関所と衛兵隊長
建国祭の喧騒が、遥か上空まで響いてくる。
帝都の空をリヤカーで滑走していた私は、街全体を覆う巨大な魔導結界の「歪み」を捉えた。
(……この効率の悪い術式、放っておけないわ。王国の二の舞にならなければいいけれど)
私はリヤカーのレバーを引き、関所の広場へと降り立った。
* * *
着地するやいなや、重厚な甲冑に身を包んだ男が立ち塞がった。
衛兵隊長を名乗るその男は、私のリヤカーと旅装束を胡散臭そうに見つめ、微動だにしない。
「ここは通さない。建国祭の間、許可なき者の入市は禁じられている」
「私はただ、この街に入りたいだけなんだけど。この結界の調整についても、話があるわ」
私が食い下がっても、隊長は「一点張り」の無愛想を貫く。
そこへ、別の兵士が慌てて駆け寄ってきた。
「衛兵殿、城代がお呼びです! 至急、北門の不具合について報告をとのことです!」
「……ちっ、分かった。すぐに行く」
隊長は舌打ちをすると、私を冷たく突き放した。
「おい、お前。すぐにここを出ていけ。……南から来たんだろう? その身なり、あちらの落ちぶれた貴族様ってところか。お家ごっこなら他所でやるんだな。すぐにお家へ帰りな!」
そう言い捨てて、隊長は走り去ってしまった。
* * *
「な、なによ。私は、この街に入りたいだけなんだけど」
立ち去る隊長の背中に向かって、私は思わず口を尖らせた。
せっかく結界の綻びを直してあげようと思ったのに、あの態度は何かしら。
南の貴族? 確かに以前はそうだったけれど、今は誇り高き「リヤカー賢者」よ。
しかし、門前払いを食らって広場で立ち往生していても効率が悪い。
私はふう、と溜息をつくと、エクス号のハンドルを握り直した。
「……ま、いいわ。あんなに余裕がなさそうじゃ、今日中に結界の不具合で大騒ぎになるのは目に見えてるもの。今はゆっくり休みましょう」
私は関所のすぐ隣にある、石造りの古びた宿屋に目を留めた。
そこは、入市許可を待つ商人や旅人が利用する、ごくありふれた素朴な宿だった。
「ごめんください。一晩、お願いできるかしら」
「はいよ。……おや、お嬢さん、一人かい? その妙なリヤカーは裏の厩舎に繋いでおきな。盗まれんように鍵も貸してやるよ」
宿の主人は、私の身なりをジロジロ見ることもなく、手慣れた様子で鍵を差し出した。
あの衛兵隊長とは大違いの、程よい無関心さが今の私には心地よかった。
私は「エクス号」を裏庭へ運び、ヒノキの香りが残る荷台にそっと触れた。
「エクス、お疲れ様。明日は帝国産の珍しい雑穀を買ってあげるからね」
部屋に入ると、簡素なベッドと小さな机があるだけの質素な空間だった。
けれど、窓からは帝都を覆うあの巨大な結界魔法の「光の網」がよく見える。
「……やっぱり、あそこの結界の結び目、演算が古い。今のままだと満月の余波で共振が起きて、夜明け前には弾けるわね」
私はベッドに腰掛け、ビスケット缶から取り出した「薬月荘」の残りの粉末を飲み込んだ。
疲れているはずなのに、頭の中では勝手に結界の修正式が組み上がっていく。
「明日の朝、あの隊長が青い顔をして宿に飛び込んできても、タダじゃ直してあげないんだから」
私はそう独りごちると、帝都の夜景を眺めながら、深い眠りに落ちていった。




