第一話 空っぽの大きな家
第一話 空っぽの大きな家
白色のグランドピアノに紫色が纏わりつく夕方、私はぼーっと手元の鍵盤を眺めていた。レースカーテン越しの夕日は目をぐしゃっと瞑ってしまうくらい眩しくて、母や兄から「遮光カーテンを付けたら?」と毎日のように言われるのにも納得だ。けれど私はこの大きな窓から差し込む光の線が好きだ。角部屋の特権である二面採光を勝ち取るため、二ヶ月前、私は十四歳らしからぬフルパワーで駄々を捏ねたのだ。
「柚、夕飯できたぞ」
扉越しに兄の樹暉が私を呼ぶ。六歳上の義理の兄。母の再婚によってできた兄たちのうちの一人だ。
リビングには既に家族が揃っていて、二階まで香ばしい料理の香りが漂ってくる。ロフト越しに覗く私の姿に気づいた義父が
「早く降りて来なさい」
と平坦に告げる。相変わらず一角が空席のままのダイニングテーブルは、今日も整然と整えられていた。けれどその完璧さが齎すものはあくまで均整であって、親交ではない。母と義父が再婚してから二ヶ月、私たちはまだ“仮の家族”なのだ。
「今週末の三連休、何か予定はあるのか」
「特に」
「そうか」
私を挟んで繰り広げられる義父と樹暉の会話は実の親子ながら淡々としていて、その空気感の独特さが私の動きを更に鈍くさせた。私にとって実の父との記憶はもっと気軽さがあるものだった。人生において二つの家庭を経験することがこんなにも違和感のあることなのだと、私は未だに順応できずにいる。心做しか母との会話も弾まない。格式を重んじる家系である園部家は、私たちのようないわゆる庶民家庭とは本来別格の存在なのだ。「由緒正しい〇〇家」なんて言葉をなんの躊躇いもなく口にできる義父を見ていると、私たちが家族になれる日は程遠いのだとさえ思った。
翌日の早朝、私は珍しく朝から温水プールでひと泳ぎしてからリビングへ向かった。すると義父と母が深刻そうな顔で何かを話している。ガラス戸を少し開けて様子を窺っていると、時折「虐待」「施設」などの不穏な言葉が聞こえてきた。話しぶりから察するに、最近誰か近しい親戚が実の子供を虐待していたことが明るみになったらしい。その子は今病院にいて、引き取り手を探しているそうだ。けれど母にそんな親戚がいるなど聞いたことがない。恐らく義父の親戚の方だろう。
「その子が退院したら、うちに連れてくることになるだろう」
「……あなたは弟の尻拭いができて良いんだろうけど、実際に面倒を見るのは母親の私なのよ?」
「理解してくれ。うちしか引き取り手がないんだ」
母の怪訝さを隠せない表情と、義父の正義感に満ち溢れた表情のギャップが私の心を迷わせる。虐待をされたその子はとても気の毒だと思ったが、私は母と同じで義父が引き取り手として名乗りを上げることには断固反対だった。今でさえ余所者アウェイな私がこれ以上空気にされるのは困るのだ。せめて義父との距離感をはっきりさせてからでないと、私にとって家庭が今後も気遣いの場になってしまう。毎日義父に嫌われないことだけを意識して、ソファで寛ぐこともままならない生活が今後も続くと思うと耐えられなかった。
(虐待……か)
私が母にされてきたことを思うと、可哀想と思うべきこともそう思えなくなってしまう。弟と差をつけられて育ち、愛情にも明らかな違いがあった。何度も蹴られ殴られた。お前は要らないと何度も言われた。父が母を殴る場面を見ても何も感じなかったのは、きっと私が鉄人間にでもなったからなのだろう。本来ならその親戚の子供に共感し、義父に決定を委ねるべきなのかもしれない。けれど一般的な人よりも共感能力が乏しい私は、あくまで他人事、うちには関係の無いことだと無意識に自分を納得させていた。まるで血も涙もない鬼のようなことを考えているのは百も承知だが、その子には施設で暮らす幸せがあるのだと思う。
「おはようございます」
少し間を置いてからリビングに入る。二人とも少し窶れた顔をしていて、私を見るなり「これ以上はまずい」とでも言うように目配せをした。正直に聞いてしまったことを言おうとも思ったが、それはそれで義父の決定に全て賛同しなければならなくなるのではないかと思って辞めた。そういえば義父や樹暉たちは私や母、弟たちを家に迎え入れた側だ。大人の義父はともかく、兄二人はどう感じたのだろうか。やっぱり二人にとっても私たちは異物なのだろうか。
学校に居る間も、私の脳裏には今朝の母たちの顔が焼き付いて離れなかった。三年生に進級してから同じクラスになった附属小組が騒ぐ耳障りな声も、今日は気にならなかった。結局放課後になっても気分は憂鬱なまま、私は前の家に住んでいたときよりも遠くなった帰途を無心で辿っていた。
「ただいまー」
家に帰ると、珍しく玄関から続く廊下の電気が消えていた。不安なままリビングへ足を進めると、どうやら義父と母が話し合いをしているようだった。声をかけずともわかる。今朝の話し合いの続きだろう。
「あなたは自分が医者だからそんなことを平気で言えるのよ!」
母は綺麗な顔を真っ赤にして息を荒くしている。私は胸の奥が震えるのを堪えるのに必死だった。
「でも私は?私や湊たちの人生はどうなるのよ!」
怒鳴り声が苦しい。何度も聞いた、いつも私に向かっていた辛い声。息が苦しくなる。それでも悲しい感情だけは私を突き刺してくる。母がこういう時に呼ぶのは決まって弟の湊の名前か、末の弟の樹の名前だ。やっぱり私は愛されてなんかいない。その絶望感が、逆に私を現実に引き戻してくれた。
「そんな言い方はないだろう。私は大人として当然の選択をするだけだ」
「でも……!」
「君だって子供を見捨てられないはずだ」
母の音が途切れる。私は咄嗟に前に出る。わざと大きな足音を立てて、大袈裟な動作でガラス戸を開けた。
「ママ、おとうさん、ただいま」
義父はゆっくりと私の方に身体を向ける。母はこちらに背を向けたまま嗚咽を漏らしている。
「おかえり。遅かったな。そろそろ夕飯にしようか」
私は義父から目を逸らしそうになるのを必死に我慢して、ゆっくりと頷いた。馴れた手つきで夕飯の支度を始めた義父は、時折確認するように母を見ては、泣き続ける姿から目を逸らすように手元に視線を戻すことを繰り返していた。空気と共にガラスのダイニングテーブルから透ける床のタイルが妙に歪んで見えて、私はとてつもなく居心地の悪さを感じていた。けれど自分の部屋に行かなかったのは、きっと心のどこかで母に同情していたからだろう。私のことを好きじゃない母はあまり良い親だと思えないけれど、それでもやっぱり私にとって母は母なのだ。再婚相手を突然紹介されたときも、私は母がそれで楽しく生きれるならと快諾した。それで少しでも母が満たされるなら、満たされて、私に優しくしてくれるかもしれないなら、と。
ふとテレビの画面に目がいく。放送されていたのは夕方のニュース番組で、どうやら酷い児童虐待があったそうだ。
(……これって)
子供は八歳くらいの男の子、親の身元は分かっていない。“くらい”という言葉が妙に引っかかる。名前を言うことすら出来なかったのだろうか。私は無意識に子供が瀕死で話すことすらできないような状況を想像して、不愉快な気持ちでいっぱいになった。そしてこのニュース、多分今朝の母たちの会話内容そのものだ。区は違えど同じ都内、しかも先程まで下を向いていた義父の目線が、画面に釘付けになっている。
「酷いことをする人がいるんですね」
私は無意識に義父に向かって口を開いていた。それは決して確かめる質問ではなかったし、現に私も自分の言葉に驚いたくらいだった。
「……聞いていたんだな」
「ごめんなさい」
義父はコンロの火を止める。その表情はまるで何かと葛藤するように曇っていて、けれど確かな決断の色も滲ませていた。
「もし弟がもう一人できると言ったら、困るか」
「いいえ」
私は反射的に首を振っていた。内心では弟ができるなんてとんでもない、生活が変わることなんて絶対に受け入れられないという気持ちが台風のように渦巻いていた。けれど私がこう言えば義父は安心するだろう。母を裏切った罰は予測できる。けれど義父を裏切った罰は予測ができない。たったこれだけの違いが、私の一生を変える言葉を引き出させたのだ。
「……沢山の、困難を抱えた子だ。話せないし、自分で食事もトイレもできない」
「それは……」
私の中で、ひとつの記憶が掘り起こされた。それは苦い苦い記憶で、当時小学五年生だった私には到底背負いきれない重さを持った記憶――
「うちの娘と仲良くしてくれて、本っ当にありがとう」
「お友達ができたって聞いた時は耳を疑ったのよ。お喋りも得意じゃないし、難しいことも多くて……」
「とにかく、柚ちゃんが居てくれて本当に助かったわ。これからも、友達でいてあげてくれる?」
私は泣きながら頭を下げる綾音ちゃんのお母さんに、ただただ笑顔で頷くことしかできなかった。知的障害と自閉スペクトラム症を抱えながら、普通級で授業を受ける権利を主張し続けた綾音ちゃん親子。誰かが身を砕いて譲歩して、やっと成立する友情を友情だと思い込む親子。私の右肩に今も消えない傷を残した「友達」――
私の中で、新たな弟の存在が現実味を帯びた瞬間だった。義父は私の答えを聞くやいなや夕飯の支度に戻り、再びリビングには沈黙だけが残された。違っていたのは、そこにあった空気の重さが少し柔らかくなったことだった。
夕食の時間、義父は樹暉や弟たちにも改めて話をした。その子には名前がなくて、生まれてからずっと二畳にも満たない物置部屋に閉じ込められ、外に出たこともなかったそうだ。年齢が分からないのは、その子に戸籍がないからだった。普通は喋れない子でも、児童相談所の人が戸籍を調べたりして年齢や名前が分かるそうだ。今回のようなケースはかなり難しいものらしく、児童相談所の人が辿れたのはアパートの契約主が義父の弟夫婦だという情報だけだったようだ。
「まだ会いに行ってはいない。面会の許可がすぐには下ろせない状況だからだ。とうさんの病院にもたまに虐待の疑いがある子が来るが、推定入院期間から鑑みて、稀に見るほど重度の栄養失調状態だろう」
義父は淡々と言葉を並べる。総合病院の院長かつ小児科医である義父は、今までに何度も虐待通告を余儀なくされる場面に出会ってきたらしい。そういったケースでは病院側に通告の義務があり、公的機関には子供を親から引き離して安全な環境に送る責任があるそうだ。けれどそれはあくまで他人の子の話だ。名前も戸籍もないその子にとってうちは最後の砦。我が家は送られてきた先の安全な家庭という位置付けになる。通報したらあとは公的機関に任せれば良い状況とは、訳が違うのだ。
食事を終えたあと、私は早々に自室に引きこもった。なるべく母に会いたくなかったのもあるし、義父の話に頷き続けることに疲れたのもある。とにかく今は何もする気が起きない。私は見もしないテレビをつけたまま、だらしなくソファに寝転がって小説を読み始めた。最近は自粛期間の影響で、小説にハマる人が一気に増えた。言わずもがな私もその中の一人だ。こうして小説の世界に浸っているうちは、現実を思い起こして憂鬱になることもない。そのうちテレビの声が鬱陶しくなって、私は乱暴にリモコンを手に取った。すると画面のテロップに目がいった。「虐待に苦しむサバイバーたち」。今日はやけにこういう内容を目にする。私が意識してしまっているだけかもしれないが、なんにせよ、これでまたあの子の話を思い出して不愉快になったことは言うまでもなかった。
それからも、私の日常には「虐待」の言葉が増えていった。テレビニュースは嫌でもちゃんと見るようになったし、スマホの検索履歴にも「虐待」「児童虐待」の文字が並んだ。普段無料漫画を読むために使っている電子コミックアプリのライブラリーにも、虐待被害者の妻を支える夫の漫画が追加された。もちろん無料で読めるということもあるのだが、一番は私がその情報を求めていたということだろう。まるで静かに私の日常を侵食していくようなあの子の存在に、私は興味を向けずにはいられなくなっていた。虐待について知っていくうちにいつしか嫌悪は興味に変わり、更には微かな同情すら芽生え始めていた。虐待とその後遺症に苦しむ人たちの記事を見るにつれ、その救いようのなさにも気づき始めていた。そして私が母から受けていた暴力や叱責が、紛れもなく心理的・身体的虐待に相当するものだということも確信に変わった。あの子の退院が決まったのはその頃だった。義父は水面下でその子との面会を進め、母も一応は納得したということらしかった。私が学校に行っている間に家庭裁判所の人が家を視察に来ていたり、義父と母が何度も児童相談所へ行って諸々の手続きや面談をしに行ったりしていたらしい。私は知らなかったのだが、どうやら虐待されている子供だったとしても、新しい親に引き取られるのは簡単なことではないらしい。場合によっては親としての権利が虐待をした親に残り、新しい親は前の親との面会を拒否できなかったり、子供に関しての重要な権利を持てなかったりするらしい。私は虐待について調べていく過程で、虐待された子を引き取って育てるというような小説を何度も見た。けれど実際の制度や法律に即して見てみると、それらはほぼ全て不可能なものだった。例えば一人暮らしの人は原則として里親にはなれないし、恋人同士や同棲夫婦も里親にはなれない。更には収入や家の環境、家族構成や親戚関係まで詳しく審査される。母がぼそっと「値踏みされてる」と言っていたのはこのことだろう。要は我が家は一応その仮審査の仮審査に合格したということらしい。実際にその子が家に来る日が近づくと、私も児童相談所の人と話すことになった。スーツを着た大人が二人も目の前に座って真剣にこちらを見ているのは少し怖くて、中学受験のときの緊張を思い出した。それは弟たちや樹暉も同じようで、気が付けば家の中では自然と「あの子」の様子についての会話が出るようになっていた。
そして迎えた当日、訳あって退院してからも少しの間を施設で過ごしたその子が我が家にやってきた。
「こんにちは……」
私は目を疑った。言葉を選ばずに言うと、全然可愛くないのだ。予習のためにと虐待された子を引き取った里親のドラマを見たりしたが、その中に出てくる子は汚くてもどこか可哀想で手を差し伸べたくなる子で、見た目も……普通だった。決してこんなに目がギョロギョロしていて頬が痩けてはいなかったし、こんな独特なにおいもしなかった。目を合わせてすらいないのにこんなに怖い目があるのだと、私は本気で思った。
「さあ、馨くん。おうちに入ろうか」
義父の声は少し高くて、緊張しているのか気を使っているのか、心做しかいつもより笑顔が多いように見えた。玄関の白色の大理石の床を、小さな足が拙い動きでゆっくりと進む。玄関からリビングまでのたった数メートルの距離がここまで長く感じたのは、初めてのことだった。そしてこの日から、私の地獄の日々は始まった。




