ハッタリ
「おい、嬢ちゃん……。えらく派手な登場だな」
リヤカーを囲んだのは、ガラの悪い傭兵崩れの男たちだった。
彼らの視線は、泥にまみれてもなお隠しきれない私の高級なドレスや、散らばった銀貨、そして何より「魔法で飛んでいたリヤカー」という異常な光景に釘付けになっている。
「高く売れそうな魔導具だな。なあ、お嬢さん。不法入国の罰金代わりに、全部置いていってもらおうか?」
「なっ……! これは私の全財産よ! 古代魔法の粋を集めたリヤカーを奪おうだなんて、身の程を知りなさい!」
私が杖を構え、迎撃の術式を頭の中で展開しようとした、その時。
「——お前たち、そこまでにしな。死にたくはなかろう?」
しわがれた、しかし芯の通った声が森に響いた。
男たちが一斉に肩を震わせ、声のした方を振り返る。
そこには、使い古されたボロ布のようなマントを羽織り、背の曲がった一人の老人が立っていた。
「チッ、じじい……。引っ込んでろ。これは俺たちの獲物だ」
「ふむ。好きにするがいい。だが、その娘が編み上げている術式の構造が見えんのか? それを暴発させれば、この森一帯が地図から消えるぞ」
老人が淡々と告げた言葉に、男たちの顔色がみるみる土気色に変わっていく。
「あ……あのガラクタのリヤカー、ただの浮遊魔法じゃねえのか……?」
「馬鹿め。あれは事象を固定する高密度の古代言語だ。あの嬢ちゃんを怒らせてみろ。お前ら、塵も残さず消し飛ばされるのがオチだぞ」
男たちは、私が手にしていた「ただの衝撃吸収の術式(老人のハッタリ込み)」を、とんでもない戦略兵器か何かだと勘違いしたらしい。
「ひ、ひぃっ! 勘弁してくれ!」
「おい、逃げるぞ! あんな化け物に関わってられるか!」
蜘蛛の子を散らすように男たちが逃げ去っていくのを見送りながら、私は呆然と杖を降ろした。
……いや、実際そこまでの威力はないのだけれど。
「助かったわ、おじいさん。でも、今のハッタリ、なかなか様になっていたわね」
私が羽毛布団を叩きながらお礼を言うと、老人は楽しげに目を細め、私の足元に転がっている魔導書を一瞥した。
「ハッタリ? いやはや、あながち嘘でもなかろう。……王都の結界を力技でブチ抜いて落ちてくるような『規格外』は、この数百年お目にかかったことがないからな」
老人は不敵に笑うと、私のリヤカーに歩み寄ってきた。
「さて、稀代の迷い子殿。このリヤカー、わしの家まで飛ばせるかね? 礼に美味い茶と、この国の『歩き方』を教えてやろう」
* * *
「ほう……これが、空を飛んできたという伝説のリヤカーかい」
老人に導かれて辿り着いたのは、森の奥深くにひっそりと佇む、手入れの行き届いた古民家だった。
中に入ると、私の予想に反して、そこには「魔女の家」のような物々しさはなかった。
部屋の隅には、丁寧に磨き上げられた美しい木製のミシン。
傍らの籠には、柔らかそうな羊毛と、編みかけの繊細なレース。
陽だまりのような温かさがあるその光景に、私は思わず場違いなほどホッとしてしまった。
「おじいさん、ここって……」
「ああ、妻の趣味でね。……おおい、エマ。客人を連れてきたぞ」
奥の寝室から、静かに咳き込む声が聞こえた。
そこには、白いシーツに身を沈めた、穏やかな表情のおばあさんが横たわっていた。
「あら……。まあ、なんて可愛らしいお嬢さん」
彼女は私を見て微笑んだが、その顔色は透けるように白く、呼吸は浅い。 ひと目で分かった。
彼女の身体を蝕んでいるのは、単なる風邪ではない。
魔力回路が細り、生命エネルギーが枯渇しかけている——この国では治療法が確立されていない「魔力欠乏性の不治の病」だ。
「……お婆様、動かないで。今、楽にしてあげるから」
私はキャリーバッグを放り出し、彼女の枕元へ駆け寄った。
老人が目を見開く。
「嬢ちゃん、何をする気だ? 街の聖騎士でも治せなかった病なんだぞ」
「ふふん、あんな連中と一緒にしないで。私が研究していた古代魔法を舐めないでほしいわね」
私は優しく、エマさんの痩せた手に触れた。
ナリタや他の侍女たちが見れば「また始まった!」と頭を抱えるような、常識外れの術式展開。
「いい? エントロピーの逆転現象を、局所的な細胞再生に置換……。さらに、周囲の精霊力を直接、魔力回路へ流し込むバイパスを作るわ」
私の指先から、翡翠色の淡い光が溢れ出す。
それは王宮の退屈な魔術とは違う、生命の根源に触れるような温かい光。
「計算終了——。一秒未満でいけるわ!」
私がニッコリと笑った瞬間、部屋中に爽やかな風が吹き抜けた。




