離宮での夜会
「まずは、化粧などもろもろを駆使した大変身ね」
私はアルベールに命じて、帝都でも滅多にお目にかかれないような最高級の化粧品一式を取り寄せた。
ドレスや装飾品は、彼の「徴税官」としてのコネ(と私への恩義)をフル活用した特注品。
私は彼女を鏡の前に座らせると、アルベールが冷や汗をかきながら揃えた最高級の道具を並べる。
「えっ、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ!プルンプルンで艶々な果実に仕上げるわよ」
そう言って私が自信たっぷりに筆を動かしてから、十分後。
仕上げとして、彼女の唇に南方の島でしか採れない深紅の花びらを煮詰めた紅を差す。
中央を濃く、境界をあえて数ミリ曖昧にぼかすことがポイントだ。
最後に、最高級の香油を一滴。
準備が整い、私がをセラフィマの化粧終えた時――部屋の空気が凍りついた。
そこにいたのは、さっきまで布を被っていた娘じゃない。
流れるような絹のドレスに、星を閉じ込めたような宝石。
そして、私のメイク術で強調された彼女の美貌は……もはや「暴力」だった。
「……あ、あ……」
アルベールは言葉を失い、知性のかけらも感じられないほど口を半開きにして、赤面している。
しかも、護衛の兵士たちに至っては、のぼせ上がって足元がふらついている。
「ふん、上出来ね。」
私は満足げにバットを回すと、呆然としているアルベールを小突いた。
「さあ、いつまでフリーズしてるの。予行演習の時間よ。今夜、この街で一番大きな夜会があるんでしょ?そこに鲸鱼も参加させるのよ!」
* * *
夜会が開かれているのは、帝都の北側に位置する「離宮」。
ここは皇帝の気まぐれや、後宮の有力な妃たちが下界の空気を確かめるための場所だ。
豪奢なシャンデリアが放つ光の奔流、高価なワインの香り。
今夜の主役は、貿易で巨万の富を得た新興貴族の成金たちと、彼らに活動資金をねだる没落寸前の門閥貴族たちらしい。彼らの周りには下級妃や官女、中級妃の取り巻きたちが揃っている。
壁際でグラスを回しながら耳を澄ませば、反吐が出るような会話が次々と流れてきた。
「……聞いたか? あの商家の長男、近々『女公爵』を妻に迎えるそうだ。属国とはいえ、公爵の位を金で買ったも同然だな」
「おまけに、邪魔になった元の婚約者は『後宮』へ放り込んだというじゃないか。まったく、あの一族の処理能力には恐れ入るよ」
あちこちで響くのは、誰が誰を失脚させた、どの領地の税を吸い上げたという、数字と欲にまみれたやり取り。
派手な扇子で顔を隠した夫人たちは、ライバルが着ているドレスの刺繍の甘さを指摘し、若手貴族たちは自分がいかに皇帝の寵愛に近いかを誇示し合っている。
私は会場の隅、影の濃い壁際で一人、冷めた目をしてその光景を眺めていた。
視界の先には、莉杏を売った商家の関係者や、後宮の選定に関わる役人たちの姿もある。
(まあ、そうやって笑っていられるのも今のうちね……)
私が不敵に口角を上げ、合図の指を鳴らそうとしたその時。
背後からアルベールの震える声が聞こえた。
「……マリア、本当にいいのか。男の知性を破壊するような美貌を、この飢えた狼たちの前に晒して……」
「いいから見てなさい。大丈夫だから」
「……今よ。」
私は指をパチンと鳴らす。
その瞬間、重厚な扉が左右に割れ、背後の光を背負ってセラフィマが姿を現した。
「……シュッツダルク辺境伯が離婚させられたんだって……ん?」
「なんだ?お前、固まって……あっ……は……ぇ」
セラフィマが一歩、絨毯を踏みしめる。
その足音すら聞こえるほど静まり返った中で、貴族たちは手に持ったグラスを傾けたまま、あるいは隣人と口を利こうとした形のまま、彫像のように固まった。
「……ん……ぇ」
誰かがこぼした溜息。
のぼせ上がった女たちの視線には、嫉妬を通り越した畏怖が混じっている。
中央まで辿り着いたセラフィマが、ゆっくりと周囲を見渡した。
深紅の紅を引いた唇が、わずかに弧を描く。
「皆様、ごきげんよう」
彼女の凛とした声が響いた瞬間、会場に動揺が走り出した。
今や、商家の長男も、後宮の役人も、今はただの「獲物」でしかなくなっていた。




