胡蝶の夢 (12)
ならば彼女自身が、悪い夢のような人生がこれから楽しくなるかもしれないと思い込んでくれるだけでいい。さすればそれがきっと彼女の中での真実になるだろう。
もし彼女一人で思い込むのが心もとないのならば、僕もまた同じように思い込もう。屋上に現れた彼女を見て、この場所が立ち入り禁止ではないのだと僕が少しでも強く思い込むことができたように。決して独りよがりの思い込みではないと、彼女がより強く思い込めるように。
「そう言わずにさ、僕がここで月見している間くらいは、そうなるかもって思って我慢してよ」
「月見は冗談じゃなかったの」
……まったく彼女の言う通りである。実に格好のつかない提案だった。
「……今日は冗談で、明日からは本当に月見をするつもり」
だがこの際、冗談だろうと嘘だろうと体裁はさておくことにする。要は彼女がここに飛び降りに来られないようにすればいいのだから。
「……なら、一体いつまでお月見してるつもりなの」
その場しのぎの僕の提案に、彼女はあっさりと応じてそう訊ねてきた。どうやら僕がなりふり構わなくなっているのを見て、そうするのが最善だと悟ったらしい。思ってもみなかった反応に答の用意などなく、僕がかろうじて返すことができたのは
「……特に決めてはいないんだけど」
そんな誤魔化しの言葉だった。これには流石に彼女も機嫌を損ね、見るからに不服そうに僕を睨みつけて言う。
「何それ。意味わかんない。ムカツク」




