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事件の終わり


皇帝の衛兵たちが重厚な扉を蹴破ると、麗華の宮は一瞬にして怒号と悲鳴に包まれた。


「無礼者! ここをどこだと思っているの!」


寝所にいた麗華が髪を乱して飛び出してきたが、背後に控える皇帝の姿を見た瞬間、その顔は見る間に蒼白になった。私は彼女の狼狽を無視し、事前に割り出していた北側の不自然な壁へと突き進む。


「セラフィマ、ここよ。扉があるわ」


飾り棚の裏に隠された隠し扉をこじ開けると、そこには冷たく湿った、窓一つない小部屋があった。


「お姉様……!」


セラフィマが叫び、部屋の隅へ駆け寄る。そこには、ぼろぼろの衣を纏い、焦点の合わない瞳で虚空を見つめる莉杏姉様が横たわっていた。傍らには、あの「ナツメグと海藻」の混じった食事の食べ残しが置かれている。


「誰……? ああ、また、あの香りが……」


お姉様の声は掠れ、記憶も意識も混濁している。

私たちが誰であるかさえ、認識できていないようだった。


「マリア、お姉様を抱き起こして! 今すぐ毒を中和しないと、神経が完全に焼き切れてしまうわ!」


セラフィマの瞳に、迷いはなかった。

彼女は薬師としての全知識を注ぎ込むべく、震える手で薬箱を展開した。


まずセラフィマは、鼻を突くような強い刺激臭を放つ揮発薬を莉杏姉様の鼻先に近づけた。



「お姉様、起きて! 悪夢をシャットダウンするのよ!」

肺の奥まで届く鋭い香りに、お姉様が激しく咳き込む。

虚ろだった瞳に、微かな、しかし確かな火が灯る。


間を置かず、セラフィマは通用門で手に入れた証拠を元に調合した、高純度の液体薬を取り出した。


「これを飲んで。体内に残っている毒のコードを、この薬で書き換えるから……」

お姉様の震える喉を優しく摩りながら、一滴、また一滴と中和剤を流し込んでいく。セラフィマの指先は、お姉様の体温が一時的に上がり、毒素が分解されていく微かな脈動を克明に捉えていた。


最後に、セラフィマはお姉様のこめかみに、心を落ち着かせるための穏やかな香油を丁寧に塗り込んだ。


「大丈夫。もうあの嫌な香りはしません。……私たちはここにいるわ、莉杏姉様。あなたの妹たちが、ここにいるのよ」





数分後、お姉様の荒かった呼吸が、静かな波のように整い始めた。

ゆっくりと持ち上げられた瞼の裏で、お姉様の瞳がようやく、必死に自分を支える私とセラフィマの姿を捉えた。


「マリア……? セラフィマ……なの……?」


その掠れた声を聞いた瞬間、セラフィマの目から堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。


「ええ、そうよ。迎えに来るのが遅くなってごめんなさい。……お姉様、悪者は退治したわ」


背後では、皇帝が冷徹な声で麗華の捕縛を命じていた。ララヴァース商家との癒着、毒を用いた暗殺、そして莉杏姉様の不当な監禁。麗華にはもう、この後宮というシステムに居場所は残されていない。


私たちは、衰弱したお姉様を二人で支え、朝焼けが差し込み始めた離宮をゆっくりと歩き出した。

後宮という名の巨大な監獄。その檻をけ破り、私たちはついに自由を取り戻したのだ。


「さあ、お姉様。……帰りましょう。私たちの、本当の家へ」






* * *






後宮に朝日が差し込む頃、かつてこの場所を支配していた静寂は、全く別の意味を持つものへと変わっていた。皇帝の命により、麗華妃の身柄は即座に剥奪され、彼女は「存在しない罪人」として、光の届かない北の果ての塔へと幽閉された。


ララヴァース商家との癒着、そして毒を用いた数々の凶行は、後宮の歴史から醜い汚れとして永久に消されたのだ。




* * *






数ヶ月後。

後宮の喧騒から遠く離れた、緑豊かな地方の小さな屋敷。


「お姉様、あまり無理をしないで。今日は日差しが強いから、テラスで休みましょう」


セラフィマの声に導かれ、莉杏はおだやかな微笑みを浮かべて椅子に腰を下ろしていた。

あの夜、セラフィマが施した懸命な処置のおかげで、混濁していた彼女の意識は、今では鏡のように澄み渡っている。かつての輝くような美貌も、穏やかな生活の中でゆっくりと、確かな血色を取り戻していました。


「ありがとう、セラフィマ。……不思議ね。あんなに暗い場所にいたはずなのに、今見ているこの空が、まるで新しく書き込まれたばかりみたいに綺麗に見えるわ」


莉杏の手のひらの上には、セラフィマが調合した滋養薬が置かれている。それはもう、毒の香りで誤魔化されたものではなく、心身を癒やすための純粋な薬だった。


一方、私は部屋の中で、皇帝から届けられた最後の手紙を暖炉の火に投げ入れた。そこには、私の「管理者」としての手腕を惜しみ、後宮へ戻るよう促す言葉が並んでいましたが、今の私には不要だ。


「マリア、何をしているの?」


莉杏が優しく私を呼びます。私は暖炉から立ち上がり、お姉様たちの元へと歩み寄った。


「なんでもないわ。ただの、古いデータの整理よ。……さあ、お茶にしましょうか。今日はセラフィマ特製の、毒なんて一欠片も入っていない、最高に美味しいお茶をね」



三人の笑い声が、風に乗って庭園に溶けていった。ここには権力も、陰謀も、偽りの愛もない。

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