巨大クレーン
「ちょっと、いい? あなたたちのやってることは『仕事』じゃなくて、単なる『前例のコピペ』なのよ。効率化っていうのはね……」
管理棟の静まり返った空気の中、私は役人たちを並ばせて物流の基礎を叩き込んでいたところだった。彼らが必死にメモを取るペンの音だけが響く、完璧に私の独断状態になっていた。
……ところが、その静寂を切り裂くように、港の方から切羽詰まった叫び声が飛び込んでくる。
「お、お嬢ちゃん! 助けてくれ! 誰か……誰かいないのか!」
声の主は、大型クレーンの操縦席でレバーにしがみついているおじいさんだった。
私はペンを放り出すと、窓から身を乗り出した。
大型クレーンが悲鳴を上げるように「ギギギ……」と不吉な音を立てて震えている。
「お、お嬢ちゃん! 助けてくれ!アームは動くようになったんだが、関節の油圧が……熱で歪んだ隙間から漏れ出して、ブレーキが効かねえんだ! このままだと、吊り上げてる重油のタンクが街の方へ……!」
見上げれば、数トンはあろうかという巨大なタンクが、振り子のように大きく揺れながら街の住宅街へと向きを変えている。
クレーンの関節部分からは、高圧のオイルが火花を散らしながら噴き出していた。
「……あ。密封材が熱で炭化して、流体制御が効かなくなってるのか」
私は管理棟の窓からそのまま飛び降りた。
着地の衝撃を魔力で逃がし、全速力でクレーンの基部へと駆け寄る。
「じいさん、そのままレバーを固定してなさい! 下手に動かすと圧力が逃げて、一気に自由落下するわよ!」
「無理だ! もう腕が保たねえ!」
「大丈夫よ。……物理的な漏洩なら、物理的に塞ぐまで!」
私はバットを背負い直すと、クレーンの鉄骨を猿のような速さで駆け上がった。
目指すは、オイルが噴き出している地上15メートルの連結部。
「熱でが関節溶けたなら、私の冷気で」
私は片手で鉄骨にぶら下がりながら、もう片方の手でバットを構えた。
バットの芯に全魔力を集中させ、冷却魔法を物理衝撃に変えて叩き込む!
「システム復旧、強制冷却!!」
「瞬間凍結、ロック完了!」
私の叫びと同時に、バットがクレーンの関節部を真っ向から撃ち抜いた。
衝撃波と共に、エクス号譲りの極低温の魔力が噴き出すオイルへと流れ込む。
ジジジッ、と空気が凍りつく音が響き、夜の港に白い霧が立ち込めた。
高圧で飛び散っていた真っ黒なオイルは、空中でその形を留めたまま黒い結晶へと変わり、関節の隙間を埋め尽くす氷の楔となった。
「……よし、物理ロック、成功!」
すると、傾きかけていた巨大なアームは、住宅街の屋根をかすめる寸前でピタリと停止した。
数トンの重油タンクが夜空に静止する、奇跡的な光景だ。
「はぁ、はぁ……。じいさん、ブレーキが効かないなら、物理的に固定してあげたわよ。もう指一本動かさないでね」
操縦席で腰を抜かしていたおじいさんが、震える声で「……ああ、助かった……命の恩人だ……」と漏らすのが聞こえた。
「命の恩人? 買い被らないで。私はただ、やるべきことをやっただけだから」
私はオイルと氷でガチガチに固まった鉄骨の上に立ち、ようやく一息ついた。
見下ろせば、管理棟から飛び出してきた役人たちが、口をあんぐりと開けてこの情景を見上げている。
「さあ、地上のみなさん! 見惚れてないで、予備の支柱とクレーン車を持ってきなさい! この氷が溶ける前に、タンクを安全な場所へ移すわよ。これが終わるまで、私の『定時』は来ないんだから!」




