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魔力を込めた塩






フォン地域――そこは大陸の血流とも言える商業の心臓部。




本来なら活気あふれる貿易港が目の前に広がるはずだったけれど、辿り着いた私を待っていたのは、鼻を突く硫黄の臭いと、視界を白く染める湯気だった。






「……何よ、この視界の悪さは。港がまるごと蒸し器になっているじゃない」






* * *







港町フォンの街並みは、至るところから硫黄の湯気が立ち上っていて、夕暮れ時にはどこか幻想的な輝きを放っていた。

私は重いバットを肩に担ぎ直し、ようやく見つけた宿『黄金の波止場亭』の扉を静かに押し開ける。





「……ようやく一息つけるわ。」




まずは拠点確保が優先。

愛車のエクス号は、宿の裏手にある広い駐車場に預けてきた。

もちろん不審者にいじられないよう、しっかりとロックをかけておくのも忘れない。






* * *







「……ちょっと、嘘でしょ」




案内された客室の扉を開けた瞬間、心地よい海風と共に広大なパノラマが飛び込んできた。


目の前にはフォン地域が誇る巨大な貿易港。

立ち上る湯気が夕日に溶け込み、行き交う船の灯りが宝石をぶちまけたように海面で揺れている。




「すごい……! この景色は国宝級だわ!」




いつもは理屈っぽい私も、この時ばかりは素直に声を上げた。


案内された部屋も、今まで泊まったどこよりも豪華で洗練されている。

重厚な石造りの壁、肌触りの良いシルクのカーテン、そして何より広々としたふかふかのベッド!




「 最高の部屋じゃない! 本当に、奮発した甲斐があったわ! 」



テンションが振り切れた私は、バットをベッドに放り投げると、そのままの勢いで愛用のキャリーケースを部屋の真ん中に引き寄せた。




「よし、まずはマイスペースを!」





パカッと蓋を開けると、中にはぎっしりと詰め込まれた私の私物たち。


お気に入りのドレスに、磨き抜かれた魔道具、山のような研究資料、それに最高級の羽毛布団。

私はそれらを一つずつ取り出しては、惜しげもなく床いっぱいにぶちまけていった。




足の踏み場もないくらい自分の好きなもので部屋を埋め尽くしていく。

この、自分だけの空間を自分の持ち物で侵食していく瞬間が、最高に楽しくて大好きなのよね。




「ふふ、これよこれ……。さて、一通り散らかして満足したし、お腹も空いたわね」




私は軽く身なりを整えると、一人で階下の食堂へと向かった。





* * *





一階に広がるのは、この宿自慢の豪華なビュッフェ会場。

港町らしい新鮮な魚介類や、地元の果物がこれでもかと並んでいて、食欲をそそる香りが会場中に満ちている。




「さあ、何から食べようかしら。まずはこの地域の特産品から……」



そう言って、私が銀色のトングを手に取った、その時だった。



「……あ、……あぐっ、……うおおぉぉ……!」


すぐ隣のテーブルに座っていた男性客が、突然ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

彼は喉をかきむしり、顔を真っ青にしてその場にのたうち回り始めた。




「ちょっと、何事……!?」


ただの食中毒じゃない。


彼の体からは、微かにパチパチという音と共に、食材からは出るはずのない魔力の「火花」のようなものが漏れ出している。




「……嫌な予感がするわね」


私は手に取ろうとした皿を置き、苦しむ男の様子を鋭い目で見つめた。

一人でゆっくり食事を楽しむはずが、またしても事件に遭遇したみたい。










「……何よこれ。魔力の暴走以前の問題じゃない」




のたうち回る男の皿を覗き込み、私は即座にその「原因」を特定した。

彩り鮮やかに盛り付けられた料理の隅に、不自然に削り取られたような跡がある。


それはデザートの砂糖菓子なんかじゃない。

卓上を華やかに見せるため、魔力を通して七色に発光させただけの「塩の塊」だ。




「ちょっと、しっかりしなさい! あんたが食べたのは飾りよ、ただの塩よ!」




男は喉を押さえ、カラカラに乾いた音を立てながら呻いている。


解析結果は明白。

わずかに込められた魔力のせいで、体内の浸透圧バランスが壊滅的な速度で崩壊している。


いわば超高濃度の塩分による、強制的な体内水分の強奪。

魔力の火花は、その急激な化学反応から生じたに過ぎないわ。




「誰か! 冷たい水を、今すぐここに持ってきなさい! 氷水がいいわ、急いで!」



私の鋭い一喝に、呆然としていた給仕が弾かれたように厨房へ走る。

私は男の背中を叩き、強引に上体を起こさせた。




「いい、無駄に叫ばないで。呼吸を整えなさい。」




すぐに運ばれてきた大きなピッチャーをひったくると、私は男の口に冷たい水を流し込んだ。

氷のように冷たい水が、塩分で焼け付いた彼の喉と胃を通り抜けていく。


それと同時に、パチパチと弾けていた魔力の火花が、急激に薄まり、消えていった。




「……はぁ、……げほっ、……う、……助かった……のか?」



男は床に座り込み、びしょ濡れになりながら大きく息を吐いた。

顔の土気色は消え、ようやく生きた人間の血色が戻ってくる。




「……全く。見た目の派手さに惑わされて中身を確認しないなんて……」




私はトングをカチャリと元の場所に戻し、騒ぎの収まった食堂を見渡した。


せっかくの食事が台無しだ。

でも、この「飾り物の塩」にまで過剰に魔力が溜まっている現状……。




「……やっぱり、この港の根本的な『仕様』が狂ってるわね」



私は一人、改めてカウンターに並ぶ料理を厳しい目で見極め始めた。



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