山の神、カントリークラブ入口でどーする?GOする。
八百万タクシー運転手の辰巳(62歳 男)は、この道30年のベテランドライバーである。
長年連れ添った妻と一昨年に死に別れて以降、彼は主に深夜を中心に客を乗せている。
令和に入り、ますます押し寄せるDX化の波、AIが本格的に社会や人々の生活に入り込んでくる昨今の日本。彼は刻々と変化する山田山市を愛車の運転席から見つめて過ごしてきた。
DX化と言えば配車アプリだ。
辰巳もプロとしてタブレットを使いこなし、簡略化されるシステムに対応すべく、日々自分のスキルを更新させている。慣れてしまえばなかなか便利な物だ。
文明の利器に頼りすぎるのも問題ではあるが、仕事の相棒と思えば最高のアイテムである。
そんな配車アプリを搭載したタブレットが、深夜の車内にアラートを鳴らす。
確認してみると配車依頼である。乗車場所を見て、辰巳はおや?と思った。
「山田山カントリークラブ…?」
時計を見る。時間は24時になる頃だった。
不穏な時間に、もう客も居ないであろう場所からの依頼。仲間達はスルーを決め込んだようだった。
依頼を受理するボタンをタップして辰巳はハンドルを回し迎車の表示を点灯させた。
誰も拾わない客を拾うのは、辰巳のポリシーだった。
「いや、参ったわい。あのゴルフ場とやらができるとかでな?山姥の婆さんが立ち退きを迫られたと言うでな、天狗の太郎坊やら姥捨山の婆さんやらヤマノケやらと送別会をしておったのよ。どんちゃん騒ぎでしこたま酒を飲んで目が覚めたら、景色が変わっておってたまげたわい」
山田山カントリークラブで辰巳を待っていたのは、山の神…ヤマツミであった。
暗闇に沈むカントリークラブの正門前で、心細げに立っている老人の姿がとても哀れに見えた。
車内に迎えるなり、ヤマツミは誰かと話したくてたまらなかったかのように喋り倒す。
天狗とか山姥って実在したのか、と思うことは色々とあるが、プロとして黙って傾聴の姿勢をとる。…が、いつまでも止まりそうもないおしゃべりを遮って、辰巳は行き先を訊ねた。
「おじいちゃん、どこに行きたいの?」
「おお、そうじゃったな!あのな、ワシ、家に帰りたいんじゃ」
「ふむ。その家の住所分かります?」
「えーとな、この…すまほんに登録されている場所に連れてってもらえと、言われておる」
じゃーん!とばかりに辰巳に見せてきたのは、勾玉型のスマホ(神様仕様)だった。裏をみるとテプラで、
【山田山市役所 特別相談窓口】
と貼られている。
辰巳は察した。山田山市役所の佐藤の案件であると。
勾玉型スマホのロックを、ヤマツミの顔認証で解除する。
分かりやすく独立した位置に置かれたメモ帳アプリを触ると、佐藤からの伝言が書かれていた。
『ヤオヨロズタクシー、辰巳様へ
この方はヤマツミさんです。
この方の自宅…というか祠になるのですが、
現在はイオンモール山田山店の屋上にあります。
稲荷の祠と合祀されてますので、何卒よろしくお願いいたします。 佐藤』
「おじいちゃん、場所わかりましたよ。イオンモールに行きましょうね」
「うむうむ、頼むでな!」
「じゃあシートベルト締めてね。そこのベルトあるでしょ、引っ張って下の…そう、そこにカチンと」
ヤマツミにシートベルトを装着させて、辰巳はバイバス沿いのイオンモール山田山店を目指す。
ナビも入れるが、頭の中の地図の方が最短ルートを弾き出しやすい。そして臨機応変だ。
暗い山道を下りて国道に出る。オレンジ色の街灯が等間隔に並ぶ道路に、ヤマツミが目を輝かせている。
「綺麗な狐火だのぉ。おや!あれは何ぞや!巨大な葛籠じゃ!」
街灯や物流倉庫を珍しげに見るヤマツミ。
「味気ない景色ばかりでしょう?」
「味気ないというより…見知ったものが何も無い…、ワシの山はどこなんじゃろうか…」
「山はほとんど削られてますねぇ、高度経済成長期の頃に宅地開発も進んだので…」
「山を、削る……?」
ちょっと何言ってるのか分からない。という顔のヤマツミが顎髭を撫でる。理解の範疇を超えたようだった。
「山と田畑と、そして山しかなかった場所だったんだがのぅ……そうか、山を人は削るのか…難儀なことをしよるのぅ」
「…。おじいちゃんはどれくらい、あのカントリークラブにいたんです?」
「さぁなぁ?寝て起きたら現代にいたもんでな。寝る前はあのゴルフ場とやらはなかったハズじゃ」
信号待ちの間に、辰巳はスマホで山田山カントリークラブの歴史を調べる。オープンしたのは58年前という事だった。
「58年前とな!? ワシ、半世紀以上も寝ておったのか!」
「そうなりますねぇ」
「寝坊助もここまで来ると笑いしか出てこんな」
カッカッカッと笑うヤマツミにつられて、辰巳も少しだけ笑う。
「ところでのぅ、辰巳とやら。いおんもぉるとはどんな場所なのじゃろ?」
「そうですね、一言で言うなら…AEONに行けば全て解決する…ですかね」
「解決…?何が?」
「食料品から日用品までなんでも揃いますし、専門店なども充実してるので、服とかカバンとかアクセサリーとか…本屋とか家電屋なんかもありますし、冠婚葬祭用の誂え等も手に入りますし…美容院やら写真屋さんとかクリーニング、フードコート、ペットショップ、レストラン…あ、映画館もあったのか。まぁAEONに行けば1日潰せますね。カップルでも家族連れでも、1人でも楽しめる場所ですよ」
「…、お主が何を言っているのか全くわからん…」
首を傾げるヤマツミをルームミラーで見て、辰巳は少し笑う。
「きっとおじいちゃんも気に入りますよ」
「そうかの!まぁ悪い場所でもなかろうて。ワシの祠もちゃんと祀ってくれておるのは感心じゃ」
満足気に言うヤマツミに辰巳も頷き返す。
「この時間ですから屋上には入れないので、従業員入口からエレベーターに乗って屋上まで行ってくださいね」
「なぬ、お主は着いてきてはくれんのか」
「従業員では無いのでね。あ、守衛さんがいます。管狐の近藤さんが案内してくれると思いますよ」
「管狐とな。ふむ。まぁよかろう」
他愛のないおしゃべりをしながら、バイバスをひた走る。ヤマツミの近代からズレている話は、辰巳を少なからず笑わせた。
そうこうしているうちに、辰巳はイオンモール山田山店の裏に車をつける。
「じゃあ、ここがイオンモール山田山店、目的地なのでお会計をお願いしますね。現金かカード払いか…PayPayも使えますけど」
「えーとな、市役所の若造がぺいを使えと言うてたわい」
「PayPayね。じゃあアプリ開いて。…そう、その赤い四角いのを触って。私の持ってるこの端末にかざしてくださいね。料金は7600円です」
PayPay♪…スクラッチ チャーンス!
「わぁぁ!なんぞ言いよった!!」
「大丈夫ですよ、ほらちゃんと決済できましたよ」
決済画面をヤマツミに見せて、辰巳はドアを開ける。
外では管狐の守衛が立っていて、ヤマツミを待ち構えていた。
「ではな、辰巳とやら!楽しかったぞな」
「ありがとうございました。良い夜を」
バタンと閉じたドアの向こうで、管狐の守衛…近藤が、ヤマツミに嬉しそうに抱きついている。
旧知の仲なのだろう。ヤマツミも懐かしそうに笑っていた。
再び車を走らせる辰巳の元へ、ダッシュボードに括り付けたタブレットがアラートを鳴らす。
中島みゆきを口ずさみながら、辰巳は受理ボタンを押して再び、迎車ランプを点灯させた。
タクシードライバー辰巳の夜はまだ終わらないのであった。




