リヤカー大変身
「まずは、木材だな。いくら魔法をかけても元の土台が腐ってちゃ、空中分解するのがオチだ」
おじいさんはそう言うと、使い古された、けれど手入れの行き届いた大きな鋸を持ち出した。
ガレージの奥から引きずり出されてきたのは、この辺りでは珍しい、清涼な香りを放つ「ヒノキ」だ。
「ヒノキ」の中でも、霊峰に古代から祀られていたものらしい。
「嬢ちゃん、手伝いな。魔法を使うのは最後の最後、仕上げだけだ。まずは自分の手で形を作る。それが、物に意思を宿らせる一番の近道なんだよ」
「……わかったわ、やってみる!」
私は、泥だらけになったドレスの袖をさらに捲り上げると、おじいさんに教わった通りヒノキの丸太に足をかけた。
キコキコと、小気味よい音が静かな夜の森に響く。
慣れない作業に手のひらが赤く熱を持つけれど、不思議と嫌な気分じゃない。
適切な長さに切り出したヒノキの角材を、リヤカーのボロボロだった木枠に一つずつ丁寧に組み合わせていく。
釘は使わない。
木と木を噛み合わせる「継手」の技法だ。
「よし、形になったな。……嬢ちゃん、出番だ」
「任せて!」
私は切り出したヒノキの接合部に指先を触れさせた。
ここでようやく、私の古代魔法が火を吹く。
「——事象固定。分子構造の緊密化、及び異物質間の同質化を承認」
パッと翡翠色の火花が散る。
バラバラだった角材は、まるで最初から一本の木だったかのように滑らかに一体化した。
魔法で無理やりくっつけるのではなく、木材自身の「繋がろうとする力」をほんの少しブーストさせる。これこそが、魔法消費を最小限に抑える効率的な「仕上げ」だ。
「ほう……見事なもんだ。これなら、わしのミシン仕事も捗るってな」
おじいさんは満足げに頷くと、いよいよ月光銀の布をミシンにセットした。
カタカタカタ、とリズムよく刻まれる針の音。
「おじいさんが物理的な『風よけ』を縫い、私がその表面に『流体斥力』の術式を一幕被せる……。これ、最強のハイブリッドじゃない!」
私たちは夜を徹して作業を続けた。
車輪の軸には、おじいさんが削り出した硬質のヒノキ。
そこに私が「摩擦抵抗の相殺」の魔法を薄くコーティングする。
荷台の底板には、おじいさんが鉋をかけた板を、私はその裏側に「重量軽減」の呪印を刻んだ。
朝日が森の隙間から差し込む頃。
そこには、ヒノキの爽やかな香りと、銀色の幌が放つ神秘的な輝きが融合した、全く新しい「乗り物」が完成していた。
「できたわ……! 魔法だけに頼らない、本当の『旅の家』が!」
「いやあ。嬢ちゃんの魔法がなきゃ、ここまでできなかったよ」
「……ふふっ、このリヤカーもきっと喜んでいるわ」
「そういえば、このリヤカーに名前は付けないのかい?」
「そうねえ、エクスはどうかしら?」
「エクス?」
おじいさんが不思議そうに首を傾げた。
「ええ。私から全てを奪おうとした女の名前よ。でも、これからはこの子が私の足となって、彼女たちが一生かかっても辿り着けない場所へ私を連れて行ってくれる。皮肉が効いていて、最高だと思わない?」
私はクスクスと笑いながら、ヒノキのハンドルの感触を確かめた。
復讐心というよりは、過去を笑い飛ばすための私なりの儀式だった。
「……ま、嬢ちゃんが気に入ってるなら、それが一番だな。いい名前だ」
おじいさんは深く追求せず、ただ温かく笑って私の門出を祝ってくれた。
私は、新調したドレスに身を包み、完成したばかりのリヤカーのハンドルを握る。
指先から伝わってくるのは、魔法の冷たい感触ではなく、丁寧に削り出されたヒノキの温もり。
「エマさん、おじいさん。……行ってくるわ!」
「ああ、無理するなよ。そのリヤカーは、もうあんたの一部だ。信じて進みな」
「しっかり食べるのよ。疲れたら、いつでもこの森を思い出すのよ」
私は二人の笑顔を胸に、リヤカーをゆっくりと押し出した。
数歩進み、十分に加速したところで、仕上げの魔力を解放する。
「——エクス号、テイクオフ!」
フワリ。
浮き上がったリヤカーは、ヒノキの香りを風に乗せながら、朝焼けの空へと静かに滑り出した。
魔法と職人技が産んだ「世界一贅沢なガラクタ」は、昨日までの自分を置き去りにするように、ぐんぐんと高度を上げていった。




