悪徳商人への罰
花街の奥へ進むほど、空気は色濃く、そしてどこか物悲しくなってくる。
リヤカーを引く私の目の前を、幼い禿の少女が一生懸命に箒で掃き掃除をしながら横切っていった。
あんな小さな子供までが、安い賃金で働かされている現状だ。
彼女の瞳にもやはり魔力の輝きはおろか、その下に隈まである。
「……うーん。これじゃあ、どれだけ働いても贅沢な食事もとれないのね」
「よってらっしゃい、みてらっしゃい」
すると道端の屋台から、食欲をそそる豚の角煮や干し肉の香ばしい匂いが漂ってきた。
帝都の洗練された料理とは違う、野性的で力強い味。
私は少し腹ごしらえをしようと財布を取り出したけれど、ここでもまた現実に直面した。
「おじさん、角煮を一つ。……支払いは銀貨でいいかしら?」
私が差し出した帝国の銀貨を見た露天商は、あからさまに嫌そうな顔をして、ひったくるようにそれを受け取った。
「ああ、銀貨か……。これじゃあ大したもんは買えねえよ。価値が安定しねえし、役人に持ってかれる頃には紙屑同然だ」
この街では通貨の両替の仕組みですら、まともではないらしい。
本来価値があるはずの銀貨も、この帝都のマーケットでは驚くほど早く溶けてなくなる。
不当な物価高と通貨安。
住民たちは、文字が読めないからその「不当な計算式」に異を唱えることもできず、ただ日々の糧を得るためにさらに過酷な労働へと追い込まれる。
「……なるほど。教育を奪い、通貨価値を破壊し、胃袋だけを人質に取る。典型的な悪徳商法ね」
私は差し出された角煮を一口齧った。
味は最高に美味しい。
それだけに、この味を作った人たちが正当な報酬を受け取れていない事実に、うやむやした。
「……はあ。この街はどこまでも、形だけね……」
私はエクス号を肩に担ぎ直し、禿の少女が掃除していた料亭の大きな門を眺めた。
* * *
「まずはこの界隈を牛耳っている、一番根の深い『悪徳商人』のオフィスを特定して、直接叩き潰しに行くのが一番よ」
私はエクス号を豪快に引きながら、花街の裏通りへと足を踏み入れた。
たどり着いたのは、窓が一つもなく、重厚な鉄の扉で閉ざされた怪しげな館。
看板すら掲げていないけれど、そこからは貪欲心がこれでもかと漏れ出している。
「ここね。帝都の役人と繋がって、この街の物流と為替を独占している『総元締め』のサーバー……いえ、事務所と呼ぶべきかしら」
私はエクス号を軽く一振りして、冷気の波動で扉の鍵を物理的に凍結・破壊した。
「ごめんあそばせ。緊急のシステム監査(ガサ入れ)よ!」
土足で踏み込んだ奥の部屋には、贅を尽くした調度品に囲まれ、書類を検分していた太った商人と、護衛らしき屈強な男たちがいた。
物騒に眼帯までして、手元には重要な書類が転がっている。
「な、なんだ貴様は! ここをどこだと思っている!」
「どこも何もないわよ。犯罪人の巣窟でしょ?」
私は冷ややかに言い放つと、エクス号からバットを引き抜き、中段に構えた。
眼帯をした大男――この界隈を牛耳る悪徳商人、たしかリュグナーという名だ。
彼は手元の重要書類を隠すように抱え込み、護衛たちに顎で指示を出した。
「おい、この無礼な女を叩き出せ! 二度とこの街の土を踏めない体にしてやれ!」
その言葉とともに、二人の屈強な男たちが抜剣し、左右から私を挟み撃ちにする。
けれど、そんな単調な攻撃、私の動体解析を誤魔化すことすらできないはずだ。
「……プロトコル、氷結。対象、攻撃プロセスの強制中断!」
私はエクス号を横一文字に振るった。
鋭い冷気の波が部屋を支配し、床から突き上げた氷の棘が、護衛たちの足を床ごと支配する。
「なっ……魔術か!? 藍の地で魔法が使えるはずが……!」
「いや、私は南の諸国の一つ、ミニチェ国の出身よ!」
私は一歩、また一歩と、豪著なデスクに座るリュグナーへ歩み寄る。
「ふ、ふん! 何を言うかと思えば! この街の平和は、帝国の管理と我々の商売があってこそ保たれているのだ。文字も読めん無学な民どもを食わせてやっているのは誰だと思っている!」
「平和? 笑わせないで。教育を奪って『読めない』ように仕向けておいて、その情報格差を利用して私腹を肥やす。あんたたちのやり方は最適化じゃなくて、ただの浸食だわ」
私は冷徹に言い放つと、構えていたバットをリュグナーの眉間へ突きつけた。
「な、何を……! 証拠もなしにそんな暴言が許されると思っているのか!」
「証拠? ああ、それなら……私が回収したわ」
私は空いた手で、リヤカーの荷台から数枚の羊皮紙を引き抜き、リュグナーの机に叩きつけた。
そこには、花街の住人たちが「寄付」という名目で支払わされた、法外な額の金銭記録が記されている。しかも「寄付」の内容は『聖女祈祷料』という、曖昧なものが多い。
「これを見て。この帳簿の計算式、明らかに不当な『隠し変数』が含まれているわ。帝都への納税分を除いても、残りの7割が使途不明。……いいえ、使途は明確ね。ここにあるあんたの贅沢品と徴税官の懐へ、金が動いている」
リュグナーの顔から、みるみる血の気が引いていく。
眼帯の下にあるはずのない「焦り」が、隠しきれないくらいに漏れ出していた。
「この街の人が字を読めないのをいいことに、あんたたちは本来支払う必要のない『架空の維持費』を上乗せして請求し続けている。……これは、よくないわね」
「そ、それは……! 藍の連中に管理などできんから、我々が代行しているだけで……!」
「代行? 違うわ。それは『横取り』って言うのよ。……さあ、住民への不当な徴収分の全額返還を始めてもらいましょうか」
私はバットを軽く肩に担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべた。
その後、男たちは即席の法典に基づいた厳しい処分が下されることになった。
元締めのリュグナーは、情報格差を利用して住民を欺いた「詐欺罪」を適用し、全資産を没収。
さらに、汚れた利権を洗い流すかのように、花街のドブさらい百年の刑に処した。




