貿易港の物流
「ちょっと、責任者を呼びなさい。今すぐによ」
私の鋭い声が静まり返った食堂に響き渡る。
しばらくして、奥から脂汗をかいた太った宿の主人が、震えながら姿を現した。
「も、申し訳ございません、お客様! まさかあれを食べてしまう方がいらっしゃるとは……」
「言い訳はいいわ。これ、ただの塩じゃないわよね。魔力を通して発光させて、あろうことかメイン料理と同じ皿に盛るなんて……リスク管理が杜撰よ。どういうつもり?」
私がバットを床にコツンと立てて問い詰めると、主人はがっくりと肩を落として白状し始めた。
「実は……最近の港の混乱で物資が届かず、本来ビュッフェに出すはずだった茶菓子の原料がとんでもなく高騰してしまいまして。でも、最高級宿としての見栄えを落とすわけにはいかず、少しでも皿の上の面積を稼ごうと、地元の安価な岩塩を魔力で飾って『かさ増し』したんです……」
「……はぁ。見栄えのために毒を盛ったってわけ? 呆れたわ。原料の高騰は不運かもしれないけれど、その場しのぎの『かさ増し』で客を病院送りにするなんて、経営戦略としても非効率の極致よ」
主人は顔を真っ青にして「おっしゃる通りです……」と項垂れている。
でも、話を聞く限り、問題はこの宿の厨房だけじゃない。
「物資が届かない、原料が高騰している……。結局、すべての元凶はこの港の物流のせいね」
私は空になったピッチャーをテーブルに置き、窓の外の立ち込める湯気を見据えた。
「いい? 主人。あんたは今すぐ、その『光る塩』を全テーブルから撤去しなさい。代わりに私がエクス号に積んできた保存食の缶詰をいくつか融通してあげる。……もちろん、後で港の復旧費用と一緒にきっちり請求させてもらうけどね」
私はバットを担ぎ直し、食堂を後にした。
まずは駐車場にあるエクス号のところへ行って、この街の「仕様」を書き換えるための道具を取り出さないと。
* * *
「……ふん、やっぱりね。単なる自然現象じゃないわ。これは最悪なレベルの『環境汚染』よ」
駐車場に停めてあるエクス号から必要な道具を引っ張り出し、私は港の岸壁へと向かった。
近くで見れば見るほど、事態は深刻だった。
異常な魔力濃度を含んだ地熱が、地下のバランスを完全に破壊している。
海面からはボコボコと不気味な泡が立ち上がり、本来なら冷たいはずの潮風が、肌を刺すような熱気に変わっている。
「見てなさいよ。これじゃ物流以前に、生態系が更地になっちゃうじゃない」
波打ち際を見れば、変わり果てた姿の魚たちが力なく打ち上げられていた。
極端に上昇した水温と魔力汚染に耐えきれなかったようだ。
これじゃあ、さっきの宿の主人が「茶菓子の原料が買えない」なんて嘆いていたのも頷ける。
食材そのものがこの近海から消えかけているのだから。
「効率の悪い熱源は、叩いて直す。これが私の流儀よ」
私はバットを肩に担ぎ直し、埠頭のど真ん中で景気よく熱湯を噴き上げている巨大な噴出口を睨みつけた。
その熱気のせいで、すぐ側にある大型クレーンは関節部分が熱で歪み、無残に傾いて沈黙している。
このクレーンが動かない限り、船が来ても荷下ろしすらできない。
「いい、そこをどきなさい。この源泉、物理的にシャットダウンしてあげるわ!」
私は大きく振りかぶる。
噴出口の根元、魔力が最も集中している「急所」に向けてバットを叩きつけた。




