晴るよ凪げ
「理屈はいいから、私の演算を信じなさい!」
私はエクス号から予備の魔導ケーブルを引っ張り出し、ガイルが構える大剣の鍔に力任せに巻付けた。
「ガイル! その剣を高く掲げなさい。あんたの魔戦士としての『核』を避雷針にして、乱れ狂う雷雲の電荷を一箇所に束ねるのよ!エルフ、あんたは私の背中に張り付いて、その二次元魔法の干渉波を私のバットに同期させなさい。空間の歪みを固定するのよ!」
「……無茶を言う女だ。だが、この熱くなった体に不可能という文字は似合わん!」
ガイルが咆哮し、蜂蜜入りの蒸留酒で熱を帯びた筋肉が爆ぜるように膨らんだ。
彼が剣を天に突き上げると、小屋の屋根を突き破らんばかりの勢いで、周囲の雷光が剣先へと吸い寄せられていく。
「あ、……あぁ……っ、同期……完了……!」
私の影に隠れたエルフ君が、震える手で術式を展開する。私のバットの周囲の空間が、薄く、鋭く、紙のように層を成して重なり始めた。
「準備はいい? 嵐の核は、上空三〇〇メートルの気流の結節点にある。そこを叩き割れば、この一帯の気圧配置は崩壊し、一瞬で晴天に書き換わるわ!」
私はバットを大きく振りかぶった。
ガイルの剣から逆流する雷のエネルギーと、エルフ君が固定した次元の刃。
そのすべてが私の古代魔法の演算式に組み込まれ、光の奔流となってバットの芯に集束する。
「この悪天候、ひとつ残らず晴天にしてあげる――!」
フルスイング。
音を置き去りにした一撃が、夜の帳を切り裂き、真っ赤に燃える彗星となって雲の渦を貫いた。
ズガァァァァン!!
耳を劈く衝撃波と共に、渦巻いていた暗雲が、まるで鏡が割れるようにバラバラに砕け散る。
次の瞬間、吹き荒れていた暴風が嘘のように止み、雲の隙間から、宝石を撒き散らしたようなヴェック地方の満天の星空が姿を現した。
「……計算通りね。誤差は0.02秒。お疲れ様、二人とも」
私は肩にバットを担ぎ直し、静まり返った荒野を眺めて不敵に笑った。
足元では、エルフ君が腰を抜かして星空を見上げ、ガイルは焦げ付いた剣を眺めながら、信じられないものを見たという顔で立ち尽くしている。
* * *
「さて……約束通り、魔導書の術式を一つ頂くわよ、ガイル。」
私はガイルから差し出された重厚な魔導書を受け取った。
伝説の戦士が守り、コミュ障エルフが命を削って研究していた失伝魔法の結晶。
さぞかし洗練された論理が詰まっているのかと思いきや――。
パラパラとページを捲った私の手が、ピタリと止まった。
「……何これ。全く意味が分からないわ」
「は? 『更地の令嬢』ともあろう者が、理解できないというのか」
ガイルが意外そうに眉を寄せる。
私は眉間に皺を寄せ、目を凝らして数式を追った。
そこにあるのは、私が学んできた「古代魔法」の論理体系とは根本から異なる、まるでもう一つの宇宙の理屈だった。
変数がねじ曲がり、定義が二転三転し、記述は詩的でさえある。
「……非効率を通り越して、もはや別の言語だわ。私の演算回路が拒絶反応を起こしている……。これだけの情報量をこの場で欠陥修正して、エクス号に実装するのはリスクが高すぎる」
「あ、……ぁう……そ、それは……『直感』で……編む、魔法……だから……」
エルフ君が消え入るような声で補足する。
直感?
私の辞書にそんな非効率な単語はない。
「……いいわ。この術式、一旦持ち帰りにする。私のエクス号に仮保存して、道中でじっくりと論理的に解体してみせるわ。確かに……私は文字通り『加護なし』だけど、それでも分析には長けているわ」
私は魔導書をエクス号の荷台、大切に保管された「蜂蜜の壺」の隣に放り込んだ。
今はまだ解けないパズルでも、港に着く頃には更地にして、私の血肉に変えてやる。
「ガイル、エルフ。とりあえず出発よ。その得体の知れない魔法を実用レベルに落とし込むためにも、まずはこの先の港で『検証』のための……つまり金と設備を確保しなきゃ」
「フン、結局は金か。現実的な女だ」
「当然よ。理想だけでお腹は膨らまないし、リヤカーの車輪も回らないわ。じゃあね」
私はまだ解読不能な魔導書をエクス号に放り込み、夜明けの道を歩き出した。
目指すは貿易港ヴェック。
だが、ようやく辿り着いたその場所で私を待っていたのは、潮の香りではなく、鼻を突く硫黄の臭いと立ち込める白い湯気だった。




