夫・育成ゲーム
私の夫は、とにかくお得に目がない。外食に行っても、お店の雰囲気とか食事の味とか見た目とか、そういうことは彼にとって重要ではない。
彼が重要視するのはコスパなのである。定価で美味しいものを食べるより、クーポンを使ってお得に食事ができることこそが彼にとって最大のスパイスなのである。普段はすき家のチーズ牛丼、大盛りが大好きな夫だが、吉野家の二百円オフクーポンが出たらこれまでのすき家愛はそっちのけで吉野家に走るのだ。そして、二百円安く食べられたという事実を最大の調味料にしながら吉野家の牛丼並盛りを頬張るのである。
夫自身も「俺の大好物はお得だ」と高笑いしている。変である。でも、家族にはそれを強要してこないしお得を楽しんでいるのは主に仕事の休憩中の出来事なので妻である私としても何も言わない。好きにしたらいい。でも、私にお得を強要してこなくなった理由のひとつに我が家の伝説ともなった事件がある。
それは、結婚して初めての私の誕生日だった。
誕生日当日は夫の仕事があったのもあり、誕生日数日前に夫婦で小旅行に出かけた。予約者は私。計画しているのも私。
行きたい場所を自分で予約して、夫は同行者なのである。サプライズとかが得意な夫でもないし別に私は気にしていなかった。
誕生日旅行という名のついただけのただの旅行だったのである。なんなら、旅行中に夫から誕生日に関する話題すら出てこなかったのだが
まぁ、誕生日当日におめでとうって言ってもらえたらいいな。という淡い期待を胸に誕生日当日を迎えた。
誕生日当日。私は念の為休みを取っていた。サプライズとか出来るような夫ではないけれど、何があるかわからないので一日空けておくことにしたのである。夫は朝からテレワーク。十七時に仕事が終わってから何か考えてくれているかもしれない。と内心ドキドキしながらも私は家事をしながら過ごしていた。
十七時、夫の仕事が終わり仕事部屋からのそっと現れた。「あぁ〜疲れた。ちょっと、出かけてくるね」とそそくさと靴を履き出かけて行った。
何かプレゼントでも用意してくれているのだろうか。結婚して初めての私の誕生日だしなと期待はどんどん膨らんでしまっていた。
それから、数十分後。夫が顔を赤くしながら帰宅した。「いいものを見つけたんだ!」夫はとても嬉しそうな顔で、私の元へやってきた。
なんだ?なんだろう?
そして、ダイニングテーブルに置かれたのは「カップラーメン しお」だった。
ん…?カップラーメンだ。なんだこれ? 少々混乱していると夫は続けた。「これ、半額だったんだよ!すごくない?百円もしなかったから二個買ってきちゃった!今日はふたりでこれを食べよう!」夫はとても嬉しそうな顔でこちらを見つめている。私は膨らんできた期待が、半額のカップラーメンとともに消えていく感覚を感じた。私の誕生日プレゼントって、これなのか?あぁ、私の誕生日の価値なんて百円以下なのだろうか。
ショックで、悲しくて、泣き崩れた。夫は私の涙の意味が全く分からないといった顔で驚いている。「今日は私の誕生日なのに、私への誕生日プレゼントってこれなの?!なんで?!普通は花束とか、ケーキとか、出てくるもんじゃないの?」悲しさと虚しさで私は思いっきり泣いた。
夫は、はっとした顔で事態を理解したようだった。「ちょ、ちょっと!俺、出かけてくる!!」大急ぎでどこかへ走っていく夫。泣き続ける私。
我が家はカオスだった。
しばらくして夫が帰ってきた。小さな花束と、スーパーのショートケーキを片手に。「本当にごめん!!誕生日プレゼントのつもりでカップラーメンを買ったわけじゃないんだけど、つい半額で嬉しくて見せたかったんだ。ごめん、本当にごめんね」ひたすら謝ってきた夫。
よくよく話を聞くと、夫の中で誕生日旅行に行ったことで誕生日のイベント、は終了したつもりでいて、誕生日プレゼントも何も要らないし当日もなにもしなくていいからね。と言った私の言葉を一〇〇パーセント信じただけだったのである。
誕生日当日である今日に、たまたま半額のカップラーメンを見つけていつものお得魂が爆発して買ってきただけだったそうだ。
私はたったひとつだけ、アドバイスをした。「女の子にとって誕生日当日って重要なの。何も要らないよ、何もしなくていいよ、と言われたとしても花束とケーキくらいは用意するものなの。わかった?」夫は深く頷いた。
それから、五年が経ち娘も生まれ家族の形は少しずつ変わったけれど、あの事件以降夫は毎年必ず花束とケーキを持って帰ってくる。
相変わらず、私の言葉を一〇〇パーセント信じて例外なく花束とケーキなのだけれど夫は夫なりに事件の反省を受け止めているのであろう。
ショートケーキ、チョコケーキ、チーズスフレ。毎年色んなケーキを選んで帰ってくる夫は来年どんなお得を選んでくれるのだろうか。
私の夫 育成ゲームはまだまだ始まったばかりなのである。




