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胡蝶の夢 (8)
彼女はそこまで言って口を閉ざす。その切実な台詞とは裏腹に、他人事のような話しぶり。気付けば、彼女の瞳は虚ろなそれへと戻っていた。
既に苛立った彼女の目を見た今となっては、そのぼんやりとした瞳は不可解な物として僕の目に映った。一体何が彼女にそうさせているのか。僕は彼女の独白に何を言うでもなく、そんなことに考えを巡らせていた。彼女もまた、物言わず空を眺めていたが、不意に
「……まるで蝶になった夢でも見てるみたいだ」
と呟いた。
咄嗟のことでその言葉を理解するには至らず「夢?」と聞き返す。
彼女は頷いてから口火を切った。
「『胡蝶の夢』って知ってるでしょ」
胡蝶の夢。確か中国の故事だったと思う。
ある男が、蝶になって空を舞う夢を見る。しかし目を覚ました男は、自分が蝶になる夢を見ていたのではなく、蝶が自分になる夢を見ているのではないかと疑う話である。そして彼女はその故事に、今の自分の境遇を重ねているのだ。