、微笑ましかった。
俺と彼女は、ボーリングを5ゲームほどやった。彼女は、ストライクが決まると、スカートが広がるのも気にしないて、飛び上がって喜んだ。彼女に気を取られた俺は、ガーターを連発して、彼女はそれを見るたびに大笑いした。表情がよく変わる子で、特に、笑顔が良かった。
散々ボーリングをやった後、ラーメン屋に行って、俺の奢りでラーメンとチャーハンを食べさせてやった。バンドも解散して、正直、懐が寒かったが、彼女のためなら多少の散財は惜しくない、という気分になっていた。
今更ながら事情を聞いてみると、親と喧嘩して、悪い女になってやる、と思って、家を飛び出した後、街でまず最初に見かけた俺に声をかけたらしい。彼女は話もそこそこでラーメンとチャーハンをわき目もふらずに勢いよく掻き込んで、残さずに片付けた。親と喧嘩したせいで、ろくに飯も食っていなかったのだろう。
「まあ、あまり親に迷惑はかけるなよ」
俺は当たり障りのない事を言った。
「うん、わかった」
彼女は素直に返事をした。
ラーメン屋を出ると、俺はタクシーを呼んで、タクシー代も渡してやった。
「どうもありがとう」
去り際に、彼女が言った。
「じゃあな」
俺はそう返した。
そこで、俺達は別れた。
それが起こったことの全てだった。それ以外には、本当に何もなかった。何で、そういう成り行きになったのか、後々になっても、俺には解らなかった。
その後、俺は二度と彼女に会えなかった。しかし、それから先、恋という言葉を聞く度に、今までにも何人かと付き合ったことがあるのに、真っ先に浮かぶのは、名前も知らない彼女の顔だった。
理由は未だに解らないが。
〈終〉